声に出して読みたい新約聖書<文語訳>
齋藤孝 著
「人の生きるは、パンのみによるにあらず」、この有名な言葉は新約聖書の中の言葉である。イエスは2000年前のエルサレム周辺にいたユダヤ人だが、当時のローマ帝国統治下で圧政に苦しむ貧しきものたちに支持を得て原始キリスト教集団を作り上げた。羊飼いや漁師(安息日に休めなかったり、汚れた仕事に着いていると差別されていた)や徴税吏(ローマ帝国に雇われている下賎な仕事とみなされていた)などが最初の弟子たちだった。当時の社会を牛耳っていた戒律に厳しいユダヤ教徒(おもに中産階級の商人、手工業者など)ではなく、戒律も守れない貧しい底辺の民衆に直接語りかけて、神の愛(アガペ)を説いた。
「新約聖書」はこのイエスの言葉を集めた言行録(福音書)や初期の弟子パウロなどの行跡記録を集めたものだ。彼の言葉がなぜ多くの人の心を捉えたのか。
「もとめよ、さらば与えられん」「一粒の麦死なば、多くの実を結ぶべし」「一日の苦労は、一日にて足れり」「狭き門より入れ」「幸いなるかな心の貧しき者」など、すでに我が国でも有名な言葉がこの中には満載されているが、どれも直接的で、比喩が巧みである。本書の著者である齋藤孝氏は、イエスが今日生きていたら文字で読むよりも現場で語られるその言葉の強さに圧倒されただろうと書いている。
イエスの教えはパウロなどによってローマ帝国内に影響を与え、キリスト教は西洋社会、西洋文化の根幹となり、今日まで続いている。他の宗教でも同じかもしれないが、キリスト教は社会の底辺で差別され、虐げられた者たちへの強い共感から始まり、社会を変えるまでに至った。初期は社会転覆の思想ということで苛烈な弾圧をたびたび受けた。
現在、世界は再び「格差社会」が問題となっている。2000年前のイスラエルとはまったく違うように見えて、似ているところも多々ある。とくに弱者に冷淡で、厳しい社会になっていることだ。今、新約聖書を読むことは経済原理だけではないもっと大きな生命原理に立ち返るために大いなるヒントがある。
(担当/木谷)
著者略歴
齋藤孝(さいとう・たかし)
1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『宮沢賢治という身体』(宮沢賢治奨励賞)、『身体感覚を取り戻す』(新潮学芸賞)など多数。『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞、草思社刊)がベストセラーとなり、日本語ブームを読んだ。近著に『声に出して読みたい古事記』(草思社刊)、『雑談力が上がる話し方』などがある。
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