草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

漱石は百年計画で敵を倒せたか  『夏目漱石の人生論 牛のようにずんずん進め』齋藤孝 著

夏目漱石の人生論 牛のようにずんずん進め

齋藤孝 著

 明治39年1906年の高浜虚子宛の書簡に漱石はこう書いている。
「僕は十年計画で敵を倒すつもりだったが、近来これほど短気なことはないと思って百年計画に改めました。百年計画なら大丈夫、誰が出て来ても負けません」
 何を敵と称しているのか真意は定かではないが、漱石の時代への痛烈な批判精神だけは伝わってくる。さてそれから110年たって、2016年今年は漱石没後百年というメモリアルイヤーである。関連書もいくつか出たし、朝日新聞には再度漱石の小説が連載された。『夏目漱石の妻』という連続ドラマもNHKテレビでやっている。
はたして漱石は敵を倒すことができたのだろうか。
 夏目漱石は1867年慶応3年生まれだから明治元年の前の年に生まれている。亡くなったのは1916年大正5年である(享年49)。ほとんど明治と重なる時代を生きた人である。同じ年の生まれには幸田露伴、斎藤緑雨、宮武外骨、尾崎紅葉、正岡子規、南方熊楠と明治のそうそうたる文人がそろっており、坪内祐三氏が彼らを題材に『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』という本を書いている。
 英文学などを馬鹿正直に勉強してロンドンにまで留学したが、日本人が英文学を学ぶことの限界を悟って神経衰弱になり、戻ってから小説家に転身する。処女作『吾輩は猫である』が1905年明治38年発表であるから、小説家としての実働期間はほぼ10年というに過ぎない。驚くべき集中力とエネルギーをもって書き続けたことになる。
 漱石の生きた時代は富国強兵と立身出世がはびこる時代でもある。彼が敵視していた時代風潮には事欠かなかった。
 今の時代は停滞した格差社会になりつつある。百年たっても敵は変わらず倒れないままでありそうだが、百年後も漱石が読まれていることだけには救いがある。
 「百年の後、百の博士は土と化し、千の教授も泥と変ずべし。余はわが文をもって百代の後に伝えんと欲するの野心家なり」

 本書『夏目漱石の人生論 牛のようにずんずん進め』は今の世にも通ずる漱石からの若者へのアドヴァイス、名言を満載した本である。人生に臆病な若者に読んでいただきたい。

(担当/木谷)

著者紹介

齋藤孝(さいとう・たかし)

1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒、同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『宮澤賢治という身体』(宮澤賢治奨励賞)『身体感覚を取り戻す』(新潮学芸賞)、ベストセラーとなった『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化章)などがある。近著に『語彙力こそが教養である』『こども 孫子の兵法』『声に出して読みたい旧約聖書』がある。

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超ロングセラーの「復縁マニュアル」がリニューアル! 『元カレと復縁できる方法 SNS対応版』 浅海著

3万人の実例からわかった 元カレと復縁できる方法 SNS対応版

浅海 著

◆SNSを活用した復縁術を盛り込んで、パワーアップ!

 人が恋に落ちるのは、共通の法則がある。しかも、一度は恋に落ちた相手であれば、その恋心を復活させるのはじつは難しくないのだ――。“復縁”のカリスマアドバイザーとして知られる浅海さんは、これまで3万件以上もの復縁相談に答えてきた実績(おそらく日本最多)があります。
 男性の恋愛心理を鋭く突いた独自の復縁理論とリアルな恋愛事例をつづった著書『元カレと復縁できる方法』(2009年、小社刊)は発売以来、ロングセラーを記録。終わったはずの恋を蘇生させる“復縁の教科書”として女性たちに密かに読み継がれてきました。
 あれから7年、フェイスブックやツイッター、ラインなどのSNSが普及したことで、男女のコミュニケーションのあり方も変化しました。そんな流れを受けて、あらたにSNSを活用した復縁成功事例などを加筆し、『元カレと復縁できる方法 SNS対応版』が生まれました。

◆さりげなく元カレの日常に滑り込み、いつのまにか「忘れられない女性」に!

 振られた相手と、もう一度、恋人になる。そのためのプロセスは、通常の恋愛アプローチでせまると、かならずといっていいほど大失敗する。
著者の浅海さんは「元カレとの関係レベルに合わせた段階的アプローチ」が必要だと力説します。
 最初のステップは、未練のないそぶりで元カレと“友だち関係”になることから始まります。
 そして、元カレを勇気づけ(場合によっては元カレの彼女もほめちぎり)、良き聞き役となり、彼の心の隅に少しずつ、自分の居場所をつくっていく。
 あとは、じわじわと段階立てて元カレに「喪失感」「ドキドキ感」を味わわせていくことで、ふたたび恋に落ちるタイミングがめぐってくる。
 もちろん、一筋縄でいくとはかぎりません。別れの原因、彼の心の迷い、彼女の有無によって、停滞したり、あるいは逆戻りすることも。
 そのたびに、浅海さんは処方箋を差し出し、次の打つべき手を教えてくれます。
 本書の復縁理論に従えば、たとえば、こんな絶望的な(?)事例であっても、「復縁」できる可能性は十分にあります。

・メールを返してくれない彼と復縁する
・着信拒否をされても復活できる
・「都合のいい関係」から本命になる
・新しい彼女から元カレを取り戻す
・年齢差のあるカップルの復縁 など

 わらにもすがる思いで復縁を望む女性たちにとって、今のようなSNS全盛期はかつてないほどの大チャンスなのです。SNSを活用すれば、電話や待ちぶせといったストレートな手段を使わずとも、さりげなく元カレの日常に滑り込み、いつのまにか「忘れられない女性」に昇格することも可能です。

◆恋愛の失敗パターンを克服し、男ゴコロを深く理解できる一冊

 本書を読み進めると、単に失恋の痛手から女性を救うだけの本ではないことがわかってきます。相手への依存心の克服、相手を尊重する言動、また、自分の世界をもって毎日を楽しく過ごすことが、復縁のカギであることがくり返し説かれています。
 この本のアプローチで復縁に成功した女性の多くは、過去の恋愛で失敗した原因を自分の中に見つけ出し、克服していくことができたのではないかと想像します。そして復縁でふたたび恋人となった“元カレ”とも、より深い絆で結ばれていくのではないでしょうか。
 男性の恋愛心理を丸裸にしてしまった本書、意外と単純な男ゴコロを知るうえでも参考になるはずです。

著者紹介

浅海(あさみ)
広島県生まれ。大学卒業後、大手企業の営業を7年間行い、支社トップ、全国でもトップ10に入る。営業で学んだ人付き合いの極意を恋愛に生かしたいと考え、退社後、復縁アドバイザーとして活動を始める。2006年より始めた復縁相談は累計3万件を超え、続々と復縁報告が寄せられている。毎週発行しているメールマガジンは読者数2万人を超える人気で、有料相談希望者もつねに順番待ちの状態。復縁に特化した情報提供者としては日本一と思われる。厳しいながらも親身なアドバイスが、多くの相談者の信頼を得ている。著書に『彼ともう一度、恋人になる方法』(二見書房)、『壊れそうな彼との関係を修復する方法』(大和書房)、『「好き」と言わずに「好き」と言ってもらえる本』(大和出版)、『別れた彼が必ずふりむく魔法のことば』(宝島社)がある。
〔復縁アドバイザー浅海公式サイト〕 http://hukkatuai.jp/
〔復縁サポート会員サイト〕 http://www.hukuensupport.com/ 
〔浅海公式コンテンツ 復縁活動.com〕 http://復縁活動.com/

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東京が面白い理由は、道路にある?―『東京道路奇景』

東京道路奇景
川辺謙一 著

◆東京にはなぜアクロバティックな道路が多いのか?

 「東京道路奇景」とは東京の道路が織りなす奇妙な風景のこと。この東京道路奇景は枚挙にいとまがありません。道路の上にも下にも道路があり、さらにその下の鉄道まで合わせると8層にもなる多層構造(西新宿ジャンクション)。墓地の下やグラウンドの下を通る道路(千駄ヶ谷トンネル、青山トンネル)。11叉路にもなる多叉路(菅原橋交差点)……などなど。これほどまでに、奇妙な道路構造が多数ある都市は、日本国内は言うに及ばず、世界的にも珍しいと考えられます。東京道路奇景は、東京の新たな観光スポットになるかも知れません。

 本書では、それらの道路奇景を100点以上の図版・写真とともに紹介していきます。さらに、掲載しているQRコードで奇景の位置情報をスマホで読み取り、地図アプリで現地を確認することもできます。実際に行ってみたい人のために、最寄り駅などのアクセス情報も掲載しているので、東京道路奇景を十全に楽しむことができる本になっています。

 しかし、なぜ、東京にはこれほどまでに道路奇景が多いのでしょうか?


◆東京道路奇景は東京に「伸びしろ」がある証しでは?

 実は、東京道路奇景の多くは、道路整備の大幅な遅れを短期間に取り戻すために苦肉の策として建設されたものです。東京は戦後、道路整備が圧倒的に未熟のまま、急激に自動車保有数の増加を迎え、渋滞が深刻な問題となりました。これを緩和するため首都高をはじめとする道路の新設が急ピッチで行われた結果、空間的余裕のない中に道路を詰め込むことになり、奇景が生まれたのです。

 それでもなお、東京の道路は現在も、計画の6割しか完成していません。しかし、考えようによっては、この道路整備の遅れは、東京の「伸びしろ」でもあります。東京は道路について、あと4割も成長余地を残している、と言えるからです。

 本書は、道路奇景を紹介するだけでなく、東京は道路によってどのように変わっていくのか、また変わってきたのかを、「東京道路奇景」と「伸びしろ」という視点から考えていくものです。実現しなかった驚くべき構想、世界に先駆けて行われた試み、度重なる計画変更で現状にいたった経緯など、興味深い事実が多数、紹介されます。本書を読めば、東京の知らなかった魅力・力強さに気づくことでしょう。

 
著者紹介:川辺謙一(かわべ・けんいち)

 交通技術ライター。1970年三重県生まれ。東北大学工学部卒、同大学大学院工学研究科修了。メーカー勤務を経て独立し、雑誌・書籍に数多く寄稿。高度化した技術を一般向けに翻訳・紹介。著書は『図解・燃料電池自動車のメカニズム』『図解・首都高速の科学』『図解・地下鉄の科学』(講談社)、『東京総合指令室』(交通新聞社)など多数。

 

 

↓著者によるPVもあります!↓

 

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「核」をめぐる東アジアの驚くべき「現実」を冷徹に検証。この緊張のなかで日本がとるべき道とは? 『日本・韓国・台湾は「核」を持つのか?』

日本・韓国・台湾は「核」を持つのか?

マーク・フィッツパトリック 著 秋山勝 訳

◆核はもたないが、その技術も原料ももっている「潜在的核保有国」

 中国と北朝鮮という核武装国の脅威にさらされ続ける東アジアで、「核ドミノ」は起こるのか? これが本書の検証テーマである。
 この二国に隣接する日本、韓国、台湾は、いずれも原子力の技術的基盤を持っているため、「潜在的核保有国」(本書の原題)と見なされている。隣国の脅威に対抗するためにいずれ「核」を持つ可能性はあるのか?
 結論からいえばその可能性は低いと本書はいう。核保有した場合のリスクがあまりにも大きいからだ。米国を中心に核不拡散を推し進める世界は、新たな核保有国を容認しない。
 かりに核開発の兆候が見られれば、その時点で国際的な批判を受け、経済制裁はじめ外交上も通商上もさまざまな障害が生じて経済・産業面に大きなダメージを受ける。同時に同盟関係による安全保障がくずれ、現実に安全が脅かされた場合の防衛態勢がとれなくなる。
 それはつまり米国をはじめとする諸外国をも敵にまわすことを意味している。

「核保有」ではなく、「核の傘」と「核ヘッジング」という戦略

 核は持てない、しかし核の脅威にはさらされ続ける。ではどうやって核の脅威から自国を防衛すればいいのか。その答えが、米国との同盟関係またはそれに準じる関係性による安全保障態勢、いわゆる米国の「核の傘」である。この同盟関係によって、核攻撃の脅威を回避しつづけるというのが現状であり現実的な防衛策だったのである。
 さらに、本書が随所で指摘しているのが「核ヘッジング戦略」だ。つまり、核兵器は保有しない。だがその原料も技術ももっている。必要とあれば短時間で開発(実際、三か国とも「二年以内」、日本の場合は「さらに短期間」で核武装できると評価されている)という「カード」をちらつかせることで、「潜在的」な核武装の能力を示すという戦略である。
 とくに日本では、時々の政権中枢から幾度となく、核保有の能力を示す発言がなされており(すぐに取り消されるが)、まさに核の脅威をヘッジするカードとして機能している。

米国の安全保障はいつまでも信頼できるのか?

 核保有の可能性は低い。だが、ゼロではない。なぜか?
 頼みの綱とする米国の安全保障能力の問題である。ここに来て、米国の軍事的影響力が揺らぎ、「核の傘」のほころび、その威力の低下が指摘されている。中東やウクライナ、アフガン、南シナ海、東シナ海、そして朝鮮半島の状況がそれを証明しているといえる。
 東アジアにおいても米国の安全保障が「もはやあてにできない」と判断されたとき、「潜在的核保有国」は現状のままでいることを選ぶのだろうか?

北朝鮮が政権崩壊したとき、核の拡散は防げるのか?

 さらに、より切迫した危機がある。北朝鮮だ。
 もちろん核兵器の精度を上げ実際に攻撃してくる、という可能性はあるが、より現実的な問題は、じつは北朝鮮の政権崩壊なのである。そのとき、北朝鮮が保有していた核はどうなるのか? 厳しいコントロール下で解体や廃棄がおこなわれるにしても、崩壊の混乱のなかでの流出はまぬかれないのではないか。ISなどのテロリスト集団、紛争地帯の武力勢力、核兵器のブラックマーケットがそれらを獲得し、核の散逸が起こる可能性はある。
 また、南北統一が実現したとき朝鮮半島に一つの核保有国家が誕生する可能性もある。それは「中国と国境を接する核保有国」の存在を意味する。その国が米国との同盟関係を保持するとしたら、「国境を接する」中国ははたして黙視しているだろうか。逆に、中国が影響力を行使して親中国的な核保有国として取り込もうとした場合、はたして米国は座視しているだろうか?

韓国は「日本」の核武装をも強く警戒している

 日本・韓国・台湾の三か国のうちで、核保有の可能性が最も高いのは韓国だと本書は指摘する。政権の意図とはべつに、核保有を支持する国民世論が多数を占めているためである。
威嚇を続ける北朝鮮の脅威を目の当たりにすれば無理もないだろう。ところが韓国が強く警戒するのは北朝鮮のみではなく、「日本」もその対象だというのだ。
「日本が核武装すれば、われわれもそうすべきだ。日本が毒を手にしたなら、われわれもまた毒を手にしなくてはならない」という発言が本書には引かれている。こうした国民世論に押された国が核保有したとしたら、東アジアの状況はどのように変化するのだろうか?
そのとき日本はどのように向き合うか? その準備はできているのだろうか?

 本書はこうした多様な可能性を冷静かつ客観的に検証するものである。「核」をめぐる状況がいよいよ切迫してきたいまの「現実」を知るために、ぜひ多くの方に読んでいただきたい書である。

(担当/藤田)

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水産業のルーツを探る  『江戸前魚食大全』(冨岡一成著)より

 先日、CSの教養番組で日本古来の漁業に北方型と南方型の二系統があることを解説していました。日本列島に押し寄せる北の寒流と南の暖流は、日本海側では能登半島付近で、太平洋側では銚子沖で合流し、これを境に日本列島近海の魚介類の分布を南北に大きく二分します。
 寒流域にある北方型漁業の特徴はいわば小種多量型で、サケ・マス・ニシン・昆布など、漁獲対象は少ないながら、季節性が強く毎年決まった時期に大群であらわれたので、ときに潤沢な獲物に恵まれました。ただし漁法はいたって素朴であったので大量漁獲は望めません。保存法も天日と冷風の自然利用による素干しが一般的で、スルメ、みがきニシン、棒ダラ、カズノコなどがその代表です。
 いっぽう暖流域の南方型漁業ではブリ、マグロ、カツオなどを筆頭にさまざまな魚種が漁獲対象となりそれに応じて網、釣り、もぐり漁など漁法も多様化しました。漁業形態は北方型よりも複雑であり、また先進的な面が強かったと考えられます。また、なますやたたきといった生食が早い時代からおこなわれていました。魚は活き活きしているのが旨いという感覚も南方型漁業の特徴だったようです。
 ところが、両者のちがいは自然条件によるものとばかりも片づけられない、もうちょっと込み入った事情がありました。結論的に申し上げると、北方型は古モンゴロイド系の縄文人に伝わる伝統であり、これに対して南方型は東アジア沿海よりの渡来系弥生人の集団である海人(あま)族よりもたらされたと考えられます。
 漁撈技術において優位性を持つ海人族は西日本を中心とする沿岸一帯を席巻するように生活圏を広げていきました。とはいえ一方が他方を駆逐するような形をとらなかったことで、漁場をめぐる争いなどはあったにしろ、民族同士の棲み分けはできていて共存関係にあった。それが自然地理的条件とあいまって北方型漁業と南方型漁業というきわだった流れが後世まで残されたと考えられます。とはいえ海人族のもたらした先進技術が、のちの日本の水産業をひらくルーツになったといえるでしょう。
 海人族は古代・中世の日本で海川を舞台として自由闊達に活動しました。かれらは魚貝をとり、海辺で製塩をおこないます。そして船を巧みに操って交通、物流を担うとともに、ときには武装して権力者の水軍となり、激しい戦闘をくり広げたのです。漁民と呼ぶには、あまりに多彩な活動をおこなうかれらは「海民」と総称されます。
 今回は『江戸前魚食大全――日本人がとてつもなくうまい魚料理にたどりつくまで』より、日本の水産業のルーツともいえる海人族の特徴についてみていきましょう。

海人たちは、長い期間をかけて日本に渡ってきた。単一の集団ではなく、移動ルートもいくつかあったと考えられる。それぞれに漁撈方法や航海術も異なっていて、素潜り漁の得意な集団もあれば、突き漁をおこなう集団もある。沿岸に定着する集団もあれば、漂泊的な移動をおこなう集団もある、といった具合だ。弥生時代中期から古墳時代にかけて、およそ一〇〇〇年のあいだに列島各地に広がったが、いくつかの代表的なグループに分かれる。
現在の福岡県宗像(むなかた)市鐘崎(かねさき)を根拠地とする宗像海人は、朝鮮半島から壱岐・対馬を経由して北九州に渡ってきた倭人である。操船術に長けた集団で、朝鮮半島、中国大陸への遠洋航海も日常的におこなった。
また、潜水漁によるアワビとりを得意とする。おそらく「魏志倭人伝」に出てくるのは宗像海人なのだろう。かれらはあらたな漁場を求めて、半島伝い、島伝いに移動した。壱岐の小崎浦、対馬の曲まがり、山口県角島(つのしま)近郊の大浦、石川県の輪島などはいずれも鐘崎の枝村であり、海士(海女)のアワビ漁で知られている。
同じく北九州でも、福岡県の粕屋郡志賀島を根拠地とする安曇(あずみ)海人は、むしろ沿岸漁業を得意としたようだ。移住地域は、九州から瀬戸内海の沿岸地域を席巻するように広げて近畿に入り、そこから渥美半島、伊豆半島にまで達した。渥美や熱海、滋賀などの地名は、安曇、志賀島との関連が指摘され、海人によって開かれた土地ではないかといわれる。かれらのうちには「陸上がり」をして、内陸部に入植した集団もいたという。糸魚川から姫川沿いに南下して、長野県の安曇野を開き、そこから各地に安曇の地名をもつ集落が広がったというのだ。安曇海人は、ヤマト王権により阿曇連の姓を賜っている。中央政府との結びつきが強く、古代海人族のなかで最も勢力を張った集団であった。
一方、中国沿海から台湾、沖縄方面を経て九州西南地方へたどりついた者たちもいる。かれらは熊襲と呼ばれるが、後にヤマト王権に仕えた者は隼人と称された。『肥前国風土記』に「白水郎(海人)と隼人は言葉も顔立ちも似ている」とあるが、どちらも倭人なのだから当然である。ただし数世紀を経て、両者の性格はかなり異なってくる。中央政府に対して、北九州の海人たちが恭順的なのに比べて、隼人はかなりの抵抗を示した。民俗学者沖浦和光氏の『瀬戸内の民族誌』(岩波書店・一九九八)によれば、隼人系海人族は後に瀬戸内海水軍の中核として成長していく、最も戦闘的な海民集団であったという。
海人族=海民の移動によって海上交通がうまれ、人とモノが運ばれていく。集落と集落が海上ルートで結ばれて交換経済が発達し、離れた場所ともネットワークがつながる。少なくとも三世紀の邪馬台国の時代までに、日本列島周辺と朝鮮半島、中国大陸を結ぶ海上ルートが開かれていた。
現代は陸上交通が主流だが、それは最近の一〇〇年ほどのあいだにつくられたもので、それ以前の約二〇〇〇年間は、海を中心とする流通がおこなわれてきた。その根本をつくったのが海民の全国的な伝播であったといっても、決して大げさではない。

 およそ四世紀半ばにヤマト王権が成立すると、有力な「海民」が傘下に組み入れられ、八世紀以降の律令制国家では朝廷に海産物を貢納する贄人(にえびと)のような「特権的海民」をうみだす一方、貿易や物流による大きな利益をもたらす「海民」たちの多くが大社寺や権門勢家の貴族たちの荘園や公領に囲い込まれていきました。
 このうち「特権的海民」から魚問屋や廻船人がうまれて、水産物流通を形づくるようになり、のちには生鮮市場をひらくにいたります。荘園・公領においては漁奴的な生産者であった「海民」たちも戦国時代になると自治的な村をつくり、これが近世以降の漁村の基礎となりました。
 深淵な「海民」の歴史を詳述しようとすれば、相当読みごたえのある大著にならざるをえないのですが、『江戸前魚食大全』はたったの20数ページでまとめているのだから、ずいぶんと無茶をしたものです。けれども、江戸時代以前の水産業のあらましをざっと俯瞰できてしまえるし、ちょっと婦人雑誌的にいうと収納上手な奥さまといったまとめかたになっていて、必要な知識はあらかた入っているから便利といえるでしょう。

(筆者/冨岡一成)

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江戸前魚食大全: 日本人がとてつもなくうまい魚料理にたどりつくまで | 冨岡 一成 | 本-通販 | Amazon.co.jp

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冬景色の中へ、探しに行きたくなる不思議な現象の数々。 『雪と氷の図鑑』

雪と氷の図鑑

武田康男  著

◆雪と氷の不思議とその科学を170点あまりの写真で紹介・解説する初めての図鑑

 「霜柱」と「霜」はどう違うのか? 池の水はどこから凍りはじめるのか? 美しい雪結晶ができる温度は? 本書はこのような雪と氷の不思議を美しい写真で紹介し、その科学を解説する初めての図鑑です。
本書の著者は『楽しい気象観察図鑑』『世界一空が美しい大陸南極の図鑑』(いずれも草思社)など、空や気象に関する写真満載の本を多数著してきた武田康男さん。その武田さんがこれまで撮りためてきた雪と氷に関する現象の写真から、選りすぐって一堂に集めました。
 誰もが知っている、雪の結晶や池の氷などが美しい写真で紹介されるのはもちろんのこと、あまり馴染みのない雪と氷の現象の写真も数多く掲載・解説されています。たとえば、しぶき氷(湖などに風が吹いて巻き上がったしぶきが周囲の物体に凍りついたもの)、雨氷(氷点下まで冷やされ過冷却になった雨粒が地表の物体に落ちてきてすぐに凍ったもの)、ジュエリーアイス(北海道・十勝川から流れてきた透明な淡水の氷が、河口周辺の海岸に打ち上がったもの)、氷紋(氷の上に薄く雪が積もったとき、氷の下からしみ出した水が雪を融かしてできる模様)といったもの。雪国で暮らしている方も、改めてこうした現象を知れば、冬の空の下に本物を探してみたくなることでしょう。

◆雪道・雪崩・積雪などの被害を引き起こす、雪の性質も科学的に解説

 日本は実は、世界でも有数の積雪国です。雪と氷と言えば、雪国の方にはその美しさや恩恵以上に、危険や苦労の方が先にイメージされるかも知れません。本書では、除雪の苦労やアイスバーンの雪道の危険さ、雪崩や落雪による被害についても写真とともに紹介しています。積もった雪が「ざらめ雪」に変化したり、地吹雪で吹きだまりに吹き寄せられたり、あるいは屋根や電柱に冠雪がくっついていく様子など、雪害を起こす雪の性質についても、科学的に解説していますので、雪に困っている方にも興味深い内容となっています。
 また、富士山の12か月の雪化粧の変化を比較する写真や、南極やモンゴル、ロシア、北米など、海外の雪と氷を捉えた写真、あるいは高山の万年雪や、最近になって発見された日本の氷河の写真など、貴重な写真も多く掲載。雪と氷の現象の奥深さ、幅広さを感じていただけることと思います。冬の景色がこれまでと違って見え、雪や氷が待ち遠しくなる一冊です。

(担当/久保田)

◆著者紹介

武田康男(たけだ・やすお)

1960年、東京都生まれ。東北大学理学部卒業後、千葉県立高校教諭(理科)。第50次南極地域観測越冬隊員。気象予報士、空の写真家。日本気象学会会員、日本雪氷学会会員。現在、大学の非常勤講師、講演、執筆、写真・映像撮影、テレビ番組制作などをしている。著書に『楽しい気象観察図鑑』『世界一空が美しい大陸 南極の図鑑』『雪と氷の図鑑』(以上、草思社)、『雲の名前、空のふしぎ』『不思議で美しい「空の色彩」図鑑』(以上、PHP研究所)、『武田康男の空の撮り方』(誠文堂新光社)など。

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文庫版『昭和二十年』全13巻、未完の完結。故・鳥居民が明らかにしたこととは。

 日本が未曾有の試練に見舞われた太平洋戦争最後の一年を一月一日から十二月三十一日まで、ときの推移に従って、日本の全社会がどのように動いたかを描く巨大ノンフィクション、『昭和二十年』。著者の急逝のため未完に終わった本シリーズ全13巻の文庫版刊行が、このたび完結した。

 その第13巻に付された、担当編集者による「編集部あとがき」をここに公開します。


『昭和二十年』第13巻 編集部あとがき

 鳥居民著『昭和二十年』はここで絶筆となっている。二〇一三年(平成二十五年)一月四日朝、連絡があり、鳥居民(本名池田民)氏が倒れられ、救急搬送されたが、絶命したとのことであった。朝のシャワーを浴びている最中だったとのことである。享年八十四。

 大作『昭和二十年』はここで未完となった。生前、「別冊文藝春秋」誌の対談で丸谷才一氏、井上ひさし氏により、完成すればギボンの『ローマ帝国衰亡史』に匹敵する昭和日本の全社会史になるだろうと言われた稀有な試みは、残念ながら完結しなかった。鳥居民氏ご本人が一番無念だったであろう。あるいは鳥居民氏らしく、自嘲気味に「仕方ないですね」と笑ったであろうか。

 鳥居民氏は編集者と前年十二月中旬、新宿駅頭で別れた時に「『昭和二十年』第十四巻は八割がた完成しているから年明けには渡せるでしょう」と言っていた。しかし、残されたパソコン・データ内にあった原稿を精査してみたが、完成原稿というには程遠く(いつもの空手形であったのだろうか)、これをそのまま刊行することは、氏の遺志にそぐわないと考えたため、多少整理の手を加え、完成されていた部分だけを、かなり縮小した形で『昭和二十年/別巻』として後日、刊行する予定である。

 『昭和二十年第十四巻』は「ポツダム、そのあいだの日本」と題され、七月三日から七月二十八日までを扱う予定であった。六月二十二日の和平への政策転換以降、対ソ交渉もはかどらず、事態は小康状態となる。その間、国内は地方都市への激しい空襲や東京の再疎開問題に関心は向けられていた。トルーマンは戦艦オーガスタで太平洋をわたり、ポツダムへ向かい、チャーチル、スターリンと会談する。戦後の荒廃したベルリンとポツダムの状況、そこで日夜繰り広げられた、虚々実々の駆け引きが描かれる。天皇保全条項が除かれたポツダム宣言が発表されるまで。

 このあと『昭和二十年』は二巻ないし三巻で第一部が完結し(八月十五日だけは一日一巻で描かれる予定だった)、第二部は三巻か四巻で終わるはずであった(となると全二十巻ぐらいか)。鳥居さんはいつまで(何歳まで)生きるつもりだったのであろうか。戦後編の構想は、ほかに書き残した著作などから、かろうじて推し量ることができるかもしれない。氏の昭和史関係の著作はほかに『日米開戦の謎』『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』『山本五十六の乾坤一擲』(この書だけ文藝春秋社刊、他はすべて草思社刊)『近衛文麿「默」して死す』『鳥居民評論集 昭和史を読み解く』があり、後の二書に多少、氏の戦後史観をうかがうことができる。

 『昭和二十年第一巻』は正月、熱海大観荘での近衛の述懐から始まるが(どうやったら綺麗な顔で死ねるか、という)、昭和二十年十二月半ばの近衛の自殺までが主筋の一つであったようだ。八月三十日マッカーサーが厚木にやって来るが、近衛はそれ以前からすでに動き始める。だが、E・H・ノーマンの登場によって木戸対近衛の対立は、鳥居氏言うところの戦後日本を規定した木戸・ノーマン史観の勝利に終わる。十月はじめ徳田球一、志賀義雄が府中刑務所から解放される。十一月近衛が駆逐艦アンコンに呼ばれ査問される。ノーマンがマッカーサーに提出した、いい加減な戦犯リストをもとに日本は裁かれることになった。沖縄は、満州は、中国大陸はどうなったか。いよいよ風雲急を告げる昭和二十年の日本。あたかも安手の娯楽映画の予告編のようであるが、このあとは鳥居民氏の志を引き継いでどなたか有為の研究者に書いていただければと切に念じている(鳥居氏の蔵書・資料は草思社で保管しているが未整理のままである)。

 このシリーズ独自の指摘として例えば次のようなことが挙げられる。

(1) 二十年二月の重臣上奏は貞明皇后の前年末からの働きかけにより行われたこと。
(2) 木戸内大臣の責任の大きさ。開戦時および和平への転換で判断を誤ったこと。
(3) 昭和十九年春からの大陸での一号作戦(大陸打通作戦)が戦後の局面をすっかり変えたこと。
(4) 原爆投下とトルーマンの確信犯的行動。など

 死んだ子の齢を数えるようだが、もし完成していたなら、本書は朝日新聞的・NHK的ではないまったく別の昭和史観がありうるということを示せたはずなのだ(この未完の部分だけでも十分に伝わってくるのだが)。それはおそらく昭和を生きて、何も言葉を残さずに死んでいった多くの民衆の本音の部分に、これまで書かれたどの史書よりもっと深く響いたはずである。
 ここまで読んでくださった読者の方々にお礼を申し上げます。
 
 (担当・木谷)

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