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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

暑い夏に涼しくなれる、「鰻」にまつわる江戸で一番怖い怪談を紹介します  『江戸前魚食大全』(冨岡一成著)より

 そろそろ、本格的な暑さが始まる季節。日本人にとって鰻が一番うまくなる季節の到来です。
 ところで、「土用丑の日」に鰻を食べる習慣が江戸時代にうまれたことをご存知ですか?
「土用」というのは、季節の変わり目の約18日間のことをいって、年に4回ございます。そのうち立秋前の土用丑の日(今年は7月30日)に鰻を食べる習慣が江戸時代から始まったのです。
 夏場は売れ口が悪いと鰻屋から相談を受けた平賀源内が、「本日土用丑の日」と紙に書いて店先に貼ったところ、これが宣伝文句となり鰻屋は大繁盛し、他の店もこれを真似るようになって、土用丑の日に鰻を食べる習慣がうまれたという逸話はあまりに有名でございます。
 いや、そうではなくて、神田の老舗鰻屋の深川屋から依頼された大田南畝が「土用丑の日に鰻を食うのは身体に良いぞ」と広めたのだという人もおりますし、それとは別に神田の春木屋を元祖とする説もございます。蒲焼の保存法を尋ねられた春木屋善兵衛が、土用子の日・丑の日・寅の日に焼いた鰻を土蔵に密閉して試したところ、丑の日のものだけが色も香りも変わりません。暑気にあたらぬものとして、これを売り出したら大いに当たったと申します。
 いずれも俗信めいたお話ですが、実際に暑い盛りに鰻を食べる習慣がうまれたのですから、「土用丑の日」は、いまでいうキャッチコピーのはしりだったのかもしれません。 
 今も昔も日本人に愛され続けている鰻ですが、実は江戸時代の人々は、鰻のことを恐れていたようなのです。どういうことなのでしょうか? では早速、江戸で一番怖い怪談と言われた鰻のお話を、『江戸前魚食大全――日本人がとてつもなくうまい魚料理にたどりつくまで』から、ご紹介いたしましょう。

江戸後期の本草学者佐藤中陵の随筆集『中陵漫録』(一八二六)に「鰻鱺(うなぎ)の奇話」というのがある。

江戸の麻布で古くから鰻屋を営む男が、ある日、気がふれた。まな板の上に横たわり、包丁を自分の
喉に突き立て、「我はウナギなり」と絶叫し続けて、ついに死んだ。周囲の者は「長年のあいだウナギを割いてきた報いだろう」とささやいた。
ウナギに呪われた職人は、決まって頭がおかしくなり、ウナギのしぐさを真似しながら死んでいく。
そうした因縁話はいくらもあって、噂までも含めれば鰻屋の数ほど伝わったのではないかとすら思う。
ウナギを割くたびに祟られていたら、この世から鰻屋が絶えてしまうが、江戸っ子はこういう話が好きなのである。
なかでも滝沢馬琴が編纂した随筆集『兎園小説余録』に出てくるウナギの因縁話は有名だ。

……叔父の某は左官の棟梁だが、左官になる以前ある鰻屋の養子になっていた。
某は鰻職人の養父にともない、ウナギの買い出しに千住へ行き、日本橋の河岸へも行った。ある日、
養父と買い出しに出かけ、ウナギを仕入れてきたなかに、驚くほどの大ウナギが二匹まじっている。
「こんな大きな奴は、今朝買ったときにはいなかったはずだが。どういうわけだろう」
「確かにこんな奴はいませんでしたね。しかしこれは珍品ですね。お得意様に鰻の荒いのがお好きな方がいらっしゃいます。囲っておいて、あの方にお出しすればよろこばれましょう」
某がそういうと養父も了解した。
翌日、そのお得意が友人をともなって店に現れた。養父がたいそうな大ウナギが手に入ったというと、
「それなら、すぐに焼いてもらおう」と注文して、上機嫌で二階に上がった。
そこで、養父が大ウナギの一匹を生簀からつかみ出して割こうとすると、どうしたことかウナギ錐(きり)で自分の左手を突き通してしまった。痛みがひどいので、やむをえず某を呼び、代わりに割いてくれるよう頼んで血のしたたる手をかかえて引き下がった。
代わって割こうとした某だが、ウナギは手にきりきりとからみついて、尋常でない力で締めつける。
ひどく痺(しび)れて痛むので手を引くと、ウナギは尾を反らして某の脾(ひ) 腹(ばら)を強く打った。息が詰まるほどの強さである。どうにも難儀してしまった某はしっかりとウナギをつかむとそれに向かい小声でいい聞かせた。
「よく聞け。どんなに暴れても、お前の命は助からないのだ。頼むから素直に割かせてくれ。その代わりおれはこの家を立ち去って、きっとこの商売はやめる」
それが通じたのか、ウナギはからみついた体をほどくと、某の手で静かに割かれた。ところが、苦心
して割いたウナギを焼いて出すと、お得意もその連れも気持ちの悪いにおいがする、といって箸をつけようとしなかった。
さて、その日の夜中のことである。生簀から騒がしい音が聞こえてくるので、家の者は驚き気味悪が
った。某が手燭をとって蓋を開いてみると、夥しいウナギが頭をもたげてこちらを睨んでいる。そして、もう一匹残っていた大ウナギはどこかへいなくなっていた。某は恐ろしくなってしまい、夜明けを待って養家を出奔した。
それから某は上総の実父の元で一年ばかり過ごしたが、ある日養家から「養父は昨年より病を患い、
まるで頼みにならないから、急いで帰ってきてほしい」という手紙が届く。養家と離縁したわけでもないので、某は養父の看病をかねて戻ることにした。ところが帰ってみると、養母は情夫を家に引き入れ、商売に身を入れず、寝たきりの養父を納戸に押し込めて看病する者もつけないありさまだ。某はそれをたしなめ、病人を座敷に運んで自らが看病するが、養父は薬も食事もまったく受けつけない。ただ水だけは飲む。ものをいうこともできず、ウナギのように顎をふくらませて息をつく。なんとも情けない姿のまま、ほどなく息を引き取った。
某は後始末をねんごろにして養家と離縁した。それから左官の技術を習って、それで渡世をするよう
になった……。

 さて、「江戸で一番恐い怪談」いかがでしたか? 現代のより刺激の強いホラーに慣れた向きには、その恐ろしさはあまり伝わらないかもしれませんが、この話から、江戸人の心に去来する殺生に対する恐れが見てとれるのではないかでしょうか。現代とはちょっと違う江戸人と魚の付き合い方。大変興味深いものです。江戸と魚にまつわる話をもっと知りたい、読みたいと思った方は、ぜひ『江戸前魚食大全』を手に取ってご覧ください。

(筆者/冨岡一成)

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