草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

今日の危機の根源となった冷戦外交を検証。アメリカの行動原理を知る第一級の評伝!

ダレス兄弟 国務長官とCIA長官の秘密の戦争

スティーブン・キンザー 著 渡辺惣樹 訳

◆冷戦外交を表と裏で牛耳った兄弟

 本書は、戦後アメリカの政権要路のなかでも特異な存在感を示すダレス兄弟の生い立ちから死に至る最晩年までを描いた評伝です。
吉田茂のカウンターパートとなって日米安保条約の枠組みを決めたジョン・フォスター・ダレス(一八八八―一九五九)は、アイゼンハワー政権の国務長官として冷戦ピーク期における対ソ(対共産主義)強硬外交を推進しました。第一次インドシナ戦争の休戦に関するジュネーブ会議の際に中国・周恩来首相との握手を拒んだエピソードは有名で、その振る舞いはあっぱれと言うべきか、まさに〝冷戦の戦士〟の面目躍如。このダレス国務長官の弟アレン・ダレス(一八九三―一九六九)が同時期にCIA長官のポストに就いていたことを知る人は案外少ないかもしれません。アレンはCIAの実質的な創設者でもあります。すなわちアメリカ外交の表と裏を兄と弟が担っていたわけで、こうした人事は米国史上、前代未聞だと言います。同時代の外交官の回想によれば、このとき「ジョンはまずアレンに意見を求め、それを最も重視した」(本書第Ⅲ部11章)由。兄弟が阿吽の呼吸で米国外交を動かし、兄弟の意思が一触即発の世界情勢を左右することになったのであり、本書の原題がThe Brothersなのも頷けます。

◆〝秘密の戦争〟の実態が明らかに

 評伝のハイライトとなるのは、何と言っても一九五〇年代から六〇年代初頭にかけてのダレス兄弟外交であり、イランのモサッデク首相、グアテマラのアルベンス大統領、ベトナムのホー・チ・ミン、インドネシアのスカルノ大統領、コンゴのルムンバ首相、キューバのカストロ首相に対して行った政権転覆工作の顚末が詳述されています(第Ⅱ部)。兄弟はこれら六人の指導者に親ソ的傾向や共産主義への傾斜があると見なすや、積極的に介入し、親米政権をつくろうとします。著者キンザー氏は、兄弟にとってこれら六人の指導者は退治すべき〝怪物(モンスター)〟だったと表現しています。カストロとルムンバに対する暗殺計画、国内反体制派へのクーデター使嗾、情報操作、薬物を使った心理実験など、スパイ小説さながらの工作活動が詳らかにされ、国務長官とCIA長官が進めた〝秘密の戦争〟の実態、冷戦の真相が浮かび上がってきます(原書サブタイトルは、John Foster Dulles, Allen Dulles, and Their Secret World War)。著者は『ニューヨーク・タイムズ』特派員として多くの国をカバーしたベテラン・ジャーナリスト(現在は大学の客員研究員)で、とくに中東、ラテン・アメリカ情勢に詳しく、グアテマラ、イラン現代史に関する著作をものしているだけに、その筆致は臨場感にあふれ、読ませます。

◆暴力の連鎖と新たな脅威を生み出す

 著者は、こうした兄弟外交は結局のところ失敗だったと見ています。植民地から独立したり、再統合を果たしたり、独裁政権を脱してまもない上記六つの国の指導者は、実際には民族主義、非同盟・中立主義を唱えていたのであり、ホー・チ・ミンとカストロにその傾向が強かったにせよ、頭から共産主義者と決めつけてしまうのは見立て違いだったというのがキンザー氏の評価です。モサッデクはイランの主権回復をめざし、スカルノはアメリカにひとつの理想を見ていました。また、イランやグアテマラの政変は僥倖に助けられた側面が大きく、コンゴのルムンバ暗殺(きわめて凄惨)で直接手を下したのは旧宗主国ベルギーでした。キンザー氏は、兄弟の失敗は「第三世界に勃興したナショナリズムを理解できなかった」ことにあると指摘しています(第Ⅲ部11章)。
 スターリン、毛沢東、ポル・ポト政権下で生じた膨大な数の犠牲者に思いをいたせば、そしてまたソ連邦の崩壊や北朝鮮の現状に鑑みれば、共産主義独裁制の拡大を防いだことのなかに兄弟外交の〝功〟が見出せるかもしれません。しかし、ソ連=フルシチョフの融和姿勢を一顧だにせず、国内では共産主義への恐怖を煽った兄弟外交が、東西冷戦をいたずらに先鋭化させたこともまた本書から明らかです。兄弟外交の結果、先の六つの国々はさらなる混乱と暴力の連鎖に陥り、そこで芽生えた反米感情が新たな脅威(中東におけるテロ等)を生み出すことにもなりました。半世紀前のダレス外交の〝罪〟が今日の世界の問題、今日の世界の危機につながっているということです。

◆アメリカの過干渉政策への懐疑

 ダレス外交で際立っていたのは「自らの価値観を至上のものとし、善悪二元論で世界を見、これに抗う〝悪〟は断乎懲らしめる。アメリカ(資本)の利益を徹底的に追求する」ということでしょう。著者は、彼らの外交は、(リベラルな)国際主義、積極的な干渉主義、コーポレート・グローバリズムを体現するものだと述べていますが、米国伝統の孤立主義(非干渉主義)の対極をなすこのような外交方針もまた建国以来のアメリカの行動原理の一つの典型であり、アメリカが「世界の警察官」を自任してきた所以でもあるのでしょう。第Ⅰ部で語られる兄弟の人格形成のプロセスをたどれば、彼らの行動の根底にある「アメリカ例外主義・宣教師的信条・米国企業の利益追求」の由来がわかります。そしてそうした信条が彼らの世界観、彼らの外交にそっくり反映していることも理解できます。
 アメリカはあのとき(冷戦期)、なぜあのように振る舞い、その後の世界に甚大な禍根を遺すことになったのか。著者のこうした問題意識は「まえがき」と結論部分(第Ⅲ部11章)によく示されています。ダレス兄弟の物語はアメリカ自身の物語であるとも述べる著者の、ダレス的干渉外交への懐疑が本書を貫く通奏低音となっているのです。

◆「アメリカ論」としても秀逸な「訳者あとがき」
 ダレス国務長官は戦後日本の進路を決定づけた人物と言っても過言ではありませんが、著者の専門フィールド外のためか、日本に関する記述は僅かです(三二四頁のみ)。これを補うのが訳者・渡辺惣樹氏の「あとがき」です。安保改定時の首相・岸信介の胸中を推し量ることから筆を起こし、かつて幣原喜重郎に対米関係のあり方を助言したイギリスのJ・ブライス駐米大使の言葉を織り込みながら日米関係の要諦を説き、ダレス兄弟外交と変わるところのない現在のアメリカ外交(ヒラリー・クリントン国務長官のそれ)を鋭く批評しています。開国以来の日米関係を捉え直す数々の著作を上梓している渡辺氏ならではの優れた「解説」であり、リアル・ポリティックスの視点から書かれた秀逸な「アメリカ論」としても、じつに読み応えがあります。

(担当/A)

著者紹介

スティーブン・キンザー

作家、ジャーナリスト。1951年生まれ。ボストン大学卒業。元『ニューヨーク・タイムズ』特派員。ベルリン支局長、イスタンブール支局長を務める。現在、ブラウン大学ワトソン国際問題研究所客員研究員。著書にOverthrow, All the Shah's Men, Bitter Fruitほか。

訳者紹介

渡辺惣樹(わたなべ・そうき)

日米近現代史研究家。1954年生まれ。東京大学経済学部卒業。著書に『日本開国』『日米衝突の根源 1858-1908』『日米衝突の萌芽 1898-1918』(第22回山本七平賞奨励賞)『朝鮮開国と日清戦争』『TPP 知財戦争の始まり』、訳書に『日本 1852』『日米開戦の人種的側面 アメリカの反省1944』『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』『ルーズベルトの開戦責任』『ルーズベルトの死の秘密』『コールダー・ウォー』(いずれも草思社刊)

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