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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

大きく躓いた朝日新聞の謎を解くカギ

社会・教育

ブンヤ暮らし三十六年――回想の朝日新聞

永栄 潔 著

◆無類に面白いブンヤの回想記

 本書は元朝日新聞記者の永栄氏が、三十六年間の記者生活(一九七一年入社、二〇〇七年定年退職)を振り返り、現役時代の体験を七十二話にまとめた回想記です。タイトルにあるブンヤとは周知のとおり新聞記者の異名。いささか時代がかった響きがありますが、夜討ち朝駆けを厭わず、どこまでも取材対象に食らいつく現場のプロを想起させます。

取材される側にとっては厄介至極、じつに鬱陶しい存在でもあります。本書にはソニーの盛田昭夫社長(当時)の自宅に「夜回り」に出かけた著者が、盛田夫人に玄関払いされた話が出てきますが(39話)、このとき夫人は著者に向かって「宅は、お巡りとブンヤは入れません。それが家訓ですの」と言った由。盛田氏のほかにも中内㓛・堤清二ら経済人、後藤田正晴、石原慎太郎、小田実等々、本書には多くの著名人が登場し、諸氏の意外な素顔が垣間見える取材現場での生々しいやりとりが語られます。警察の取調室のロッカーに身をひそめ被疑者の供述に耳をすませていたかと思えば、山岳遭難者の安否確認のおり、消防服姿で先回りし搬送の救急車の中に涼しい顔をして座っていたという支局時代の他紙の先輩記者Kさんの思い出をつづった「怪物記者、毎日新聞Kさんのこと」(27話)など、記者仲間にまつわる挿話も多く、全編ブンヤのブンヤたる所以が活写されて無類の面白さです。61話に挿入された、週刊誌新人記者のための架空講演録などケレン味たっぷり。

 しかし、これらを描く著者の筆は抑制的で、手柄話臭は一切ありません。その絶妙の筆さばきは、在職中、およそ二万本の記事を書いてきた練達の文章家ならではのものです。まさに近来の快著と評すべき一冊と言えるでしょう。

◆朝日新聞のなかの〝不立文字〟とは?

 昨二〇一四年八月、朝日新聞は一連の慰安婦報道を取り消しました。一九八二年に、現在では虚偽と判明している「吉田清治証言」を報じてから三十二年。吉田証言には早い段階から疑義が呈せられ、この間、朝鮮統治史研究が進んでいたにもかかわらず、公正を旨とする新聞社で、なぜかくも長きにわたって誤報が放置されてきたのか。さまざまに検証が加えられていますが、本書を通して、これを許してきた朝日新聞社内のある種の空気が浮かび上がり、そこからひとつの答えを読みとることができるでしょう。

永栄氏は、戦前は特高だったという共産党の知事候補の物言いに反論したとき、「あなたは本当に朝日の記者なのかね」と問われ(64話)、総合研究本部で歴史教科書リポートをまとめた際に、家永三郎門下の高嶋信欣・琉球大学教授(当時)から、「朝日はこれまで監視対象ではなかったが、これからは厳しくチェックする」と言われた(71話)と書いていますが、こうした朝日新聞社観は社を覆う空気と無関係ではないはずです。67話では「二木会」という、社命によるマル秘勉強会のことが取り上げられています。六〇年代から七〇年代にかけて開かれた会で、高畠通敏、坂本義和、松下圭一各氏ら少壮学者が国内事案やソ連・中国・北朝鮮報道等について編集方針をかためていたとのこと。ここで方向づけられたものが、いわば朝日の〝不立文字〟(=空気)となった、朝日は七〇年代を境に変わったのだと永栄氏は見ています。本書は出色のメディア論でもあります。

<目次より>

・朝日が抹殺した〝微生物蛋白〟

・朝日・読売論説トップの「慰安婦問題」対話

・入社式で飛び出した天皇の戦争責任

・「死去」か「崩御」か、二度目の天皇論議

・視点に合う人物を探す取材の模倣と違和

・組合問題で割れた支局

・後藤田正晴氏のもの覚え

・驚かなかったサンゴ事件、いまは驚き

・ペテンだった「中国高官ディープスロートの手記」

・しらけさせてしまった中国訪日記者団

・空振りに終わった武村滋賀県知事の〝使い〟

・中内㓛ダイエー社長から三時間に及ぶ談判

・堤清二西友ストアー会長の高尚と癇癪

・口約束を最後まで守った山本卓眞・富士通社長

・ソニー盛田社長夫人に玄関を追い立てられた夜

・田部文一郎・三菱商事会長の昔かたぎ

・「常務以上でなければ会わん」と経済部長

・稲山経団連会長の号泣慟哭

・『赤旗』トップ記事「週刊朝日記者 経歴詐称事件」

・大韓機爆破の金賢姫にインタビュー

・韓国一変を予見した小田実さんの嗅覚

・指定された場所にいなかった石原慎太郎氏

・近づかれ、無視され……〝謎の人〟瀬島龍三氏

・お会いできなかった池田・創価学会名誉会長

・拉致問題を知らずに北朝鮮取材

・元『週刊朝日』編集長が綴った中国報道への慙愧

・住井すゑさんを取りあげ、先輩から猛反発

・「二木会」が変えた? 朝日の論調

・歴史教科書リポートで不買運動の危機 ……ほか全72篇

(担当/A)

著者略歴

永栄潔(ながえ・きよし)

1947年生まれ。1971年朝日新聞社入社。富山、大津の両支局を経て、大阪・東京各経済部。この間、東京整理部。『週刊朝日』『月刊Asahi』『論座』の各副編集長、『AERA』スタッフライター、出版局編集委員、出版企画室マネジャー、『大学ランキング』『週刊20世紀』各編集長のあと、編集局オピニオン編集部、文化部などに在籍。2007年、定年退職。現役時代にはおよそ2万本の記事を書き、また優れた書評子としても知られる。現在、國學院大學および千葉経済大学短期大学部非常勤講師。共著に『食糧』『くるま社会』『技術新時代』『社長への階段』(いずれも朝日新聞社)、『戦争をどう教えるか ザ・闘論』(教育史料出版会)ほか。慶應義塾大学経済学部卒。

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