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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

まじめなる口上――『稀代の本屋 蔦屋重三郎』開板によせて

日本歴史 日本文学(フィクション)

稀代の本屋 蔦屋重三郎

増田晶文 著

あとがきのあとのあとがき 増田晶文(ますだ・まさふみ)

 女は『稀代の本屋 蔦屋重三郎』を手にしてペラペラとめくった。
「蔦屋重三郎ってあのTSUTAYAのご先祖でしょ?」
 さかしらをいう、その女を私は嘆息まじりでみつめる。アラフォーの、美魔女と呼ばれ、社会的地位もあるベッピンさん。
「蔦屋とあそこはぜんぜん関係ないです。とはいえ、創業者の増田宗昭サンは重三郎に敬意を抱いてらっしゃるようですが」
 ちなみに増田晶文と増田宗昭氏の間にも姻戚関係はなく懇意な間柄でもない(もっとも、二度ほど彼にお逢いしたことはある)
「意外に蔦屋重三郎って知られてないんだな」
 いや独り言ちしている場合ではない。ここはひとつ、重三郎になりかわって彼をご紹介いたしましょう――。

 蔦屋重三郎は18世紀半ばの江戸の本屋。
 当時の本屋は出版社と卸、書店を兼ねていた。蔦屋は耕書堂と名乗り、黄表紙に洒落本なんていう草双紙や浮世絵、ときには春画も扱う地本問屋だったとご理解いただきたい。
 地本がカバーするのは高尚にあらず難解にあらず。思いっきり庶民向けのうえ、カウンターカルチャー色の濃い出版物だ。ざっかけ、卑俗といえばそれまでだけれど、今でいう雑誌やコミック、ポスターという感じ。これがまたバカスカ売れに売れた。
 そんな、江戸の本屋で群を抜いた存在が重三郎だったのだ! 美女も相づちをうつ。
「蔦重って、本の値打ちを変えた男なのね」

 そして、重三郎ほどカタカナ職業にふさわしい人物はいない。
 エディター、パブリッシャーはもちろんプロデューサーにディレクター、プランナー。メディアミックスにコラボレーション。デザインやコピーライティングのセンスも豊か。
 なによりマーケティング戦略にたけていた。
 彼が刊行物の挿絵や文にたびたび登場していたのは、マスコミで露出するメリットを熟知していたからだろう。
「メディアの力をフルに活用していたんだ」

 才能を見つけ育てるエデュケーションの手腕は類例をみない。天才絵師の喜多川歌麿に美人画を描かせ一世風靡し、東洲斎写楽なる怪物には役者絵で江戸を驚愕せしめた。
 山東京伝、恋川春町ら戯作者は蔦屋でベストセラーを連発。大田南畝なんていう日本史の教科書に出てくるような御仁だって、蔦屋で大いに名を売った。
 重三郎の没後、江戸文化を背負った滝沢馬琴、十返舎一九、葛飾北斎らも彼の世話になっている。
「超一流のパトロンってことね」

 遊廓吉原を出版物でイメージアップさせた功績だってすごい。重三郎はランドスケープって言葉を知っていたかのよう。
 細見という吉原のタウンガイドを独占販売、ゴージャスな遊女のスタイルブックを仕掛け、吉原を江戸でいちばんクールな街へとイメージアップさせた。春をひさぐ女どもを、時代のファッションリーダーにまでまつりあげてみせた手腕はさすが、お見事。
「なーるほど、花魁を最新モードのアイコンにしたのか」

 だが重三郎は決して順風満帆な本屋人生を送ったわけではない。
 持ち前の反骨心を発揮し幕府から睨まれ、きついきつい仕打ちを受けた。
 手塩にかけた絵師は、名を成したとたんに籠をこじ開け飛んでいってしまった。
 それでも重三郎は絶対にメゲない。あの手この手で再起を図り、出版メディアの荒海に出帆してみせた。
 江戸の本屋が抱いた野望は実現するのか。クリエイターたる重三郎の最後にして最大のアクションとは?
「もったいぶらずに早く教えて」
 おっと、こいつは『稀代の本屋 蔦屋重三郎』を読んでのお愉しみ!

 かく熱っぽく語った私に、女はニヤリとしてみせた。
「まあ蔦屋重三郎ってそういう人だったの。マスダさんも早く彼みたいな出版社や編集者と出逢わないとねえ」
 ごもっとも。
 草思社が蔦屋耕書堂に伍せるか、私も恋川春町なみの人気作家になりおおせるか――。
 かくなるうえは、蔦重なみにこの場で、まじめなる口上を。
「それは皆さまのご購買、ご高覧いかんにかかっておりまする。どうかご愛顧のほど、よろしく、よろしくお願い申し上げます」


*もうひとつの「あとがきのあとのあとがき」は
→増田晶文ブログ http://www.showbun.com/

著者紹介

増田晶文(ますだ・まさふみ)

 作家。1960年大阪生まれ。同志社大学法学部卒業。人間の「果てなき渇望」を通底テーマに、さまざまなモチーフの作品を発表している。文芸作品に、新島襄と徳富蘇峰の軌跡を描いた『ジョーの夢』(講談社)、理想の小学校設立に奔走する若者たちが主人公の『エデュケーション』(新潮社)など。『果てなき渇望』で文藝春秋ナンバー・スポーツノンフィクション新人賞、『フィリピデスの懊悩』(『速すぎたランナー』に改題)で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。その他『吉本興業の正体』『うまい日本酒はどこにある?』(ともに草思社文庫)などの著作がある。

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