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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

「わたしとはわたしのコネクトームである」と脳科学は言う

コネクトーム 脳の配線はどのように「わたし」をつくり出すのか
セバスチャン・スン 著 青木薫 訳

◆脳の全神経細胞のネットワーク地図=コネクトームの取得という壮大な計画

 わたしの心はなぜ他人と違うのか。記憶はどう蓄えられるか。心の病はなぜ起こるか――。21世紀は脳科学の時代といわれますが、ここに上げたような素朴な疑問には、ほとんど何も答えることができません。脳科学はわたしたちが望むほどの水準に、まだまったく達していないと言っていいでしょう。
 その大きな理由の一つが、脳神経の全ネットワーク地図=コネクトームが取得できていないからだと考えられます。たとえば、脳科学では記憶に関して「記憶は脳の神経細胞のネットワーク構造の中に蓄えられている」という仮説が最も有力視されていますが、それを実地に示した証拠はまったくありません。これもコネクトームが得られていないからです。

◆最も重要なことが、脳科学で研究されてこなかった理由

 ほとんどの脳科学者が、脳神経細胞のネットワークこそが最も重要だと考えていながら、それに関する研究はあまりに困難なため、手つかずとなってきました。現在の脳科学は、脳波やMRI、脳外科手術、薬物などを使った実行可能な実験・観測から得られた手がかりをもとに、さまざまな推測を行って進歩してきました。つまり、最も重要な研究が行われないまま、周辺からの手がかりで、場当たり的に進歩を重ねてきたのです。
 確かにコネクトームを得るのは非常に困難です。これまでに完全なコネクトームが得られた生物は、体長1ミリほどの線虫(C・エレガンス)だけ。ネズミやカエルの脳ですら、コネクトームは得られていません。脳を神経細胞よりも細かく薄切りにして電子顕微鏡で撮影、画像を取り込んでコンピュータ内でネットワークを再構築することが必要だからです。ヒトの脳でそれを実行すれば、画像のデータ量は数百ペタバイト、Googleのストレージ総量に匹敵するほどになると言われています。
 しかし、現在の技術水準は、この困難を克服できるレベルに達しつつある、と著者は言います。強力な自動化技術、画像処理ができる人工知能などの開発により、時間はかかるが少しずつ、コネクトーム取得を行うことができるというのです。
 ヒトゲノム計画により全遺伝情報が取得できたおかげで、生物学に革命が起きつつあるように、コネクトームが得られれば、脳科学を確実に大きく進歩させることができる――。わたしの心が他人と違うのはなぜか、記憶はどのように蓄えられるか、心の病はなぜ起きるか、といった本当にわたしたちが知りたい問いに、大きな手がかりがもたらされることは間違いありません。

◆「わたしとはわたしのコネクトームである」

 ところで、もし「わたしのコネクトーム」が得られたら、それにはどんな意味があるでしょう。人間の記憶や情動、思考はすべて、脳のネットワークの中に存在するものであり、その中で起こるもの、というのが現在の脳科学の見解です。ということは原理上、わたしのコネクトームにはわたしの記憶や情動、思考のすべてがあるはず。すなわち、コネクトームこそがわたしそのもの、と言えるのではないでしょうか。わたしのすべての遺伝情報であるゲノムも、わたしのアイデンティティの一部ではありますが、生まれてから今日までの記憶はその中にはありません。

 取得されたコネクトームはコンピュータの中に記録されます。コンピュータの中に記録されるわたしのコネクトームには、わたしのすべてがある、といえるのでしょうか。そうだとすれば、わたしは肉体を離れ、情報として記録されていることになるのでしょうか。
 そして、もしわたしのコネクトームが得られたら、そこから第三者がわたしの記憶を読み取ることは可能なのでしょうか。さらに、わたしのコネクトームを使って脳の機能をコンピュータでシミュレーションしたら、そのシミュレーションは「わたし」だと言えるでしょうか。そうなれば、「わたし」はコンピュータの中で永遠の命を得る、ということになるのかも知れません。
 本書では、最後の2章で、このようにコネクトームを取り込んだコンピュータの中で永遠の命を得るという「トランスヒューマニズム」の考え方についても、詳細に検討しています。

 コネクトーム研究は、科学や医療にインパクトを持つだけでなく、このように「人間とは何か」「わたしとは何者か」を考えさせるものでもあります。脳と自己の関係、そしてその関係が脳科学の発展と共にどう変わっていく可能性があるのかに興味を持たれる方には、ぜひお読みいただきたい一冊です。

(担当/久保田)

著者紹介

セバスチャン・スン
プリンストン大学計算機科学部およびニューロサイエンス研究所教授。ハワードヒューズ医学研究所の研究者を兼任。ハーバード大学で物質構造の数理物理学的研究により博士号を取得したのち、バイオインフォマティクスと神経科学を軸とする分野縦断的研究を行ってきた。

訳者紹介

青木薫
翻訳家。理学博士。ポピュラーサイエンスの訳書多数。2007年度日本数学会出版賞受賞。訳書に『宇宙を織りなすもの 上・下』(ブライアン・グリーン著、草思社)『二重螺旋 完全版』(ジェームズ・D・ワトソン著、新潮社)など、著書に『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(講談社現代新書)がある。

 

【著者によるTEDトーク】

 

 

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