草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

渋谷のHMV&BOOKS TOKYOにて『データの見えざる手』関連書籍フェア開催!

 HMV&BOOKS TOKYOさん(渋谷)にて、『データの見えざる手』編集者オススメ世界を見る目が変わる10冊と銘打ったフェアを開催していただいています。

 草思社の本5冊と、他社さんの本5冊を「データを使って世界を見る」という視点からチョイスして紹介するものです。

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 いずれも、担当編集者が読んで感銘を受けた本ばかり。HMV&BOOKSさん店頭で本につけている紹介文とともに、本ブログでもオススメしてみたいと思います!

 

(1)『データの見えざる手-ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(矢野和男著・草思社)

本当にすごい本。人間にセンサを付けて行動のデータを取り、分析する。すると、驚くようなことがわかる。データにより「人間は人間的に働かせた方が成果が出る」と証明されることとか。「知人の知人」が多い人ほど、生産性が高いとか。とにかく読んでほしい! 

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 (2)『数に強くなる』(畑村洋太郎著・岩波新書)

定量データがなければ、考えることさえできない。だから、いつでも数え、測り、見積もり、推測することが重要だ。貪欲にしぶとく、動員できるモノはすべて使ってやる。そのための方法や精神が書かれた、珠玉の一冊。読んだ後には、世界がまったく違って見えてくる。そして、その楽しいこと!  

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(3)『カルチャロミクス-文化をビッグデータで計測する』(エレツ・エイデン&ジャン・バティースト・ミシェル著/阪本芳久訳/高安美佐子解説・草思社)

巷で言われる「文系不要論」がまったく的外れとわかる本。これからのデータ科学の主戦場は、むしろ歴史や文学、社会学などの「文系研究」なのだ。本書の著者たちはなんと、Googleを使って、誰でも言語の歴史を研究できるようにしてしまった! 文系の未来が明るく見えてくる一冊!

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(4)『はじめての福島学』(開沼博著・イースト・プレス)

データは大事だ、と考えさせられる本。本書の最初に出てくる25項目と「はじめに」だけでも読んでほしい。著者は、データなしで福島を語るときに起こる残念な感じの正体を見事に分類整理し、読者に突きつける。そして本文では、次々とデータを駆使して福島を語る。目を見開かされる一冊。

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(5)『ソーシャル物理学―「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』(アレックス・ペントランド著/小林啓倫訳/矢野和男解説・草思社)

『データの見えざる手』矢野和男氏の共同研究者でもある著者が行った、数々の社会実験の成果をまとめた本。これまた本当に驚く発見満載。行動パターンからその人の可処分所得を推測できるとか、生産性が高まる会議の司会の仕方とか。バブルやパニックを防ぐよう集団を制御する方法とか…。必読!

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 (6)『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(渡辺佑基著・河出書房新社)

行動データを取られているのは人間だけじゃない。動物にセンサを付け行動を計測する「データロガー」が動物の生態研究に革命を起こしつつある。本書は、特に物理好きの生態学者が書いた本だけに、飛ぶ・泳ぐ・潜るなど、動物の運動に関する面白い発見の話がいっぱい。研究の苦労話も楽しい。

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(7)『コネクトーム―脳の配線はどのように「わたし」をつくり出すのか』(セバスチャン・スン著/青木薫訳・草思社)

現在の脳科学は、最重要のデータなしで進められている。そのデータとは、コネクトーム=全脳細胞の結合の仕方の地図のこと。しかし、コネクトームがデータだとして、それを使って脳をシミュレーションしたら、「私」を再現できるのか? その先に不死もあるのか? そこまで論じるすごい本。

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 (8)『ソーシャルメディアの経済物理学―ウェブから読み解く人間行動』(高安美佐子著・日本評論社)

ネットの書き込み分析の力は侮りがたい。たとえば、震災後に「津波」という言葉は使用頻度が上がったが、本書の分析によれば、24年で以前の水準に戻るという。私たちは24年で「津波」を忘れるのかも知れない。やや専門的だが、書き込み分析がどのように行われるのかがよくわかる。

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(9)『異端の統計学 ベイズ』(シャロン・バーチュ・マグレイン著/冨永星訳・草思社)

ベイズ統計は、いまやデータ分析や人工知能研究などで欠かすことができない存在だが、かつて統計学では異端とされてきれた。忌み嫌われた理由や、戦争や保険、事故調査、企業経営などでの意外な大活躍の物語が綴られる。統計学界の濃いキャラの学者がたくさん登場する楽しい本。

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(10)『Amazonランキングの謎を解く―確率的な順位付けが教える売上の構造』(服部哲弥著・化学同人)

アマゾンはロングテールで商売しているって本当? そもそもランキングはどういう仕組みでつけてるの? 情報を公開しないアマゾンに、実験と観測と数理で挑み、ランキングの手法を推測、アマゾンはロングテールではなく、上位品目で利益を上げていると看破する。専門的だが、めっぽう面白い。

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HMV&BOOKS TOKYOさんにもぜひ、行ってみてください!

 

 (担当/久保田)

 

なぜヒトラーのような男が出てきたのか。 『野戦病院でヒトラーに何があったのか』

野戦病院でヒトラーに何があったのか

――闇の二十八日間、催眠治療とその結果

ベルンハルト・ホルストマン 著 瀬野文教 訳

 『帰ってきたヒトラー』という映画が今週公開される。二年前のドイツのベストセラーの映画化である。ヒトラーが現代に現れて、モノマネ芸人として人気者になるという設定らしい。ドイツでは『わが闘争』が禁書から解除されて出版されたらしいし、移民問題に絡んでネオナチ的な活動も盛んになってきた。アメリカ大統領選のトランプ候補の人気ぶりを、ヒトラーになぞらえる人も多い。
 いまだにヒトラーは謎であり、人びとの興味を惹きつけてやまない。本書は2004年にドイツで刊行された本であるが、一部で評価されたものの、本流の研究からは異端視されている。著者は娯楽作品を書いてきた作家で、弁護士である。本書を書き上げた4年後の2008年に89歳でなくなっている。本書の説が異端視されるのも、無理はないと言えるかもしれない。ヒトラーがあんなに異常な人格になったのは催眠治療の結果だというのだから。
 ヒトラーは第一次大戦末期の1918年秋ベルギー戦線で毒ガス攻撃を受けて失明し、ドイツ東部に移送され、パーゼヴァルク野戦病院というところで治療を受ける。この一ヶ月の治療のあいだに「天啓を受けて」「政治家になろうと決意した」と『わが闘争』に書いてあり、彼の転機であった事は、間違いないようだ。
 しかし、ドイツ軍に入るまで定職につかず、ウィーンの街で浮浪者まがいのボヘミアン的生活を送っていたヒトラーが、また軍隊でも「目立たない卑屈なやつ」であったヒトラーが、復員したミュンヘンで急に「目に怒りをたぎらせた大衆煽動家」に突然変身したのはなぜかというのは、おおいなる謎である。
 本書ではパーゼヴァルク野戦病院で治療に当たった精神医学の権威エドムント・フォルスター教授が強引で屈辱的な催眠治療をヒトラーに施し、しかもドイツ革命で混乱する病院に、そのまま放置し帰ってしまった結果、異常な人格が花開き、固定化してしまったというのだ。
 フォルスター教授はヒトラーの診断記録を手記にまとめ、手元に置いておいたが、ヒトラーに嗅ぎつけられ、追い詰められる。パリに持って逃げ、そこで亡命ユダヤ人作家グループにこれを託し、ドイツに戻ってから自殺する。作家たちの一人エルンスト・ヴァイスはフォルスターの手記をもとに『目撃者』という小説(邦訳草思社)を書くが、その後やはりドイツ軍のパリ入城の日に自殺する。ヒトラーはパーゼヴァルクで起こったことを隠そうとしていたらしい。自分がサイコパスであるという診断を下され、根掘り葉掘り質問され、過去の嫌な思い出も全部知られてしまったからだろうか。
 本書はサイコパスと診断された異常な妄想癖の男に、全ドイツが引きづり回されたということを証明しようとしているかのようだが、これはドイツ国民にとっては受け入れがたいことかもしれない。本書の異端視化もこのことに起因しているのだろう。
 混乱の時代に異常な人格の人間が台頭して社会をかき乱す、これは現代にも通用するいましめかもしれない。

(担当/木谷)

著者紹介

ベルンハルト・ホルストマン
1919-2008年。ミュンヘンに中産階級の子弟として生まれる。第二次大戦では国防軍の将校として従軍、大戦末期に反ヒトラー運動に連座して逮捕、釈放ののち最後のベルリン攻防戦に参加、ソ軍に抑留後1946年9月に解放。戦後は法律家、ミステリー作家として活躍。80歳をすぎてから本書の執筆にとりかかった。

訳者紹介

瀬野文教(せの・ふみのり)
1955年東京生まれ。北海道大学独文科修士課程卒。著書に『リヒャルト・ハイゼ物語』(中央公論新社)、訳書に『黄禍論とは何か』『ドイツ現代史の正しい見方』『新訳ヒトラーとは何か』『目撃者』(以上草思社)、『ロスチャイルド家と最高のワイン』(日本経済新聞出版)などがある。

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野戦病院でヒトラーに何があったのか: 闇の二十八日間、催眠治療とその結果 : ベルンハルト・ホルストマン, 瀬野文教 : 本 : Amazon.co.jp

楽天ブックス: 野戦病院でヒトラーに何があったのか - ベルンハルト・ホルストマン - 4794222106 : 本

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科学的な根拠のある正真正銘のビジネスハック! 『最高の自分を引き出す 脳が喜ぶ仕事術』

最高の自分を引き出す 脳が喜ぶ仕事術

キャロライン・ウェッブ 著 月沢李歌子 訳

◆マッキンゼーのシニアアドバイザーが膨大な行動科学文献から抽出

 経営コンサルティングの最高峰Mckinsey & Company。トップコンサルタントたちの仕事ぶりは、“マッキンゼー式”などと呼ばれ、多くのビジネスパーソンから羨望の眼差しを受けています。

 そのマッキンゼーで長らく経営者の能力開発に携わり、毎日をもっと生産的で快適に過ごす方法(How to have a Good Day)を追求した著者は、行動経済学・脳科学・心理学などの行動科学にヒントを求め、なんと600以上の文献、論文を読み漁りました(さすがマッキンゼー!)。そこで得た最新の科学知識と自身のコンサル事例を組み合わせてわかりやすく整理したのが本書です。

◆仕事の成果は脳の使い方しだい

著者は、行動科学の最新知見から、以下の3つが、私たちの生産性や快適さに直結すると説きます。

① 脳の「熟考と自動」システムの活用 →「優先順位」「生産性」up
② 無意識の「防衛と発見」モードを自覚 →「人間関係」「思考力」「影響力」up
③ 心と身体のループを改善→「レジリエンス(逆境力)」「エネルギー(活力)」up

 例えば、脳には自分に無関係なものを除外してしまう「自動操縦(オートパイロット)機能」があります。だからこそ「いま、この瞬間は◯◯が一番大事なんだ!」という日々の細かな優先順位付けが重要となり、逆に言えば、脳の機能に従い、適切な優先順位さえできれば、仕事は自ずと効率よく進むとか。

 これ以外にも「溢れかえるメールの処理」「賢く休憩を取る方法」「先延ばし癖の克服方法」など、日頃、仕事でぶつかる大小さまざまな課題について、「まず脳の動きを理解し、脳が快適になることを優先すればストレスも減り、成果が出やすい」と強調します。具体例と科学の知見がバランスよく織り交ぜられていることもあり、「ならば、試しにやってみようか」と思わせてくれ、“マッキンゼー式仕事術”ならぬ“科学的に正しい仕事術”とも呼ぶべき説得力ある一冊となっています。

(担当/三田)

 

本書の目次から 1日を前日の夜から始める/目的を支えるための行動目標を設定する/心の目でリハーサルをする/マルチタスクができる人ほど切り替えが苦手/意思決定は谷間ではなく頂上で/一番大切なことを一番最初に/ポジティブに断る/小さなことを自動化する/上機嫌を伝染させる/とにかく質問する/似たものを探す/クロスチェックを習慣にする/問題の樹形図を描く/自分を大きく見せる/報われる質問をする/最高の状態で終わらせる/睡眠を十分にとる...etc.

著者紹介

キャロライン・ウェッブ Caroline Webb
セブンシフト社CEO、マッキンゼーの社外シニアアドバイザー。ケンブリッジ大学、オックスフォード大学院で経済学を学ぶ。民間エコノミストを経て、マッキンゼー入社、パートナーとして上級管理職や経営層のリーダーシップ育成分野に従事し2012年退社。コロンビア大学ビジネススクールやロンドン・ビジネススクールでリーダーシップ論を指導した経験もある。

訳者紹介

月沢李歌子 Rikako Tsukisawa
津田塾大学卒。外資系投資顧問会社勤務から翻訳家に。訳書に『ポジティブ・リーダーシップ』(草思社)『最高の仕事ができる幸せな職場』(日経BP社)『ディズニー「感動」のプロフェッショナルを育てる5つの教え』(朝日新聞出版)ほか。

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Amazon 最高の自分を引き出す 脳が喜ぶ仕事術 キャロライン・ウェッブ (著)

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江戸時代に累計100人もの男たちが漂着した驚異の島、鳥島(とりしま)の物語 ――漂流の島

漂流の島 ――江戸時代の鳥島漂流民たちを追う

高橋大輔 著  

◆水さえない絶海の孤島で十数年も生きた日本人たち

 『ロビンソン漂流記』の主人公・ロビンソンの実在のモデルの住居跡を2005年に発見し世界的に注目を集めた探検家・高橋大輔さんが、今度は、江戸時代の日本人漂流民の壮絶な生をテーマに選びました。
 その舞台、鳥島は東京から南に600キロに位置する直径2.7キロほどの無人島で、アホウドリの生息地として知られていますが、ここは17世紀末から幕末にかけての百数十年の間に、記録に残るだけでも15回ほど、累計約100人もの男たちが漂着した「漂流の島」でもあります。鳥島は火山島で、湧き水さえなく、食料は貝、魚、アホウドリの肉程度。この極限状況の中で、遠州の甚八は19年3ヵ月、土佐の長平は12年4ヵ月など、途方もない超長期生存を果たし、奇跡の生還を遂げています。『ロビンソン漂流記』の実在のモデルの漂流期間が4年4ヵ月ですから、鳥島漂流民たちのサバイバルがいかに驚異的なものだったかがわかります。

◆著者、ついに鳥島に上陸、そして漂流民たちの洞窟を発見! 

 鳥島漂流民については、昭和期に、井伏鱒二『ジョン万次郎漂流記』、織田作之助『漂流』、吉村昭『漂流』(いずれも小説)が書かれ、研究書もわずかに存在しますが、現地鳥島に行って、漂流民たちの足跡をたどった人は過去に一人もいません。鳥島はアホウドリの保護区で、かつ火山活動度が極めて高いため、一部の関係者以外、上陸を禁止されているからです。著者の高橋さんは鳥島関係者とコンタクトをとり、千載一遇の機会を得て鳥島に渡り、漂流民たちの住居跡である洞窟を発見します。史料によると、代々の漂流民たちは同じ洞窟に住み、島を脱出する際には、のちの漂流民を想って鍋釜などの生活具やメッセージを洞窟に残していったといいます。代々の漂流者が同じ洞窟に身を寄せた例は世界でも見当たらず、洞窟の発見は、『ロビンソン漂流記』の実在のモデルの住居跡発見に匹敵するニュースといえます。
 本書では、漂流民たちの生涯のほか、明治の鳥島開拓民たちのアホウドリ乱獲や、現代の鳥類学者・火山学者たちの奮闘など、鳥島で連綿と続く人間ドラマも描かれています。知られざる日本、知られざる日本人を描いた渾身の一冊を、一人でも多くの方にお読みいただければと願ってやみません。

(担当/貞島)

著者紹介

高橋大輔(たかはし・だいすけ)
一九六六年、秋田市生まれ。探検家、作家。「物語を旅する」をテーマに、世界各地に伝わる神話や伝説の背景を探るべく、旅を重ねている。二〇〇五年、米国のナショナル ジオグラフィック協会から支援を受け、実在したロビンソン・クルーソーの住居跡を発見。探検家クラブ(ニューヨーク)、王立地理学協会(ロンドン)のフェロー会員。著書に『12月25日の怪物』(草思社)、『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮文庫)、『浦島太郎はどこへ行ったのか』(新潮社)、『間宮林蔵・探検家一代』(中公新書ラクレ)、『命を救った道具たち』(アスペクト)などがある。
探検家高橋大輔公式Facebookページ https://www.facebook.com/tankenka

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これを読まずして、すし、鰻、天ぷらを語るなかれ 『江戸前魚食大全』

江戸前魚食大全――日本人がとてつもなくうまい魚料理にたどりつくまで

冨岡一成 著

◆何としてもうまく食いたい! 執念にも似た日本人の「魚愛」はどこからきたのか?

 塩をして、干して、火を通して、燻して、たたいて、発酵させて、そして生のままで。ひとつの魚に対して、これでもかと手をかけて、何としてもうまく食べようとする日本人。本書によれば、日本人が生み出した多様な魚の食べ方は、決して「豊かな水産資源」がもたらしたのではなく、「食べたいのに食べられない」という逆境からうまれたものだったといいます。現代と違い、保存や輸送が難しく、氷も冷蔵庫もない時代、たとえ魚がたくさんとれても、みるみるいたんでしまうし、「生」で食べるなんてとんでもない。自然の恵みを享受することには、大変な苦労をともなったのです。一般の庶民がやっと魚を食べられるようになったのは実に江戸時代に入ってだいぶ経ってからのことで、長い日本の歴史においてそんなに昔ではありません。

 本書は、そうした食べたいけど食べられない、なら何とか魚を食べられるようにしようという強い思いをもって、知恵を絞り、工夫を重ね、やがて江戸前魚食文化を花開かせるまでの、日本人と魚の長きにわたる歴史をあますところなく紹介するものです。

◆本書を読めば、すし、鰻、天ぷらが100倍うまくなる!

 何より、元学芸員であり築地市場に15年も務めた著者だけに、視点はかなりマニアック。一般人が知らない魚のうんちくが満載なのも本書の大きな魅力です。本書を読めば、すしや鰻、天ぷらなどがどのようにうまれたか?(*1)がわかるのはもちろんのこと、漁師はどんな人がやっていたのか?(*2)、江戸っ子の「いき」と魚の関係とは?(*3)、なぜ鰻のことを江戸前といったのか?(*4)、江戸の外食店の始まりは?(*5)等々、江戸や魚に関するおおよそすべての知識を身に付けることができます(*…答えは下に)。読んだあとに魚を見る目が変わることは間違いありません。

 さらに、付録の「魚河岸の魚図鑑」では、江戸の日本橋の魚河岸で実際にあつかわれた様々な種類の魚を当時の江戸の文献に基づいて紹介していますので、魚好きの江戸人の気持ちを想像しながら楽しんで読みつつ、魚の知識を学べるようになっています。

 いよいよ築地閉場を11月にひかえ、日本人として魚食の歴史についてあらためて考えてみたいという人はもとより、多くの方に手にとっていただきたい一冊です。

 

(*…答え)
*1)すしや鰻、天ぷらなどがどのようにうまれたか?
すしも鰻も天ぷらも後に高級化しますが、初めは庶民の手軽なファストフードとして登場しています。いずれの料理もルーツをたどれば、関西でうまれたものですが、江戸において洗練され「江戸前料理」として花開きました。江戸には、何よりも魚貝の宝庫ともいえる豊潤な江戸前の海と巨大な生鮮市場魚河岸があったこと、さらには関東風の味覚形成に大きな影響を与えた醤油や味醂をはじめとする調味料が普及したことが、江戸前料理の完成に大きな役割を果たしたと考えられています。(詳細は第八章ご参照ください)

*2)漁師はどんな人がやっていたのか?
漁師とは徳川政権の下に再編成された漁村の漁民たちに与えた尊称です。はじめは漁業適格地と認められた専業漁村の者に限られましたが、後に漁撈をおこなう者を広く漁師と呼びならわすようになりました。

*3)江戸っ子の「いき」と魚の関係とは?
江戸は武士の都でしたから、町人たちはつねに支配者層の存在を感じずにはおれませんでした。そんなことから武士への対抗心がうまれていきます。「通」、「はり」、「いき」などの価値観は、いずれも江戸っ子の世の中に対する反骨精神に育まれたといってよいかもしれません。町人が武士に対抗できたのは「遊郭」と「芝居」、そして「食」です。そのため、単にうまいものを楽しむ風情にとどまらず、たとえば「初鰹は誰よりも早がけに食う」というような、江戸っ子独特の価値観が醸成されたのでしょう。

*4)なぜ鰻のことを江戸前といったのか?
隅田川河口や深川は風味の良いウナギを産出する恰好の漁場でしたから、ご当地産のうたい文句として江戸前と呼ぶようになりました。江戸人の自慢は大変なもので、隅田川産や深川産以外は「旅鰻」とか「江戸後」などといって嫌ったといいます。

*5)江戸の外食店の始まりは?
明暦の大火(一六五七)の際、罹災民に食事を供する煮売りの店があらわれたのをきっかけに、江戸に外食店がつくられるようになりました。つまり江戸の外食店は災害によってうまれたといえます。江戸時代の初めは買い食いの風情はなく、寛永の頃(一六二四‒四四)には、東海道のような街道筋の限られた場所に茶店が点在する他は、飯を売る店は一軒もなかったといいます。

(担当/吉田)

著者紹介

冨岡一成(とみおか・かずなり)

1962年東京に生まれる。博物館の展示や企画の仕事を経て、1991年より15年間、築地市場に勤務。「河岸の気風」に惹かれ、聞き取り調査を始める。このときの人との出会いからフィールドワークの醍醐味を知る。仕事の傍ら魚食普及を目的にイベント企画や執筆などを積極的におこなう。実は子どもの頃から生魚が苦手なのに河岸に入ってしまい、少し後悔したが、その後魚好きになったときには辞めていたので、さらに後悔した。江戸の歴史や魚の文化史的な著述が多い。

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最新の心理学に基づくコーチングの決定版!――ポジティブ・コーチングの教科書

ポジティブ・コーチングの教科書

――成長を約束するツールとストラテジー

ロバート・ビスワス=ディーナー 著 宇野カオリ 監訳 高橋由紀子 訳

◆第一人者が書き下ろしたメンタル・トレーニング法

 ポジティブ心理学とは、組織や人が最高潮(ピーク)の状態や、個人の「強み」に注目して、それが持続する方法を研究するもの。著者ディーナー博士は、世界中を旅して極限状態にある人の幸福感や強みの発揮を探る研究を続けながら、その成果を企業人の教育に携わるビジネス・コーチングに応用するポジティブ心理学コーチング(ポジティブ・コーチング)の第一人者です。

 本書は、著者自身の研究でのリアルな体験談やコーチング事例、数多くのエクササイズ、心理テストを盛り込んだ本格的な教則本。とはいえ、ビジネス・コーチやキャリア・コンサルタントなど、企業人教育に携わる方から、人をマネジメントする立場にある方までが知っておくとコミュニケーションがうまくいくコツが学べるようにもなっています。

 すぐに習得してみたいエクササイズの数々から、簡単なものを1つを紹介しましょう。それは、相手の強みに名前をつけることを習慣にするというものです。

◆自分や相手の強みに名前をつけることから始めよう

 著者のクライアントに、仕事の締め切りにいつも遅れがちで、自分を「怠け者の引き延ばし屋」だと悩んでいる男性がいました。しかし、聞けばその人、仕事の評価は決して低くないというのです。そこでピンときた著者は、その人に自分を「引き延ばし屋」ではなく、良い意味で仕事を熟成する「寝かせ屋」だと思うように提案します。それにより、クライアントの男性は仕事がギリギリになることを不安に思わずに質の高い仕事に一層邁進できるようになったとか。

 相手の強みを引き出すことは、ポジティブ・コーチングの大きな目的の1つですから、一見、ネガティブな特長でもその人がポジティブに転換できるように導いてあげることが大事です。そこで著者は、日ごろから、同僚や部下、上司など相手の良いところを見つけて、ポジティブなあだ名をつけて、折に触れて呼んでみれば、互いの強みが発揮されやすくなると提案します。

 あだ名と言えば、学生時代の嫌な先生のことを思い出す方もいるかもしれませんが、思い切って、今日から、ポジティブなあだ名づけを習慣にして、ポジティブ・コーチングを実践してみてはいかがでしょうか?
(担当/三田)

著者紹介

ロバート・ビスワス=ディーナー(Robert Biswas-Diener)
ポジティブ心理学者。学術研究を続けながら、各国の幅広い知的プロフェッショナルを対象にしたコーチングや企業向けの心理学研修を実施してきた。ケニアやイスラエル、グリーンランド辺境など、普通の心理学者が研究対象にしないような極限の地域に暮らす人たちを対象に研究を続けてきており「心理学界のインディ・ジョーンズ」という異名を持つ。著書に『「勇気」の科学』(大和書房)『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』(草思社)ほか多数。

訳者紹介

宇野カオリ(監修)

一般社団法人日本ポジティブ心理学協会代表理事。国際ポジティブ教育ネットワーク日本代表。筑波大学人間系研究員。跡見学園女子大学講師。ペンシルベニア大学大学院応用ポジティブ心理学修士課程修了。同大学ポジティブ心理学センター研究員、ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネス ポジティブ組織研究センターフェローを歴任。訳書多数。

高橋由紀子

翻訳家。慶應義塾大学文学部卒業。訳書に『幸福優位7つの法則』(徳間書店)『ポジティブな人だけがうまくいく3:1 の法則』(日本実業出版社)『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』(草思社)ほか多数。

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ポジティブ・コーチングの教科書: 成長を約束するツールとストラテジー | ロバート・ビスワス=ディーナー, 宇野カオリ, 高橋由紀子 | 本 | Amazon.co.jp

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妖気を吐いて楼台の幻を生む謎の生物とは?――『蜃気楼のすべて!』

蜃気楼のすべて!

日本蜃気楼協議会 著

◆「なぜ見えるのか」から、その歴史や美術まで。あらゆる側面を網羅!

 「蜃気楼(しんきろう)」という言葉の語源をご存じでしょうか。この言葉は、最初に司馬遷の『史記』に登場する古い歴史を持った言葉です。

 蜃気楼の「蜃」とは、生き物の名前。竜の一種とも、ハマグリのような二枚貝とも言われ、その謎の生き物が妖気を吐いて、楼閣・楼台のような高い建物の幻を生じさせる、というのが「蜃気楼」という言葉のもともとの意味なのです。

 江戸時代には「蜃=ハマグリ」説が普及し、ハマグリが妖気を吐いて楼台を生じさせる図が、吉兆を示すおめでたいものとして絵に描かれ、皿やかんざしなどにも図案が使われました。

現代では蜃気楼にも科学の目が向けられ、空気の温度差による光の屈折で、遠くの景色が伸びたり縮んだりして見える現象であることが解明されてきました。とはいえ、実はまだ、蜃気楼にはわからないこと、未発見な真実がたくさんあります。

 たとえば、蜃気楼と言えば富山湾が有名で、北海道でも小樽や斜里などでも見られることが知られていましたが、最近になって、日本各地で、これまで蜃気楼が発生することが知られていなかったところでも観測例が次々と報告され、発見ラッシュが起きているのです。琵琶湖や猪苗代湖、大阪湾の蜃気楼は、その新発見により明らかにされたもので、本書でも詳しく紹介しています。

 本書は、日本各地の蜃気楼を美しい写真で紹介するだけでなく、蜃気楼の最新の研究成果から、なぜ見えるのか、どこに行けば見えるのか、どんな天気のときに見えるのかと言った観察のガイドまでも網羅。さらには、歴史や美術・骨董の中の蜃気楼までを扱った、世界初の完全ビジュアル・ガイドブックです。

◆3月~5月が蜃気楼のハイシーズン! 本書を片手に観測に出かけよう!

 蜃気楼は、その背景にある歴史も科学も面白いのですが、とにかく本物の現象を目撃するのがいちばん。大変素晴らしい体験で、誰もが驚くこと間違いありません。

 蜃気楼が最もよく見られるのは、多くの地域で3月~5月頃で、年に数回しか発生しないレアな現象です。晴れて風が穏やかな日に発生しやすいと言われていますが、風向きや、朝昼の寒暖の差も影響すると言われています。天気予報などの情報を利用することで、発生の予測はある程度可能です。本書では、各観測地ごとに、どんな時期のどんな天気のときに発生しやすいかも、観測の実体験に基づいて書かれています。

 また、場所も重要です。どこでも見られるわけでなく、蜃気楼が見られる地域でも、観測ポイントは限られます。本書ではその観測ポイントも惜しみなく公開。カメラや双眼鏡をはじめとした、観察に必要な道具についてもアドバイス満載です。

 さらに、近くに蜃気楼発生地がない方、とくに関東地方にお住まいの方のために、蜃気楼のメッカである魚津に、日帰りで蜃気楼を見に行くためのガイドも掲載。朝、天気予報図を見て蜃気楼の発生の可能性を確認してから、北陸新幹線を利用して昼まえに到着、観測するというもの。天気図による予測を使うと、成功の確率がグンと上がります。

 様々な側面から見ることができ、興味の尽きない蜃気楼。本書をきっかけに、蜃気楼への興味を持っていただき、関連する知識が普及することを期待しています。

 (担当/久保田)

著者紹介

日本蜃気楼協議会

全国各地の蜃気楼に関する情報交換、調査研究、教育の普及を図ることを目的に2003年に発足した団体。会員は気象や教育関係者、博物館・科学館に携わる人から、カメラマンや蜃気楼愛好家など、バラエティに富む。毎年、研究発表会等を開催し、会員相互の親睦を図っている。蜃気楼に興味を持った人であれば誰でも入会できる。詳細はウェブサイトを参照。  

http://www.japan-mirage.org/

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