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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

「べらんめい」は関西からやってきた  『江戸前魚食大全』(冨岡一成著)より

 江戸っ子の特徴に「べらんめい」言葉というものがございます。これは「べらぼう-め」の訛ったものですが、江戸っ子がさかんに振り回した「べらぼう」とはどんなものだったのでしょうか。実はこれ、寛文年間に大坂道頓堀の見世物に「べら坊」という猿そっくりの異形の者がかけられて大当たりしたことから、「人とは見えぬ者」を「べらぼう」と言ったのが語源のようです。
 なんとも江戸っ子らしい言い回しが実は関西からやってきたのは不思議な感じがいたしますが、実は江戸前文化の多くが当時先進的であった関西から移入されたのでございます。たとえば食であれば、鰻料理や天ぷらは江戸で洗練をみますが、もとの形はすでに関西にございましたし、そもそも江戸前漁業も関西からの出漁者によって形づくられたのでございます。とくに江戸時代初期は文化、経済両面においてまったくの西高東低で、江戸は関西文化圏の影響をきわめて強く受けておりました。
 それが世代を重ねると、借り物の文化も次第に江戸風なものに練れてまいります。そうして一八世紀の半ば頃になると、いわゆる「べらんめい」な江戸っ子の登場とあいなりました。そういうわけで、「お江戸」「江戸前」の成立には関西文化が大きくかかわっていると申してもよいかと思われます。
 ただし、江戸っ子には上方町人と大きく異なる状況がございました。それは幕府の御膝元に居住することで、絶大な権力を常に目の当たりにしたこと。そこに芽生えた反発心、反骨精神というものが、関西にない独自の文化を育んでまいります。
 今回は『江戸前魚食大全――日本人がとてつもなくうまい魚料理にたどりつくまで』より、江戸前文化の精神性について紹介します。

 江戸は武家の都であり、商人や職人の生活は、武家の消費活動に寄生することで成立していた。朝、目が覚めて引き窓にみるのは御城であり、天下の大道を闊歩するのは二本差しだ。支配者層の存在をつねに感じないわけにはいかない。そこに決して勝つことのできない権力への対抗心が生まれた。初鰹にあり金をはたく心もちなどは、カツオを「勝男」と珍重する武士らを差し置いて食う、その反骨精神をみのがしては、なかなか理解できるものではない。
江戸の町人が武士を相手に張り合うことのできたのは、吉原と歌舞伎、それと食べることくらいだ。遊里に精通することから「通」がうまれ、武士は「野暮」とされた。市川団十郎演じる助六が河東節(かとうぶし)にのって踊り、啖呵(たんか) を切り、悪態を尽くす姿に、江戸っ子の「いき」と「はり」が体現された。かれらは身分では決してかなわない相手に対し、独自の価値観と美意識で対抗する。そして食べ物に惜しげもなく銭を使うのだ。それは江戸っ子が食にみせた「はり」であったのだろう。
 たとえカラ元気であっても、威勢の良さ──きおいを自負するのが江戸っ子だ。真に江戸っ子たる者がどれほどいたのか知れないが、その姿こそ江戸の町人らの心情を映し出すものであったろう。鼻っ柱は強い。しかし、結局は権力に勝てないのだ。それを知った上で、泣き笑いしてみせるのが江戸っ子のメンタリティといえる。そのような精神に育まれて、江戸時代後期の文化文政期(一八〇四‒三〇)に化政文化が花開いた。その特徴は江戸を中心とした町人文化なのである。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』のような滑稽物や当代の風俗を描く錦絵、また、社会風刺的な言葉遊びの強い川柳など、この時代を代表する文化は江戸の町人のあいだから出てきた。その萌芽はすでに宝暦から天明期(一七五一‒八九)にあらわれてくる。そこで、おおよそ一八世紀後半に江戸の町人たちの生き方からうまれた価値観というのが、第四の江戸前の意味するところだと思う。
 魚のなかにも江戸っ子好みがあった。概してさっぱりとした風味を好む。濃厚な赤身よりも淡白な白身のほうが好きである。マグロは下魚。あの赤身が黒ずむのはいただけない。脂身(トロ)などもちろん捨ててしまう。それから大型の魚よりも小魚が良い。コハダのすしなど実に粋なものである。脂がのった旬のものもいいが、それよりも初物がよほど珍重された。そして山葵(わさび)の刺激的な風味といったら、まるで江戸っ子好みである。こういうのが江戸の魚食いの形だったようだ。
 そこにはっきりと基準があるわけでない。熟成よりも若い味を好むとか、肉厚よりも身の締まった小魚がいいなんて、本当にそのほうがうまいのかもわからない。極端にいえば、うまく食うのを我慢しても、形良く食おうとしたのでは、と思えるふしがある。蕎麦の食べ方とか、熱い風呂が好きだというのと相通じるのではないか。風味を感じるために蕎麦をつゆに浸さない。次に入る人への配慮から湯はうめない。確かに理由はそうなのだが、そんなことはどうでもよくて、要するに恰好よくキメることが重要であるのだ。
 魚食には、とりわけ江戸っ子の美意識が反映されているように思うのだが、どうだろう。

 実は「恰好よい」という言葉も関西からきたもので、江戸では「容子(ようす)がよい」と申しました。今はつかわれなくなりましたが、なかなか品のある言葉ではありませんか。「貴方だって、いい服装(なり)をすれば容子がいいんだから」と言うと、とても褒めている感じがいたしますし、「あの英国人ロッカーはなかなか容子がいいねえ」なんて、ちょっと粋な風情の、ロックミュージックに寄席音曲の息吹を感じて好もしい気がいたします。

 『江戸前魚食大全』では、江戸前な価値観、魚食いを自負する江戸っ子のメンタリティについても言及しております。ぜひ手に取ってご覧ください。

(筆者/冨岡一成)

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