草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

「核」をめぐる東アジアの驚くべき「現実」を冷徹に検証。この緊張のなかで日本がとるべき道とは? 『日本・韓国・台湾は「核」を持つのか?』

日本・韓国・台湾は「核」を持つのか?

マーク・フィッツパトリック 著 秋山勝 訳

◆核はもたないが、その技術も原料ももっている「潜在的核保有国」

 中国と北朝鮮という核武装国の脅威にさらされ続ける東アジアで、「核ドミノ」は起こるのか? これが本書の検証テーマである。
 この二国に隣接する日本、韓国、台湾は、いずれも原子力の技術的基盤を持っているため、「潜在的核保有国」(本書の原題)と見なされている。隣国の脅威に対抗するためにいずれ「核」を持つ可能性はあるのか?
 結論からいえばその可能性は低いと本書はいう。核保有した場合のリスクがあまりにも大きいからだ。米国を中心に核不拡散を推し進める世界は、新たな核保有国を容認しない。
 かりに核開発の兆候が見られれば、その時点で国際的な批判を受け、経済制裁はじめ外交上も通商上もさまざまな障害が生じて経済・産業面に大きなダメージを受ける。同時に同盟関係による安全保障がくずれ、現実に安全が脅かされた場合の防衛態勢がとれなくなる。
 それはつまり米国をはじめとする諸外国をも敵にまわすことを意味している。

「核保有」ではなく、「核の傘」と「核ヘッジング」という戦略

 核は持てない、しかし核の脅威にはさらされ続ける。ではどうやって核の脅威から自国を防衛すればいいのか。その答えが、米国との同盟関係またはそれに準じる関係性による安全保障態勢、いわゆる米国の「核の傘」である。この同盟関係によって、核攻撃の脅威を回避しつづけるというのが現状であり現実的な防衛策だったのである。
 さらに、本書が随所で指摘しているのが「核ヘッジング戦略」だ。つまり、核兵器は保有しない。だがその原料も技術ももっている。必要とあれば短時間で開発(実際、三か国とも「二年以内」、日本の場合は「さらに短期間」で核武装できると評価されている)という「カード」をちらつかせることで、「潜在的」な核武装の能力を示すという戦略である。
 とくに日本では、時々の政権中枢から幾度となく、核保有の能力を示す発言がなされており(すぐに取り消されるが)、まさに核の脅威をヘッジするカードとして機能している。

米国の安全保障はいつまでも信頼できるのか?

 核保有の可能性は低い。だが、ゼロではない。なぜか?
 頼みの綱とする米国の安全保障能力の問題である。ここに来て、米国の軍事的影響力が揺らぎ、「核の傘」のほころび、その威力の低下が指摘されている。中東やウクライナ、アフガン、南シナ海、東シナ海、そして朝鮮半島の状況がそれを証明しているといえる。
 東アジアにおいても米国の安全保障が「もはやあてにできない」と判断されたとき、「潜在的核保有国」は現状のままでいることを選ぶのだろうか?

北朝鮮が政権崩壊したとき、核の拡散は防げるのか?

 さらに、より切迫した危機がある。北朝鮮だ。
 もちろん核兵器の精度を上げ実際に攻撃してくる、という可能性はあるが、より現実的な問題は、じつは北朝鮮の政権崩壊なのである。そのとき、北朝鮮が保有していた核はどうなるのか? 厳しいコントロール下で解体や廃棄がおこなわれるにしても、崩壊の混乱のなかでの流出はまぬかれないのではないか。ISなどのテロリスト集団、紛争地帯の武力勢力、核兵器のブラックマーケットがそれらを獲得し、核の散逸が起こる可能性はある。
 また、南北統一が実現したとき朝鮮半島に一つの核保有国家が誕生する可能性もある。それは「中国と国境を接する核保有国」の存在を意味する。その国が米国との同盟関係を保持するとしたら、「国境を接する」中国ははたして黙視しているだろうか。逆に、中国が影響力を行使して親中国的な核保有国として取り込もうとした場合、はたして米国は座視しているだろうか?

韓国は「日本」の核武装をも強く警戒している

 日本・韓国・台湾の三か国のうちで、核保有の可能性が最も高いのは韓国だと本書は指摘する。政権の意図とはべつに、核保有を支持する国民世論が多数を占めているためである。
威嚇を続ける北朝鮮の脅威を目の当たりにすれば無理もないだろう。ところが韓国が強く警戒するのは北朝鮮のみではなく、「日本」もその対象だというのだ。
「日本が核武装すれば、われわれもそうすべきだ。日本が毒を手にしたなら、われわれもまた毒を手にしなくてはならない」という発言が本書には引かれている。こうした国民世論に押された国が核保有したとしたら、東アジアの状況はどのように変化するのだろうか?
そのとき日本はどのように向き合うか? その準備はできているのだろうか?

 本書はこうした多様な可能性を冷静かつ客観的に検証するものである。「核」をめぐる状況がいよいよ切迫してきたいまの「現実」を知るために、ぜひ多くの方に読んでいただきたい書である。

(担当/藤田)

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