草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

努力が「結果」に直結する働き方・学び方とは? マウスコンピューターを傘下に持つMCJ社長による唯一無二のキャリア論! 『極端のすすめ』安井元康 著

極端のすすめ

――やることは徹底的にやる、やらないことは徹底的にやらない

安井元康 著

 本書の著者は、20代にして上場企業2社の役員をつとめ、ケンブリッジ大学でMBAを取得後に入社した有名コンサルティング会社では30代半ばで幹部に昇進、そして30代後半でMCJ(東証2部)の社長に就任して現在にいたる、という仰天すべきキャリアの持ち主です。
 こういう経歴から、絵に描いたようなエリートを想像される方も多いかもしれませんが、著者は決して世間一般でいうところの「エリートコース」を歩んできた人物ではありません。都立高校から中堅私大と呼ばれる大学を経て、就職氷河期のどまん中にベンチャー企業に入社――。それが著者のキャリアの出発点です。
 そんな著者が急激なキャリアアップをなしとげることができた理由、それこそが「極端に振りきるマインド」を一貫して持ち続けたことでした。本書は著者がこれまで実践してきた極端な働き方・学び方を紹介するとともに、その背景となる考え方についてもていねいに解説した本です。たとえば、オール5志向を捨てて自分のコアとなるスキルを「極限値」まで高めること。自分の目の前にある課題に「最高レベル」の努力で挑むクセをつけること。そうしたマインドを育むことが何より大切なのだと著者は述べています。先が見えない時代を生きている私たちに、これ以上はない明快さで指針を与えてくれる一冊といえます。

【本書より】
〇魅力的な社会人とは「できること」がはっきりしている人。そのためには極端に振りきって自分のスキルを磨きあげる必要がある。
〇人材をマネジメントする側からいえば、極端な社員とは「何が頼めるか」が明快で頼もしい存在。
〇失敗を避けようとしてはいけない。失敗は「軌道修正」するためのきっかけにすぎない。
〇「人に認めてもらうこと」をゴールにしてはいけない。承認欲求は棚上げしよう。
〇自分が仕事をしている業界の「極端人」を研究して、そこからエッセンスを学ぶ。
〇会社の飲み会には出なくていい。
〇わからないことを「質問する」という行為は生産性の高い行為。
〇学習時間は24時間から最初に「天引き」して強引につくる。
〇「T字型」スキルの人間ではなく、「傘型」スキルの人間をめざせ。
〇一つのことを完全になしとげる経験によって、マルチタスクをこなす能力が身に付く。
〇自分の仕事の中で、「付加価値を生まない業務」はギリギリまで仕組化・効率化し、付加価値が生まれる業務に最大限の労力を注ぐ。

(担当・碇)

著者紹介

安井元康(やすい・もとやす)

MCJ社長。1978年東京生まれ。都立三田高校、明治学院大学国際学部卒業後、2001年にGDH(現ゴンゾ)に入社。2002年に株式会社エムシージェイ(現MCJ)に転職し、同社のIPO実務責任者として東証への上場を達成、26歳で同社執行役員経営企画室長(グループCFO)に就任。その後、ケンブリッジ大学大学院に私費留学しMBAを取得。帰国後は経営共創基盤(IGPI)に参画。さまざまな業種における成長戦略や再生計画の立案・実行に従事。同社在職中に、ぴあ執行役員(管理部門担当)として2年間事業構造改革の他、金融庁非常勤職員等、社外でも活躍。2016年にMCJに復帰、2017年より同社社長兼COO。2014年より東洋経済オンラインで「非学歴エリートの熱血キャリア相談」を連載中。著書に『非学歴エリート』『下剋上転職』(ともに飛鳥新社)、『99・9%の人間関係はいらない』(中公新書ラクレ)などがある。

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『マツダの魂――不屈の男 松田恒次』著者からのコメント:中村尚樹

マツダの魂 ―― 不屈の男 松田恒次

中村尚樹 著

著者からのコメント

 昭和ひと桁世代の私の父は、山陰地方の海岸沿いにある小さな町で生まれ育ちました。戦後の物資不足の時代に運送業を始めた父は、木炭などの代用燃料を使ったトラックを運転し、朝早くに漁港で水揚げされた魚を積んで大きな町まで毎日、運びました。その頃は食糧難だっただけに、お客さんからは喜ばれ、いい稼ぎにもなったと、懐かしそうに話してくれました。
 高度経済成長の時代に入ると少しずつ、トラックの台数も増えていきました。私のまだ幼かった頃、会社の二階が自宅、一階が事務所という家族経営の環境のなかで、私の遊び場は、トラックが数台入るターミナルでした。そこで私の目を惹いたのが、マツダの三輪トラックだったのです。ひとつしかない前輪が、おちょぼ口のように見えて、なんとも愛嬌のある表情が印象に残っています。
 小学生になると、テレビ放送された「帰ってきたウルトラマン」で、MATの隊員が乗るコスモスポーツは、憧れの的でした。
 私が成長してクルマを買えるようになると、1600ccの初代ユーノス・ロードスターを購入しました。マツダの誇るロータリーエンジンではなく、レシプロエンジンでしたが、まさに“人馬一体”という表現がぴったりする走りの楽しさは、何回乗っても薄れることはありませんでした。それまで400ccのオートバイに乗っていた私ですが、マツダのすごさを体感しました。

 ところで私は、職業としてジャーナリストを選んだのですが、30年以上になる記者人生で一貫して取材し続けているのが、被爆者と核問題です。アメリカが広島、長崎に投下した原子爆弾で、核時代が始まりました。核というパンドラの箱を開けてしまった人類に、福島の原発事故や、北朝鮮の核問題など、難問が次々と押し寄せます。
 そんな私が注目したのが、被爆地広島で発展を遂げたマツダでした。これまでロータリーエンジンをめぐる開発秘話については、“ロータリー四十七士”と呼ばれた技術スタッフの努力がたびたび語られてきました。しかし、なぜ廃墟と化した広島の地でマツダが復興し、なぜ地方の後発メーカーであるマツダがロータリーエンジンを開発しえたのか、その理由について、十分に納得のいく説明が得られる文献は見当たりませんでした。そこで私なりに資料を収集し、状況証拠を積み重ねながら、マツダの歴史を再構成したのが本書です。

 主人公の松田恒次氏は、父親から社長職を引き継ぎましたが、単なる世襲社長ではありません。病気で片脚を切断した障害者であり、被爆して弟を亡くし、専務時代には会社を事実上追放されるという挫折も味わいましたしかし、そのたびに立ち上がった、“敗れざる者”なのです。
 私は障害者に関する本を何冊か書いていることもあって、恒次氏のものの見方に共感するところが、多々ありました。“作る側の論理”よりも“使う側の論理”、“組織の論理”よりも“個人の論理”に重きを置いている。それが恒次氏の自然体なのです。
 同時に、人間関係に悩んだ恒次氏が犯さざるを得なかった過ちも、首肯することはできませんが、理解することはできました。つまりは、とても人間くさい人物なのです。その恒次氏の個性が確かに、マツダのクルマづくりに今でも反映されている。私にはそう感じられるのです。
(中村尚樹・ジャーナリスト)

著者紹介

中村尚樹

1960年、鳥取市生まれ。九州大学法学部卒。NHK記者を経てジャーナリスト。専修大学社会科学研究所客員研究員。九州大学大学院、法政大学、大妻短大等で「平和学」「地方分権論」「多文化コミュニケーション」等担当非常勤講師を歴任。著書に『占領は終わっていない――核・基地・冤罪そして人間』(緑風出版)、『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』、『認知症を生きるということ――治療とケアの最前線』、『脳障害を生きる人びと』(いずれも草思社)、『被爆者が語り始めるまで』、『奇跡の人びと――脳障害を乗り越えて』(共に新潮文庫)、『「被爆二世」を生きる』(中公新書ラクレ)、『名前を探る旅――ヒロシマ・ナガサキの絆』(石風社)。共著に『スペイン市民戦争とアジア――遥かなる自由と理想のために』(九州大学出版会)、『スペイン内戦とガルシア・ロルカ』(南雲堂フェニックス)、『スペイン内戦(1936~39)と現在』(ぱる出版)ほか。

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高学年以降は伸びづらい「見える力」を育む 『考える力がつく算数脳パズル 図形なぞぺー<小学1年~3年>』高濱正伸ほか著

考える力がつく算数脳パズル 図形なぞぺー<小学1年~3年>

高濱正伸 著/川島慶 著 /新山智也 著

◆子どもが自分からやりたがる! シリーズ60万部突破の人気問題集に新作登場

 シリーズ累計60万部突破した人気の問題集『なぞぺー』シリーズに、図形・幾何問題の基礎力を育む『図形なぞぺー』が加わりました。『なぞぺー』シリーズは、著者が主宰する大人気学習教室・花まる学習会で使われてきた問題集を書籍化したもの。花まる学習会は、幼児や小学生の数理的思考力を伸ばすことに定評がある学習塾ですが、『なぞぺー』はそのコアとなる教材です。掲載されているのは、子どもたちが自分から楽しみ、夢中で取り組めるよう、教育の現場で子どもたちの反応を見ながらつくられ、改良されてきた面白い問題ばかりです。『なぞぺー』シリーズは保護者の方々からも「子どもが自分からやりたがる問題集」と、高い評価をいただいてきました。

◆高学年以降は伸びづらい図形・幾何の基礎力「見える力」が身につく

 著者の高濱正伸さんは、教育の現場での長年の経験から、子どもの数理的思考力の成長には臨界期があり、小学校3年生くらいまでに伸ばせるかどうかで、その後に大きな違いが生まれると感じてきました。とくに、高濱さんが「見える力」と呼ぶ能力には、その傾向が強いようです。「見える力」とは、「補助線」が思い浮かぶ力や、図形の中の必要な線だけを選択的に見る力、図を描くなど試行錯誤して答えを見つける能力のこと。子どもが将来挑むことになる、図形の証明問題、面積や角度を求める問題といった幾何学の領域では、問題にどこから手をつけてよいかが一様でなく、マニュアルが通用しないため、「見える力」が非常に重要です。そのため、この能力の有無が、学力の伸びに大きな差を生むことになるのです。
 本書『図形なぞぺー』はこの「見える力」をテーマとした問題集で、しかも子どもたちが遊びのように取り組める「パズル」としてつくられています。実際に解いてみるとわかりますが、大人もすぐには答えにたどり着けないのに、子どもでも解くことができる絶妙な難易度で、解けたときに「できた!」と声に出したくなるような、心地よい達成感が得られるようつくられています。
ぜひ、親子で「できた!」と声に出しながら、数理的思考力を育んでください。

(担当/久保田)

著者紹介

高濱正伸(たかはま・まさのぶ)
1959年、熊本県生まれ、東京大学大学院修士課程卒業。93年に、学習教室「花まる学習会」を設立。算数オリンピック委員会理事。著書に『小3までに育てたい算数脳』(健康ジャーナル社)、『考える力がつく算数脳パズル』シリーズの『なぞぺー1~3 改訂版』『空間なぞぺー』『整数なぞぺー』『迷路なぞぺー』『絵なぞぺー』(以上、草思社)などがある。
川島慶(かわしま・けい)
1985年神奈川県生まれ。栄光学園高校・東京大学・同大学院卒。2011年、花まる学習会入社。2014年、株式会社「花まるラボ」を設立。2016年、思考力教材アプリ「Think! Think!」を一般公開。2017年、同アプリが米Googleにより子ども向けアプリの世界ベスト5に選出(Google Play Awards 2017)。高濱との共著に『考える力がつく算数脳パズル 迷路なぞぺー』、同シリーズの『新はじめてなぞぺー』『整数なぞぺー』『論理なぞぺー』『絵なぞぺー』(以上、草思社)など。
新山智也(にいやま・ともや)
1989年山口県生まれ。東京大学理学部卒。株式会社 花まるラボの問題作成を担当。花まる学習会の進学部門にて、最難関中学をターゲットにした授業の教材開発や指導をしながら、思考力教材アプリ「Think!Think!」の問題作成などを行う。

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考える力がつく算数脳パズル 図形なぞぺー<小学1年〜3年> | 書籍案内 | 草思社

流れゆく時間を慈しむ感受性から生まれてきた魅力的な言葉を多数、収録! 『一日の言葉、一生の言葉』白井明大著

一日の言葉、一生の言葉 旧暦でめぐる美しい日本語
白井明大 著

 本書は、『日本の七十二候を楽しむ』(東邦出版)で旧暦ブームを呼びおこした詩人が、流れる時間をいつくしむ旧暦の世界観の中から生まれた味わい深い言葉・表現の数々を「一日の言葉」「一月の言葉」「一年の言葉」「一生の言葉」に分けて紹介する本です。
 一日という小宇宙を彩る言葉。月の動きとともにめぐる一月(ひとつき)の言葉。一年、また一年と暮らしていくための言葉。そして、今ここに生きている命を肯定する一生の言葉。
 「時というのはふしぎで、一年があっという間に過ぎることもあれば、ほんの一瞬が永遠のように感じられることもある。だからこそ昔の人は、そのときそのときを愛おしむように、目の前に現れるものごとに、こまやかに名前をつけて呼んできたのかもしれない」と著者は書いています。
 言葉を知ることは、この世界をより深く理解する手掛かりであり、それはまた、より良く生きるためのよすがにもなります。本書に収められた味わい豊かな言葉が、読んでいただいた皆様の心に暖かな灯をともすことを願ってやみません。

【一日の言葉】明けぐれ(あけぐれ) かぎろい 糸遊(いとゆう) ほがらほがら 夕凪(ゆうなぎ) 彼は誰(かわたれ) 日にち薬(ひにちぐすり)…ほか

【一月の言葉】月旦(げったん) 待宵(まつよい) 十五夜(じゅうごや) 雨月(うげつ) 満月(まんげつ) 星月夜(ほしづくよ) 地球照(ちきゅうしょう)…ほか

【一年の言葉】春隣り(はるとなり) 花筏(はないかだ) 桃始めて笑う(ももはじめてわらう) 白南風(しろはえ) 夏ぐれ(なつぐれ) 白雨(はくう) 金風(きんぷう)…ほか

【一生の言葉】息吹き(いぶき) 手児(てご) 幸う(さきわう) ぬちぐすい 草の縁(くさのゆかり) 手六十(てろくじゅう) 有涯(うがい) 常しえ(とこしえ)…ほか

◇本書より一部抜粋◇
日にち薬【ひにちぐすり】
月日が経つことが、心身を癒してくれる何よりの薬、という言葉が、日にち薬。…過ぎゆく日々が薬になる、というのは、人間を包むこの世のやさしさだと信じたい。

白南風【しろはえ】
梅雨のさなか、どんよりと黒い雨雲の下で吹く南風のことを、黒南風という。…いつしか雨雲を吹き払い、梅雨明けを運んでくる南風が、白南風。夏の到来を告げる風。 

有涯【うがい】
限りがある人の一生のことを、有涯という。人には、たしかに寿命があり…死があり、別れがある。それなのに有涯という言葉を目にすると、なんだか心が鼓舞される気がする。…一生を生き抜いた人の生涯というものが、一人一人に厳然と有ると、この言葉に告げられているかのよう。    

(担当 碇)

著者紹介

白井明大(しらい・あけひろ)

詩人。1970年東京生まれ。詩集に『心を縫う』(詩学社)、『くさまくら』(花神社)、『歌』(思潮社)、『島ぬ恋』(私家版)、『生きようと生きるほうへ』(思潮社、丸山豊記念現代詩賞)。2012年に刊行した『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』(東邦出版)が旧暦への静かなブームを呼び起こす。そのほか『季節を知らせる花』(山川出版社)、『暮らしのならわし十二か月』、『七十二候の見つけかた』(ともに飛鳥新社)、『島の風は、季節の名前。旧暦と暮らす沖縄』(講談社)など、季節や旧暦に関する著書多数。

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試し読み 『勝海舟 歴史を動かす交渉力』山岡淳一郎著

第四章「大江戸開城の大交渉」より抜粋

 勝は、西郷を圧倒する気魄で談判(江戸開城交渉)に臨むために恐るべき戦術をたてていた。もしも交渉が決裂して官軍が攻撃に移ろうとしたら、即座に四方八方へ秘かにしらせ、「江戸市街を焼き、敵の進退を断ち切り、焦土となす」作戦の準備をしていたのである。火炎の壁で官軍の進軍を阻む「江戸焦土作戦」は、一八一二年にナポレオン・ボナパルトがロシア遠征でモスクワに侵入したときに炎上する街をあとに退却した史実を参考にしていた。
 現代のビジネスにおける「交渉学」では、しばしば「BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement)=合意が成立しなかったときの最善策」が重要だといわれるが、百五十年も前に途方もない規模で、勝はそれを用意していた。

 

 焦土作戦を立てるに当たって、勝はごくしぜんに庶民を使おうとした。そのなかには最下層の人びともいた。そもそも江戸の治安維持は勝の変わらぬ役目であった。官軍の急迫で人心がかき乱され、江戸府下の不埒な輩が財物を強奪し、火を放って町が灰燼に帰すのを防ごうとした。まず勝はメモ用の帳面を持って、火消組の頭、博徒の長、非人の長、名望のある親分と言われる者たち三十五、六名の間を飛び回り、密かに火災を防ぐ組織をこしらえた。かれらを一堂に集め、「おれの指図で動いてくれ」と説き、納得させた。

 

理屈をこねるばかりではない。雑費として幾ばくかの金を与え、「めいめい勝手な行動は慎んでくれよ」と言い渡す。水面下で庶民の防災ネットワークをこしらえたのである。勝から直接頼まれた面々はいたく感激し、「あっしも男だ。勝先生に命を預けやす。子分に暴れさせたりは致しやせん」と誓った。組織のことは他言しないと誓い合い、勝の号令一下で一斉に火消しに奔走する態勢がつくられたのだった。

 

(中略)

 

 …組織した下層のネットワークを、勝は、西郷との談判をまえに「火消し」から一転「火つけ」に百八十度転換しようというのだから、強面の親分連中も驚いたのなんの。焦土作戦を話し合う寄合いで、火消組の頭は、「勝先生、あっしは親の代から火を消してめぇりやした。隣近所からも喜ばれ、纏を振ってきた者でございます。いまさら、火つけをしろと……ほんとうにやっちまっていいんでしょうか」と当惑した。
「そうだ。思いっきり、やってくれろ。火をつけて官軍のやつらを江戸市中に近づけねぇためだ。だがな、おれが合図するまで、早まっちゃいけねぇよ。何も、江戸の民を焼き殺そうってわけじゃねぇんだ。ここからが肝心だ。聞いておくれ。おい、船頭さんたち」
 と、勝は、少し離れて控えていた船方衆を話の輪に引き入れた。

 

「火を放つと決まったら、船頭さん、おめぇさんたちは、房総から江戸前あたりの大小の船を速やかに江戸に引き入れ、川の河岸という河岸、着船場、ありとあらゆるところで人を乗せて、運んでやってくれ。一人も残しちゃいけねぇよ。助けるんだ」
「へぇ。すぐに船は集めやしょう。どうぞご安心を」と船頭の親方が胸を叩いた。

 

 避難民の護衛は、魚河岸の兄さんたちに任される。武器は魚をさばく出刃包丁だ。
「よしきたッ。包丁でサツマイモ(薩摩軍)をぶった切りましょうかね」
「そんときゃ、頼むぜ。まぁいいや。焦土作戦は、最後の最後、奥の手だ。くれぐれも、早まるんじゃねぇよ。おれが合図をしたら、一気呵成にやるんだ」

 

 勝の肚は据わった。
 談判をまとめなければ、江戸が火の海となる。大悪行に手を染めてしまうのだ。もう後はない。退路を断った勝は、池上本門寺の西郷に面談を申し込む手紙を送った。

 

両雄は、高輪の薩摩藩下屋敷で、三月十三日に相まみえることとなった。

 

(以下、いよいよ歴史を動かす大交渉へ)

 著者紹介

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)

1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」を共通テーマに近現代史、政治・経済、建築、医療など分野を超えて旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書に『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(以上草思社文庫)、『日本電力戦争』(草思社)、『神になりたかった男 徳田虎雄』『気骨 経営者土光敏夫の闘い』(以上平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『成金炎上 昭和恐慌は警告する』(日経BP社)、『原発と権力』『インフラの呪縛』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(以上ちくま新書)ほか。東京富士大学客員教授。一般社団デモクラシータイムス同人。

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西郷は「肚」(はら)ができていた。「肚」はどう作るか。 『声に出して読みたい・こどもシリーズ こども西郷どん』齋藤孝著 平井きわ絵

声に出して読みたい・こどもシリーズ こども西郷どん

齋藤孝 著 平井きわ 絵

 西郷隆盛は身体が大きかった。180センチ、110キロぐらいあったらしい。当時の日本人としてはかなり大柄だ。日本人男性の平均身長が160センチ以下だった時、180センチというのはかなり大きい。西郷は大きな男だったというのはこの肉体的な大きさを言うことと同時に、精神的な大きさも言うことが多い。大らかな慈愛に満ちた心、包容力、志を持った高潔さ、そして何事にも動じない肚のすわった意志力や勇気である。
 最後の「肚がすわった男」というのがあまり作今言われない徳の一つである。齋藤孝先生は目指すべき人間の人格として、論語などに倣って「知・仁・勇」ということを言っている。これに身体の各部所を当てはめ、「頭」に手を当てて「知」、「胸、心臓」に手を当てて「仁」、
「腹、肚」に手を当てて「勇」と覚えなさいと、生徒に指導している。この三つの徳が備わった人間を目指すというのが日本の伝統的な修養なのだが、なかでは「腹、肚」に宿る「勇」という徳が現代では一番忘れられているのではないだろうか。
 西郷の体現している理想の人間像はまさに「知・仁・勇」なのだが、最後の「肚がすわった」「勇気のある」人間というのは、いちばんわかりにくいし、実現しにくい。
「肚」(はら)という字が忘れられているように、知性(知)や他人への優しさ(仁)などはわかるが、西郷のような「肚のすわった器の大きな男」(勇)は現代日本にいるのか。
 パワハラやセクハラなどが昔より厳しく問われ、コンプライアンスに戦々恐々としている現代社会では、そういう人徳は育ちにくいかもしれない。作今の政治家や役人や企業経営者などの顔を思い出せばそれがよくわかる。
 人間の「肚」をどう作るかがこの本(『こども西郷どん』)のテーマの一つである。

(担当/木谷)

著者紹介

齋藤孝(さいとう・たかし)

1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『身体感覚を取り戻す』(日本放送出版協会、新潮学芸賞)『声に出して読みたい日本語』(草思社、毎日出版文化賞特別賞)など多数。近著に『語彙力こそが教養である』(角川書店)『こども孫子の兵法』(日本図書センター)『こども論語』『こどもギリシア哲学』(いずれも草思社)など。NHK・ETV「にほんごであそぼ」監修など、マスコミでも活躍中。

平井きわ(ひらい・きわ)/絵

女子美術大学卒業後、企業のキャラクターデザイナーとしての勤務を経て、フリーランスで活動中。

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「生産性を上げるには、従業員を幸せにすればいい」という話 『文庫 データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男著

文庫 データの見えざる手

――ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

矢野和男 著

◆コストゼロで生産性が13%も向上できた!

 ビッグデータとAIを駆使した、新時代の生産性研究の名著『データの見えざる手』が文庫化されました。本書の単行本版は、最近の「働き方改革」や生産性向上にかんする議論を先取りする形で、2014年に刊行されました。しかも、人々が働く現場で実験・計測した科学的研究を元に生産性にかんする議論を展開しており、その内容は現在も他の追随を許さない高みにあると言えます。
 では、具体的には、生産性はどのような方法によって上がるのでしょうか。本書ではいくつか実例が挙げられていますが、端的な例を挙げれば「従業員が幸せになればいい」というものです。
 以前にも心理学者などによるアンケート調査を使った実験により、従業員が幸せな状態になると生産性が高くなることは、数多くの研究で示されていました。しかし、アンケート調査では、リアルタイムで「幸福度」を測ることができず、幸福になるような施策を行った結果を、詳細に計測することはできませんでした。
 ところが著者らは、従業員の体の動きを詳細に検知するウエアラブルセンサのデータを分析し、アンケート調査による幸福度と非常に相関の高い、体の動きのパターンを抽出することに成功。これを指標とすることで、リアルタイムに幸福度を測定することを可能としました。これを応用した実験の結果は驚くべきものです。
 ある職場で、それまではシフトの関係から、従業員が時間をずらしてバラバラに昼食をとっていたものを、なるべく同世代の人同士で一緒に昼食をとるように変更する実験を行いました。すると、従業員の幸福度の指標が上昇、生産性(本実験の場合は受注率)も13%向上した、というのです。会社側はまったくコストをかけず、ただシフトを工夫しただけで、生産性を向上させることができたことになります。

◆これまでの常識を覆す、生産性向上のヒントが満載

 本書にはこの他にも、驚くべき生産性向上施策の数々が紹介・解説されています。「量販店の店舗で、ある特定の場所に従業員がいつもいるようにするだけで、顧客の購買単価が15%向上した」とか、「職場で各人の『知り合いの知り合い』の数が増えるように、互いを面談させる介入を行ったら、開発遅延がなくなった」など。いずれも、センサとデータ、AIなどを活用して行われた生産性向上施策です。
面白いのはAIやデータを活用した結果、行われた生産性向上施策の方が、管理と長時間労働に頼った従来の方法より、ずっと人間的で、ずっと効果的なことです。
 いま、著者の研究は「働き方改革」と生産性向上を同時に実現するものとして大変な注目を集めています。また、文庫版には、単行本刊行後の研究や現状にかんする、著者自身による15ページにおよぶ解説も収録。単行本版を読んだ方もそうでない方も、生産性について興味のあるすべての方が読むべき一冊です。

(担当/久保田)

著者紹介

矢野和男(やの・かずお)

株式会社日立製作所フェロー。2004年から先行してウエアラブル技術とビッグデータ解析で世界を牽引。論文被引用件数は2500件。特許出願350件。「ハーバードビジネスレビュー」誌に、「Business Microscope(日本語名:ビジネス顕微鏡)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介されるなど、世界的注目を集める。のべ100万日を超えるデータを使った企業業績向上の研究と心理学や人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。2014月に上梓した著書『データの見えざる手』(単行本)が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。博士(工学)。IEEE Fellow。電子情報通信学会、応用物理学会、日本物理学会、人工知能学会会員。日立返仁会 副会長。東京工業大学大学院特定教授。文科省情報科学技術委員。1994年ISSCC 最優秀論文賞、2007年BME Erice Prize、2012年Social Informatics国際学会最優秀論文など国際的な賞を多数受賞。

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