草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

なぜ「情報隠蔽」は悪いことなのか? 『大惨事と情報隠蔽』ドミトリ・チェルノフ+ディディエ・ソネット著/橘明美+坂田雪子訳

大惨事と情報隠蔽
――原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで

ドミトリ・チェルノフ+ディディエ・ソネット 著 橘明美+坂田雪子 訳

◆人はなぜ情報を隠したがり、それはなぜ大惨事を引き起こすか。徹底検証し対策を示す

 「こんなこと上司に報告すると、また面倒なことになるな…」と考えて、見なかったことにする。「今までずっとうまく行っているんだから、そんなこと気にする必要ないよ」と深刻さを過小評価し、報告しない――。事の大小はあれ、こんな経験、あるのではないでしょうか?
 昨今、政界・官界・財界など、世の中じゅうで問題となっている「情報隠蔽」。情報隠蔽が問題なのは、それが不正の徴候だからというだけではありません。情報が共有・公開されないと、恐るべき大惨事が起こる可能性があるからなのです。本書は、大事故や社会的事件、消費者問題や経済危機などの大惨事の主因が情報隠蔽(特にリスク情報隠蔽)にあることを25余りの幅広い事例から示したノンフィクションであると同時に、その対策をリスク管理やリスク・コミュニケーションの専門家である著者が示すビジネス書です。
 著者によれば、情報隠蔽にはいくつかのパターンがあります。たとえば、リスクの存在を認めると、コストのかかる対策をしなければならなかったり、儲け話を見送ることになったり、期日に仕上げることが不可能になったりするからと、その情報を隠蔽するパターン。また、「日本のものづくりは優秀で、日本人は勤勉だからそれは問題にならない」〔日本〕とか、「資本主義に毒されていない我が国では、そのような問題は起こりえない」〔旧ソ連〕などの、国家主義的な「おごり」により、リスクを矮小化したり、無視したりする形の情報隠蔽。さらには、従業員の待遇が悪いことなどから、担当者が頻繁に辞めて入れ替わり、現場の履歴やノウハウの情報が共有されなくなるという、広義の情報隠蔽のパターンもあります。
 どれもこれも社会のあらゆるところで、私たちがよく目にし、耳にする事柄ですが、本書ではそれらが深刻な大惨事へと発展した事例を検証します。読者は、ページを繰るごとに身につまされ、自分の所属する会社や組織を、情報隠蔽が起こりにくいものに変革しなければならないと、強く感じさせられることでしょう。

◆トヨタ・リコール問題、福島原発等を含む日米欧露亜の多様な事例。共通項が明らかに

 本書の強みの一つは、事例の豊富さと幅広さです。日米欧露およびアジアの事例を偏りなく検証しています。日本の例ではトヨタ・リコール問題や福島原発、水俣病が取り上げられるほか、情報共有・公開がうまく行った例として、トヨタ生産方式やソニーのバッテリーリコールを紹介。業種・分野の多様さにも特筆すべきものがあります。この種の本で取り扱われることがほとんどない、エンロン事件やサブプライム危機などの金融の大惨事、独ソ戦初期におけるソ連軍の失敗や、SARSの世界的感染拡大といった社会的大事件が取り扱われているのです。もちろん、メキシコ湾原油流出やチャレンジャー号爆発事故、インド・ボーパールの毒ガス漏洩などの工業的大事故、豊胸手術用シリコン不正製造やフォルクスワーゲン・ディーゼル排ガス問題などの消費者問題も取り扱われます。
 驚かされるのは、これらの事件事故が、洋の東西、業種・分野の多様さを越えて、どれも同じような情報隠蔽に端を発して起こったとわかること。ノンフィクション好きの方にオススメなのはもちろん、会社組織のリスク管理担当者や、経営に携わる方々が是非とも読むべき一冊です。

(担当/久保田)

著者紹介

ドミトリ・チェルノフ
チューリッヒ工科大学の「企業家リスク」講座に所属する研究者。ロシアで一五年以上にわたりコーポレート・コミュニケーション(企業広報)のコンサルタントを務め、とくにクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)に注力してきた。

ディディエ・ソネット
チューリッヒ工科大学の「企業家リスク」講座を担当する金融学教授で、金融危機研究所(FCO)所長。チューリッヒ工科大学リスクセンター共同設立者、スイス金融研究所のメンバーでもある。邦訳されている著書に『[入門]経済物理学―暴落はなぜ起こるのか?』(PHP研究所)がある。

橘明美(たちばな・あけみ)
英語・フランス語翻訳家。お茶の水女子大学文教育学部卒。訳書にチャールズ・マレー『階級「断絶」社会アメリカ』(草思社)、ピエール・ルメートル『その女アレックス』(文藝春秋)ほか。

坂田雪子(さかた・ゆきこ)
英語・フランス語翻訳家。神戸市外国語大学中国学科卒。訳書にマイケル・ラルゴ『図説 死因百科』(共訳)、クリストフ・アンドレ『はじめてのマインドフルネス』(共に紀伊國屋書店)ほか。

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