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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

伊400型潜水艦の運命に、戦争の冷徹な現実と戦い抜いたものの尊厳を見る

日本歴史

伊四〇〇型潜水艦 最後の航跡(上・下巻)

ジョン・J・ゲヘーガン 著 秋山勝 訳

◆世界最大の潜水空母、あいついで発見される

 この8月7日、長崎県の沖合海底で伊402らしき艦体が発見された。

 2005年には伊401が、2013年には伊400の艦体が、いずれもハワイ沖の海底で発見、調査されている。

 太平洋戦争末期に極秘裏に登場したこの「伊400型」潜水艦は、当時として世界最大の艦体に攻撃機3機を搭載するという画期的な「潜水空母」だった。

 同型艦の建造は十数艦が計画されていたものの、実際に完成したのは伊400、伊401、伊402の3艦であった。(伊402は呉の空爆で損傷、修復中に終戦を迎えた)

 開発は極秘中の極秘、最高の軍事機密であり、終戦直後接収した米軍もその正体を把握できなかったといわれる。

 現在の世界で、もっとも強力な兵器は潜水艦だという。潜航したまま世界のあらゆる場所を航行し、浮上するや弾道ミサイルで目標を攻撃する。その存在は誰にも捕捉されないため、いつどこからでも、どこにでも攻撃することができる。

 こうした潜水艦の運用法を初めて現実化させたのが、伊400型潜水艦だった。それまでの潜水艦の任務は、敵艦船の破壊や秘密裏の物資輸送くらいだったが、伊400型はその常識を覆す現代的な戦略兵器として登場したのだった。

 終戦直後に接収した米軍はこの潜水艦の先進性に驚愕し、冷戦のにらみ合いが始まっているソ連への情報漏洩を恐れ、あわてて爆破沈没処理している。

◆山本五十六のアメリカ本土空爆構想

 伊400型潜水艦は山本五十六が構想したという。

 山本は日米開戦当初、「半年や1年は暴れまわってみせる」と言ったそうだが、ではその後はどうするつもりだったのか。戦争は始めるのは易いが、終わらせるのにこれほど難しいものはない。

 本書によれば、山本は早期の講和を目論んでいたという。もともと「世界大戦」への参戦を否定していた米国民の「厭戦気分」を高めて、好条件での講和に持ち込む。

 そのための第一撃が「真珠湾奇襲」だった。米西戦争以来、自国への直接攻撃は初めての体験であり、事実、米国民は非常なる衝撃を受けている。

それに続く山本の構想が、米国本土への空爆だった。それを実行する秘密兵器が伊400型潜水艦隊だったのである。目標はニューヨークとワシントンだったという。

 開戦してのちは、連合艦隊が太平洋を横切って米国沿岸まで行けるわけがない。西太平洋において艦隊同士の戦闘が行われている最中に、潜水艦が大西洋まで潜航し東海岸近海で浮上、搭載機で大都市を空爆する。

 ハワイの次にいきなり首都への直接攻撃を受けた米国民は、厭戦気分に覆われて戦争の早期終結を望むだろう。日本にとって有利な条件をのませた講和に持ち込める、というのが山本の構想だったという。

◆作戦変更、追いつめられ最後の「特攻」へ

 だが現実には、その潜水艦も搭載機も存在しないうちに戦争は始まった。緒戦はさておき、米国が態勢を立て直すと戦局は不利な方向に一気に転がっていく。首都空爆作戦は、パナマ運河爆砕に変更され、米大西洋艦隊の太平洋への移動の妨害を目的とする。が、それも間に合わない。ドイツは降伏しすでに主力艦隊は太平洋への移動を完了していた。

 日本の敗色濃厚となり、伊400と401の2艦は、南太平洋の米艦隊集結基地であるウルシー環礁への最後の「特攻」を命じられる。「嵐」作戦である。すでに戦争の趨勢は決しており敗戦は目前だが、最後の乾坤一擲でわずかでも日本の降伏条件に交渉の余地を得られるかもしれない――。しかし、その作戦行動の途中で8月15日を迎える。

◆日米それぞれの資料、日米それぞれの当事者への取材

 本書はこの驚異的な伊400型潜水艦の誕生から最期まで、そして2005年にハワイ沖で沈没艦体が発見されるまでを、時系列に沿いつつ米側の状況とパラレルに描き出している。

 描写の中心は人間だ。第一潜水隊の有泉司令、伊400日下艦長、伊401南部艦長以下、日本軍乗員たち、一方で伊401を接収する米潜水艦セグンドの艦長以下の乗員たち。日米双方のさまざまな資料や当時存命だった当事者たちへの直接インタビューによって、リアルタイムで進行するドラマのように再現されている。

 本書は、米国人の筆によるという定型的な偏りを感じさせない。この運命的な翻弄の中で極限状況を生きぬいた者たちの尊厳を、著者は敬意をもって描ききっている。

 「圧倒的な不利に遭遇しながら、なおも立ち向かおうとする決意の物語」として描かれた本書は、読むものの心を最後までとらえて離さないはずだ。

◆沈んでいったものたち、沈ませたものたち

 それにしても戦艦大和といい、この伊400型といい、日本の命運を賭けた切り札となったはずの最強兵器は、なぜ存分に活躍できぬままに海の底へ沈んでいったのか。

 艦隊決戦が常識だった時代に、山本は空母機動部隊の航空兵力による戦法を編み出した。対艦攻撃が常識だった時代に、潜水空母による大都市空爆を構想した。これほど斬新で先鋭な発想がありながら、なぜ大局を変えることができなかったのだろう。 

 その答えはいくつも考えられるだろう。優秀な現場、無能な指導者、理不尽な消耗。同様の不条理は現在の日本にもそのまま見てとれるように思える。戦争の悲惨から日本人は何を学んだのか。

◆さまざまな方向から戦争の現実に向き合うこと

 戦後70年を経て、とりわけ日本人には架空のものになりつつある「戦争の現実」が、ここには見事に再現されている。英雄譚でも美談でもなく、告発でも批判でも反戦の表明でもない。これまで書かれなかった「戦争の現実」に可能なかぎり近づこうとした著作だ。

 幾多の犠牲者を出した戦争の現実を、否定か肯定かの二元的な視点をはずして見つめ直すことは、当時を生きた人びとが次々に生涯を閉じるいまこそ、いよいよ重要になってきた。

 本書はそのための良質の機会を与えてくれる、読後感の深い好著である。

(担当/藤田)

著者略歴

ジョン・J・ゲへーガン

ニューヨーク・タイムズの通信員を経て、コネチカット・マガジンに勤務。現在、SILOE研究所記録資料部門の専任理事。専門とするテーマは、商業的には成功しなかったものの時代に先駆けた革新的なテクノロジーについての調査・報道で、とくに航空史、海洋エンジニアリングに詳しい。現在、リベラル系インターネット新聞ハフィントン・ポストでコラムを執筆するとともに、ニューヨーク・タイムズの科学欄、エア&スペース・スミソニアン、ワイアード、ポピュラーサイエンス、アビエーション・ヒストリー、サンフランシスコ・クロニクルなどに寄稿している。カリフォルニア在住。

訳者略歴

秋山 勝(あきやま・まさる)

立教大学卒業。出版社勤務を経て翻訳の仕事に。訳書に『テクノロジーが雇用の75%を奪う』『アメリカの中学生はみな学んでいる「おカネと投資」の教科書』(以上、朝日新聞出版)、『アベベ・ビキラ』『死を悼む動物たち』『他人を支配したがる人たち』(以上、草思社)がある。

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