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『ライト兄弟』「訳者あとがき」より――秋山勝  『ライト兄弟』デヴィッド・マカルー著 秋山勝訳

『ライト兄弟』「訳者あとがき」より――秋山勝

 

 本書はデヴィッド・マカルーのThe Wright Brothersを全訳したものである。原書は2015年5月に刊行、発売されるや大反響を呼び、5月27日から7月5日の7週間、ニューヨークタイムズのベストセラーリスト(ノンフィクション部門)の第1位を占め続けた。各新聞がこの本を記事としてとりあげ、また多くの書評で紹介されるなど、広範な支持を得て、いまも変わらずに読み続けられている。

 

 ライト兄弟は日本人も敬愛を寄せる偉人である。アメリカ人としては、発明王エジソンと並び、偉人中の偉人として変わらぬ支持を得てきた。子供のころ、伝記を通じてウィルバーとオーヴィルの発明に読みふけった方も多いはずだ。自転車商会を営みながら、試行錯誤と刻苦のはて、二人はついに世界ではじめて、有人の動力飛行に成功した。ただ、児童向けに書かれた伝記の多くは、1903年12月17日にキルデビルヒルズの砂丘から舞い上がったライトフライヤー号の成功をもって大団円を迎える。

 

 たしかに、本書においても初飛行の成功は前半部分の山場である。だが、世紀の発明をこのとき目撃していたのはわずかに5名。それも救護基地の二名と地元の住民で、公式の飛行とはおよそ言いがたいものだった。しかも、試験飛行の場所といえば、近郊の住民さえその名前を知らない荒涼たる土地で行われ、歴史を一変させることになる発明の誕生に、このとき世界はまったく気がついていなかった。

 

 兄弟の発明を信じたのはごく少数の人間に限られた。のちに合衆国大統領タフトがいみじくも口にしていた「預言者は、おのが郷おのが家の外にて尊ばれざる事なし」のように、追放された預言者は活路をヨーロッパに求める。そして、二人の発明を世界がどのように受け入れていくのか、それについて書かれたのが本書の後半である。父親であるライト牧師のように、兄弟は新時代の到来を告げる説教師としてヨーロッパへと布教の旅に乗り出していった。

 

 フランスのル・マンで迎えた世紀の展示飛行。離陸したフライヤー号に観客は驚愕して押し黙ると、次の瞬間、驚きと狂喜で観覧席は弾け、観客はいっせいに場内になだれ込んでいった。この飛行に先立ち、世に容れられない預言者への嘲笑と愚弄が繰り返し書き込まれているだけに、なんともカタルシスを覚える光景である。それまで常識とされた科学原理が一蹴され、革新的な技術によって新しい時代の扉が解き放たれた瞬間でもあった。

 

 重力に逆らい、空中を自由に飛翔する技法と技術が、その後、長足の進歩を遂げていったことについては改めて触れるまでもないだろう。1903年の初飛行から66年、同じくオハイオ州出身の飛行士が月面に降り立った。

 

(後略)

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