草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

1回の公演で集めた投げ銭の最高額は78万円!閉塞感に風穴をあける自由で柔軟な人生行路。『ギリヤーク尼ヶ崎という生き方 91歳の大道芸人』後藤豪著

ギリヤーク尼ヶ崎という生き方

――91歳の大道芸人

後藤豪 著

 ギリヤーク尼ヶ崎さんは、1930(昭和5)年生まれの大道芸人です。日本が高度経済成長に沸いていた1968(昭和43)年にはじめて路上に立ち、以来今日まで国内外の街頭で踊り続けてきました。赤ふんどしにじゅばん、破れ笠という独特ないでたちがトレードマークで、体を地面に叩きつけ、時には池に跳び込んで情念をぶつける踊りは、かつて「鬼の踊り」と評されたこともあります。

 そのキャリアの後半、阪神大震災をきっかけに自身の踊りのテーマを「祈り」に変容させた後は、ニューヨークのグラウンド・ゼロや東日本大震災の被災地でも踊りを披露し、さまざまなメディアで取り上げられています。コロナ禍が始まる以前、ギリヤークさんの街頭公演には多くの老若男女が集まり、大盛況でした。1回の公演で集めた投げ銭の最高額はなんと78万円だそうです。

 エキセントリックともいえる芸風で人目を集める大道芸人でありながら、誰に対してもフレンドリーで朗らかなギリヤークさん。この本の著者はそんなギリヤークさんに魅せられて、10年以上にわたって取材してきた新聞記者です。昭和、平成、令和とつねに「新たなファン」が生まれ続けているギリヤークさんですが、その不思議な魅力の根源には、誰に対しても壁を作らずありのままの自分をさらけだす人となりがあるのはまちがいないでしょう。

 そんなギリヤークさんが路上で踊り始めたのは、じつは38歳のときでした。多くの日本人が50代で定年を迎えていた時代ですから、ずいぶんと遅いデビューです。「もう〇歳だから××しなくては」といった感覚に縛られないから、91歳の今日まで現役を続けられたのかもしれません。また、必要があれば遠慮せずまわりに助力を求める、というのもギリヤークさんの流儀です。まったく面識のない平山郁夫氏に手紙を出して、平山氏の助力で中国公演を実現させるなど、驚くような結果がそこから生まれることもたびたびありました。 

 詳しくは本書をお読みいただきたいのですが、ギリヤークさんは自由な生き方の代償として生活の不安定さともつねに向き合ってきました。ですが、浮き沈みの日々を振り返るギリヤークさんの口調はどことなく楽しげで、生きることの歓びがにじみ出ています。誰もがギリヤークさんのように生きられるわけではありませんが、本人の飾らない言葉をもとにその人生行路をたどっていくと、気持ちの良い風に吹かれているような涼やかな気持ちになるのはたしかです。閉塞感あふれる日々に風穴をあけてくれる味わい深い一冊です。

(担当/碇)

【目次】
第1章 90代
公園の地べたに座り、化粧をはじめた老人
「尼ヶ崎勝美」から「ギリヤーク尼ヶ崎」へ
「日本に生まれ、ここにいます」
「定番エピソード」をめぐるミステリー
「91歳という年齢が怖いですね」
「惚れっぽかった。そこのところ、話しておくよ」 
「もう少し真剣に楽しく、精一杯生きてみようかな」
「でも僕、弱ってきているね」 
新型コロナのワクチン接種「痛くない」 
「僕なんか、一つの娯楽ですよね」 
「過去の元気なときの場所や芸を思い出すんです」 

第2章 誇りと後悔 
「芸人」「夢」「念力」を語る 
故郷で91歳初の公演に臨む 
理想と現実、悔恨と感謝のはざまで 
「父親のことも同じくらい思っている」 
「数寄屋橋公園もすっかり年をとったね」 
「門真国際映画祭」授賞式 
2週間の入院 

第3章 紆余曲折 
祖母に連れられて映画館通い 
「予科練」に憧れた軍国少年 
旧制中学を5年で中退 
月2万円の仕送り 
険しかった映画俳優への道 

第4章 追いつめられて 
舞踊家失格 
倒産、大火、身内の死 
我流で「星空と自分が一つになる」呼吸法を習得 
30歳で再上京 
突破口を探して 
「いろいろ考えたけど、いっさい全部ダメだった」 

第5章 世界の街頭で 
銀座・数寄屋橋公園で街頭デビュー 
新宿・伊勢丹前の歩行者天国で警察に連行 
最高の場所だった渋谷ハチ公前 
「母さんにとっては、ちり紙も投げ銭の一部だった」 
革命記念日のパリで踊る――初の海外公演 
「ニューヨークは自由だった」――初の渡米 
渡航費用をだましとられる 
赤いサポーター誕生秘話――半月板手術 
「僕に役者の才能はなかった」――伊丹映画に出演 
自費ではるばるアマゾンへ 
母・静枝さんとの別れ 
「ギリヤーク族に似てますね」――サハリン公演 
チャールズ・チャップリンの息吹――英国公演 
「このころがいちばん、貯金があったのかな」――ロシア公演 

第6章 祈りの踊り 
血を流しながらの舞踊――阪神大震災 
「大東亜戦争で亡くなったすべての人のために」――中国公演 
1回の公演で78万円の投げ銭が入った 
「寂しい目つきの人が多かった」――世紀末のドイツで 
「祈り続ける」ということ――米国同時多発テロと東日本大震災 
「本当は、踊りなんかできる状態じゃないの」 
86歳にして新しいスタイルを導入 
「『身体維持費』がものすごくかかるんですよ」 
「最後に残る演目は何だろうか」

著者紹介

後藤豪(ごとう・つよし)

1981年東京都生まれ。2005年毎日新聞社入社。青森支局、大阪社会部、東京社会部などを経て、18年10月から東京経済部。生損保や証券、IT業界などを担当し、菅義偉政権(20年9月〜21年10月)の時は、デジタル庁創設への動きを追った。今回が初の単著となる。

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人類との関係が年々「深化」する、菌類のスーパースター『酵母 文明を発酵させる菌の話』ニコラス・マネー著 田沢恭子訳

酵母 文明を発酵させる菌の話

ニコラス・マネー著 田沢恭子訳

人類はいかに酵母と出会い、お互いに依存するようになったのか。この微生物が、どのように人類の歴史を導いてきたのか。そして21世紀に入り、両者の関係がどれだけより発展しているのか。本書は、そんな酵母と人類の深い仲を語り尽くします。
人類と酵母の出会いは、厳密には人類誕生以前に遡ります。何を言っているのかわからないと思うかもしれませんが、これはどういうことかというと、人類がアルコールを分解できる遺伝子を持っているのは、人類の祖先である猿たちが、アルコールを摂取していたことと関係があるのです。
酵母はどこにでもいるので、最初のアルコール製造、パン製造は偶然の産物であったでしょう。ワイン酵母が誕生したのは1万年ほど前とされていますが、これは奇しくも多くの動物の家畜化と同じタイミングです。
パン製造は、その工業化を極めて洗練させていきますが、同時に酵母そのものを食料にすることも発明されます。その高い栄養価に注目し、ナチスが酵母食品の開発を計画したこともあるほどなのです。
酵母はどこにでもいる一方で、その存在が科学的に発見されるのは19世紀と意外にも遅かったのですが、以降の研究はめざましく、人類が真核生物で全ゲノムを初めて明らかにしたのは酵母であり、遺伝子研究に大きな貢献を果たしているのです。
そして、今世紀に入ってからは、バイオエタノール燃料の生産者として存在感を増しているほか、糖尿病やマラリアなどの重要な病気の薬の生産にも役立っています。また、大気中に酵母があると、水分が集まり雨が降りやすくなることから、気候変動制御の面でも注目されるなど、SDGsの時代において、人類との関係がより「深化」しているのです。
本書を読むと、酵母が想像以上に私たちの文明の多くを支えてくれている重要な存在であることがおわかりいただけるかと思います。身近すぎるからこそ普段意識しないこの偉大な菌について、少しでも興味を持っていただければ幸いです。

<目次より>
第1章 はじめに 酵母入門(Yeasty Basics)
第2章 エデンの酵母(Yeast of Eden) 飲み物
第3章 生地はまた膨らむ(The Dough Also Rises) 食べ物
第4章 フランケン酵母(Frankenyeast) 細胞
第5章 大草原の小さな酵母(The Little Yeast on the Prairie) バイオテクノロジー
第6章 荒野の酵母(Yeasts of the Wild) 酵母の多様性
第7章 怒りの酵母(Yeasts of Wrath) 健康と病気

(担当/吉田)

著者紹介

ニコラス・マネー

イギリス生まれ、エクセター大学で菌類学を学ぶ。マイアミ大学生物学教授。生物学に関する多くの著作がある。邦訳書に『生物界をつくった微生物』、『ふしぎな生きものカビ・キノコ―菌学入門』、『キノコと人間―医薬・幻覚・毒キノコ』(以上、築地書館)、『利己的なサル―人間の本性と滅亡への道』(さくら舎)などがある。

訳者紹介

田沢恭子(たざわ・きょうこ)

翻訳家。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程修了。翻訳書に『アルゴリズム思考術』(早川書房)、『戦争がつくった現代の食卓』、『バイオハッキング』(以上、白揚社)など。

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竣工から50年。カプセルタワーという名建築の終局『中銀カプセルタワービル 最後の記録』中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト編

中銀カプセルタワービル 最後の記録

中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト編

1972年に竣工した、日本建築史に残る名作、中銀カプセルタワービル。建物が新陳代謝し、時代ごとに成長するという革新的な「メタボリズム」の概念に基づいて黒川紀章が設計したこの建物は、竣工50年という節目の2022年、ついに解体されます。
本書は、 写真400枚以上、114カプセルを収録する 、最大にして最後の記録集です。この解体にいたるまで撮影できなかった場所も多く記載されているほか、実測図面をみると、いかに住み手が自由にカプセルを改造していたかが詳細に見て取れます。その他にも、2本の論考、黒川紀章の子息である黒川未来夫氏とメタボリズム研究の大家である八束はじめ氏の対談も収録した、決定版と言える内容です。論考では、芝浦工業大学の松下希和氏が、カプセルタワーの竣工から50年について語り、工学院大学の鈴木敏彦氏は、大胆にも取り外したカプセルの活用について、建築的な提案を行っています。対談では、カプセルタワーについて総括しつつ、黒川紀章に直接接した両氏ならではのお話や、軽井沢にあるカプセルタワーの半身ともいえる「カプセルハウスK」の今後についても触れられています。

本書をご覧いただければ、この建物が、斬新なコンセプトゆえに、竣工50年後に奇しくも今日的な空間になっていることがおわかりいただけると思います。同時に、世界的にも評価されるこの建築を、今の日本では残すことができないという現実に向き合わされる思いを抱かされる方もいるかもしれません。しかし、中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトはただ解体されるのを受け入れているわけではありません。状態のいいカプセルを取り外し、美術館や滞在施設として活用する今後のビジョンを検討しています。歴史的な建築の保存制度が十分ではない日本において、「メタボリズム」の定義を読み替えて、新しいカプセルの活用を見出そうとしているのです。この名建築の解体は、単に1つの建築の終わりではなく、日本の建築保存の厳しい現状を露呈しつつ、そこで保存に立ち向かう人がいかに奮闘しているのかという、もっと大きな課題を浮き彫りにしているのです。

最後に、この建物をありのままの姿で残すべく最後まで奔走し、解体決定後も、取り外される予定のカプセルの今後の活用について模索し続けている中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの代表の言葉をおくります。
「解体はされますが2022 年は中銀カプセルタワービル竣工50 周年の記念すべき年です。本書の出版を筆頭に、企業や団体の協力により様々なイベント等が展開されます。また実物のカプセルとみんなの思いは、日本はもちろん海外にも引き継がれていきます。これが
きっかけで新たなクリエイターやアーティストが誕生し、メタボリズムの思想を引き継いだ「シン・カプセル建築」が生まれる、そんなワクワクする未来が訪れることを願っています。 」

(担当/吉田)

編者紹介

中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト

代表・前田達之。1967年、東京生まれ。中銀カプセルタワービルの保存と再生を目的に、2014年にオーナーや住人とプロジェクトを結成。見学会の開催や取材・撮影等のサポートを行う。編著書に『中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱舟』(2015年、青月社)『中銀カプセルスタイル 20人の物語で見る誰も知らないカプセルタワー』(2020 年、草思社)などがある。
プロデューサー・菅井隆史。1992年、東京生まれ横浜育ち。オフィスの空間デザイナーとして勤務しながら、プロジェクトに参画。編著書に『黒川紀章のメタボリズム思想と中銀カプセルタワービルの現状』(2014年、日本建築学会学術講演会)『中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱舟』(2015 年、青月社)がある。

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雲の分類は約100種! その全部がわかる本『新・雲のカタログ 空がわかる全種分類図鑑』村井昭夫・鵜山義晃 文と写真

新・雲のカタログ

――空がわかる全種分類図鑑

村井昭夫・鵜山義晃 文と写真

雲好き・空好きに愛され続けてきたロングセラーが全面リニューアル

 雲をちゃんと理解して、その性質を知るためにはどうすればいいでしょうか。それにはまず、雲の名前を知らなければなりません。名前がわからなければ、それぞれにどんな性質があるかを考えることさえできないからです。雲にはもちろん名前がついていますが、「入道雲」「うろこ雲」「ひつじ雲」などという名前は、いわば俗名で、科学的な分類にしたがった名前ではありません。
 雲は、世界気象機関(WMO)によって科学的に分類されています。大きく分けると10種類、さらに細分化すると約100種類におよぶ名前がついています。空に浮かぶ雲を見て、約100種の分類に当てはめることは、雲を理解する第一歩のハズです。本書のもととなった『雲のカタログ』は、この分類をすべて網羅、写真で示した初めての図鑑として、2011年に刊行。以来、10年余りにわたって、雲好き必携のスタンダード図鑑として愛され続けてきた、ロングセラーです。
 その『雲のカタログ』が準拠するWMOの分類が、2017年、数十年ぶりに改訂されました。本書『新・雲のカタログ』はこの新分類に合わせて改訂された全面リニューアル版。「ロール雲」「飛行機由来巻雲」など多数の新分類項目を加え、その他の写真もほぼすべてをより美しいものに差し替えています。

雲の名前がわかると空で何がおきているかがわかるようになる!

 ところで、雲の名前がわかるようになると、何かいいことがあるのでしょうか? それはたくさんあります!
 たとえば、春や秋の空高く、長い尾を引く「巻雲」は、雲の中で成長した氷晶(氷の粒)が落下すると同時に風に流されることで特徴的な形になります。つまり、雲の尾の部分は本体よりも低い位置にあるのです。さらに、雲の形から、上空の風が高さの違いでどのように違うのかも想像できます。このように雲の立体的な形や、ダイナミックな空気の動きがわかるようになるのです。
 また、雲には成長していく過程にパターンがあるので、そこに現れる雲の名前とパターンを知った上で空を眺めると、今、空で何がおきているのか、これからどんな変化が起こるのかが予測できるようになります。たとえば、「積乱雲」が発達して「かなとこ雲」に発達していったり、その過程で雲頂の上に「頭巾雲」とよばれる帽子のような雲がかかることなどが予測でき、雲が繰り広げる一大スペクタクルをより深く楽しむことができるようになります。
 「あの雲の名前、なんていうの?」という素朴な疑問に答えつつ、広くて深い「空の科学」の世界へと連れて行ってくれる、ほかにはない魅力を持った一冊。リニューアルした本書も、多くの雲好きに愛される本となることを願っています。

(担当/久保田)

著者紹介

村井昭夫(むらい・あきお)

石川県金沢市生まれ。信州大学・ 北見工業大学大学院博士課程卒。雲好き高じて気象予士(No.6926)、雪結晶の研究で博士(工学)に。著書に『雲三昧』(橋本確文堂)、『雲のカタログ』(共著)『雲のかたち立体的観察図鑑』(いずれも 草思社)、『雲の見本帳』(MdN)、『空の図鑑』(学研)、『雲百景』(共著・ 誠文堂新光社)等。雑誌等にも 執筆。石川県立大学客員研究員。日本雪氷学会・ 日本自然科学写真協会(SSP)会員。

鵜山義晃(うやま・よしあき)

三重県伊賀市生まれ。京都大学卒。気象予報士(No.2331)。天文(特に流星)から 雲の世界へ。科学・天文関係の講師、指導歴多数。高々度放電現象の撮影も行っている。著書に『彗星と流星群』(関西天文同好会)、『雲のカタログ』(共著・草思社)、『雲百景』(共著・ 誠文堂新光社)など。2016 年度「空・ 雲の観察を題材にした気象学の普及」で日本気象学会奨励賞。日本気象学会、日本流星研究会会員。

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Amazon:新・雲のカタログ 空がわかる全種分類図鑑:村井昭夫・鵜山義晃 文と写真:本

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80年代から晩年までの単行本未収録インタヴュー、対談録を精撰『連れ連れに文学を語る 古井由吉対談集成』古井由吉 ほか著

連れ連れに文学を語る

――古井由吉対談集成

古井由吉 ほか著

2020年2月18日に逝去した古井由吉氏は、1968年「木曜日に」を発表してデビュー後、71年「杳子」で芥川賞、80年『栖』で日本文学大賞、83年『槿』で谷崎潤一郎賞、87年「中山坂」で川端康成文学賞、90年『仮往生伝試文』で読売文学賞、97年『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞するなど、文壇に確固たる地位を築き、晩年まで旺盛に作品を執筆してきました。
本書は、古井由吉氏が遺した単行本未収録インタヴュー、対談録を集成した一冊です。
グラスを片手にパイプを燻らせ、文学そして世界の実相を語った古井氏。夫馬基彦、柳瀬尚紀、福田和也、山城むつみ、木田元、養老孟司、平出隆、蓮實重彦、島田雅彦、堀江敏幸、すんみ、蜂飼耳の各氏ら12人との楽しくて、滋味豊かな文学談義をたっぷりと収めました。
「まだいい文学ができるという了見はいけないのだろうね。予定調和みたいなね。どれだけスッカンピンになっているかという意識が大事なんですよね」
「今の世の中は行き詰まると思う。日本だけではありません。世界的に。そのときに何が欠乏しているか。欠乏を心身に感じるでしょう。そのときに文学のよみがえりがあるのではないかと僕は思っています」
古井由吉の声がよみがえってくる対話録を、是非お楽しみください。

【目次】
夫馬基彦 作家の仕事と生活
柳瀬尚紀 ポエジーの「形」がない時代の言語表現
福田和也 言語欺瞞に満ちた時代に「小説を書く」ということ
山城むつみ 静まりと煽動の言語
木田元 ハイデガーの魔力
養老孟司 日本語と自我
平出隆 小説の深淵に流れるもの
蓮實重彦 終わらない世界へ
島田雅彦 恐慌と疫病下の文学
堀江敏幸 連れ連れに文学を思う
すんみ 読むことと書くことの共振れ
蜂飼耳 生と死の境、「この道」を歩く

【本文より】
夫馬 藤枝さんのここ数年間の作品なんかはどう評価されますか。
古井 大変評価しますよ。藤枝さんは文章の奥から出てくるものが粘っこいんですよね。志賀直哉の場合と違いますよね。僕の文章が粘っこいとかしつこいとか、そんなこと言うのはもう了簡違いで、藤枝さんの作品を一度後藤明生さんと読んでいて、やっぱりいいけどオエーッだねって(笑)、そういう感想はあります。

古井 だけど、文学は面白いですか。
福田 僕ですか。文学は……どうなんでしょう。でも、言葉でしか生きられませんね。
古井 僕は砂を嚙む思いが極まって面白いと思っている。まだいい文学ができるという了見はいけないのだろうね。予定調和みたいなね。どれだけスッカンピンになっているかという意識が大事なんですよね。

古井 「死への存在」という言葉を聞かされると、非常に唐突ですが、特攻隊の青年の最期を思ってしまうんです。やっぱり、我が身に引きつけてしまうから、文学を読むように、生きている人間の状態・状況を思い浮かべようとするらしい。一方では中世神秘主義の極致を思い、一方では特攻隊の青年の最期の気持を思う。特攻隊の青年の気持を思いながら読むと結構わかるところがあったりして……。
木田 それはちょっと考えたことがなかった(笑)。

古井 もっと新しい時代、大化改新以後を取っても、日本というのは二重言語の国でしょう。漢文と和文と、漢字と和字と、しかも、漢字と仮名を交えて使っている。
島田 南蛮文化渡来の頃と明治以後はローマ字もね。
古井 表意文字と表音文字。こんな複雑な言語は世界には少ないでしょう。だって、漢文という、もとは中国語のものを日本語にして、そのまま読んでしまう。これ、外国人にはなかなか説明できませんよ。しかも、中国語と日本語は言語の系統が違うんだから。

古井 今の世の中は行き詰まると思う。日本だけではありません。世界的に。そのときに何が欠乏しているか。欠乏を心身に感じるでしょう。そのときに文学のよみがえりがあるのではないかと僕は思っています。
堀江 空白をつくって、よみがえりを待つのか。それとも、どこかにスルメのにおいが漂っているということを、中間的にでも、今、誰かが伝えていくべきなのか。後者だと僕は思います。

すんみ 歌ではどのように上昇志向があらわれているんですか。
古井 微妙なあらわし方だけど、読んでいる心は遠くまでいくような歌があるんですよ。それは西洋の文学と違って、かならずしも上のほうに行くんじゃない。地平にあまねくひろがるような……。これはなかなか豪気なものですよ。

(担当/渡邉)

著者紹介

古井由吉(ふるい・よしきち)

1937年、東京生まれ。68年処女作「木曜日に」発表。71年「杳子」で芥川賞、80年『栖』で日本文学大賞、83年『槿』で谷崎潤一郎賞、87年「中山坂」で川端康成文学賞、90年『仮往生伝試文』で読売文学賞、97年『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞。2012年『古井由吉自撰作品』(全8巻)を刊行。ほかに『われもまた天に』『書く、読む、生きる』『こんな日もある 競馬徒然草』など著書多数。2020年2月死去。

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木をかじってるだけじゃない!環境を救うスーパーアニマル『ビーバー 世界を救う可愛いすぎる生物』ベン・ゴールドファーブ著 木高恵子訳

ビーバー

――世界を救う可愛いすぎる生物

ベン・ゴールドファーブ著 木高恵子訳

皆さんはビーバーと聞いて何を思い浮かべるでしょうか。ダムを作る、歯が丈夫で木をかじる、尻尾がオール状になっている、カワイイ……
おそらくこれが一般的なビーバー像ではないでしょうか。
しかし、実はビーバーは私達が知るよりも、はるかにヘンないきものなのです。
まず、ビーバーの学名は「カストル」というのですが、これはラテン語の「去勢された」という意味からきています。(カストラートと同じですね)。これはなぜかというと、実はビーバーは外見からは雌雄の判別がつかないのです。本書に登場する熟練のビーバー保護者によれば、においで嗅ぎ分けることができるそうです(オスはモーターオイルのような匂い、メスは古いチーズのような匂いなのだとか)。
また、ビーバーははじめから木でダムを作っていたわけではありません。その先祖は齧歯類のいち部と同じように、土に穴を掘って巣としていました。しかし、その穴も普通ではありませんでした。地中にらせんの穴をほっていたのです。後世になり、人類がその穴に堆積した化石を発見した時、「これは悪魔の螺旋だ!」と言ったのですが、先祖の頃からビーバーはヘンな習性をもった生き物だったのです。

また、ビーバーと人類の関係は意外にも浅からぬものがあります。アメリカの移入初期、ビーバーは貴重な資源でした。その毛皮は、実用だけでなく貿易品としても重要で、ある土地ではイギリスとその毛皮を巡って熾烈な対決があったほどです。このときイギリスは、「この土地はビーバーさえいなければアメリカにとっても価値はない」と考えて、ビーバーを壊滅させるという非道な解決策を実行しました。

そのような歴史もあり、ビーバーは20世紀初頭ごろまでに乱獲され数が大幅に減ってしまいます。ここからが、本書のもう一つの主人公、「ビーバー信者」の出番です。彼らは、必死でビーバーが再繁殖するように試行錯誤します。初期には、ビーバーをパラシュートで降下し、風に乗せればいい感じに分散するんじゃないかという、今では信じられないほど軽薄な試みが行われたこともあります(ちなみにこの降下作戦で命を落とした可愛そうなビーバーは1匹だけだったそうです)。ビーバーは、実はアメリカでは害獣だと考えている人も多いのですが、その対立をさけるべく、 あるビーバー信者 は、水は通すがビーバーは通さない「ビーバーデバイス」を発明し、人類とビーバーの共存の道を模索しています。

彼らの努力と、ビーバーの本来持つ異常な「建築欲」によって、ビーバーは少しずつ個体数を戻しました。その結果、驚くべきことに、数々の河川の治水が安定してきたことが判明しました(下図!)。近年、アメリカでは大型のハリケーンが襲来し、多大な被害をもたらしていますが、このビーバーによる治水が、人工のダムや人工河川にかわる治水として、いま大きな期待を寄せられてもいるのです。

本書を読めば、これまで「なんかカワイイ」ぐらいに思われていたビーバーが、
いかにヘンテコで、健気で、可愛そうでもあり、しかし救世主にもなるかもしれないという、とんでもなく興味深い生物であることがおわかりいただけるはずです。

(担当/吉田)

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著者紹介

ベン・ゴールドファーブ

イェール大学の林学・環境学大学院で環境経営学修士号を取得。野生生物の管理と保全生物学を専門とする、数々の受賞歴に輝く環境ジャーナリスト。『サイエンス』、『マザージョーンズ』、『ガーディアン』など、数多くの出版物やメディアに寄稿している。

訳者紹介

木高恵子(きだか・けいこ)

淡路島生まれ、淡路島在住のフリーの翻訳家。短大卒業後、子ども英語講師として小学館ホームパルその他で勤務。その後、エステサロンや不動産会社などさまざまな職種を経て翻訳家を目指し、働きながら翻訳学校、インタースクール大阪校に通学し、英日翻訳コースを修了。

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「正確に読む」「工夫して伝える」が楽しくなる。花まる学習会のメソッドが詰まった問題集『考える力がつく 読解力なぞぺー レベルアップ編 小学3~4年』高濱正伸・竹谷和著

考える力がつく 読解力なぞぺー レベルアップ編 小学3~4年

高濱正伸・竹谷和 著

◆生きることの土台・学びのみなもとである「読解力」を育む

読解力の低下は、昨今、子どもだけでなく大人にも広がっていると、大きな注目を集めています。

ここでいう読解力とは、いわゆる文学作品の読解に限らないもので、教科書を読み解き、算数の文章題を間違いなく理解するといった、知識獲得や学習、問題解決、論理的思考などのために必ず必要な言語能力までを含みます。この能力の差は、学年が進むにつれて、さまざまな教科における学習成果に大きな差を生みます。また、社会へ出てからも、メールなどのテキスト・ベースで仕事を進めることが増えた現代において、読解力の欠如は、多くの場面で問題となりがちです。

読解力は、まさに「生きることの土台」「学びのみなもと」と言える能力なのです。

本書は、好評の『考える力がつく読解力なぞぺー〈小学2~3年〉』の続編。対象を小学3~4年として、前作より少しだけむずかしくなった分、問題の幅や深みが格段に増して、ずっと楽しいものになりました。

家紋の呼び名や、「パン」という言葉の語源、エスペラント語など、多くの子が初めて出会う面白い知識に関する問題から、料理のレシピ、図書館での本の貸出規則、遊園地からホテルへ早く着ける交通機関の選び方といった、身近に遭遇する場面を題材にした問題まで、さまざまなバリエーションのものが用意されています。

さらには、因果関係や事実関係の推定、三段論法の運用など、論理力・批判的に読み解く力を鍛える問題も掲載。「フェイクニュース」や、SNSの誤読・誤解による炎上などに巻き込まれないために、必要な能力を養います。

◆読むことが好きになると、高学年から重要となる自律学習が促される

高学年になると、知らない言葉を自分で調べたり、好きな本を読んだりして知識を得る、自律的な学習の比重が高まっていきます。このとき、読解力の差は、その後の学びに大きな差を生むことになっていきます。とはいえ、読解力は一朝一夕に高まるものではありません。

人気学習教室「花まる学習会」から生まれた『なぞぺー』シリーズは、子どもたちに「わかった!」という成功体験をしてもらうことで、どんな問題でも自分で解きたい、わかりたいという気持ちを育み、学習意欲を伸ばすことを目標としています。本書も、文章を読んで理解することの楽しさを、面白いパズル形式の問題を通じて体験してもらい、「もっと文章を読みたい」「新しい知識に触れたい」と、感じてもらうことを目指したもの。本書を通じて、楽しみながら読む事への前向きさを養い、一歩一歩実力を伸ばしてもらえたら幸いです。

(担当/久保田)

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著者紹介

高濱正伸(たかはま・まさのぶ)

1959年、熊本県生まれ、東京大学大学院修士課程卒業。93年に、学習教室「花まる学習会」を設立。算数オリンピック委員会理事。著書に『小3までに育てたい算数脳』(健康ジャーナル社)、『考える力がつく算数脳パズル』シリーズの『なぞぺー1~3 改訂版』『空間なぞぺ~』『整数なぞぺー』『迷路なぞぺ~』『絵なぞぺ~』(以上、草思社)などがある。

竹谷和(たけたに・かず)

花まる学習会教材開発部所属。年中から中学3年生までの幅広い学年に対しての教材開発、そして各種教材/参考書出版にも携わる。毎年行われている「花まる作文コンテスト」統括、読書感想文講座の実施、研修等、講演会以外に「書くこと」についての楽しい経験を生み出すべく活動。主な著書に『作文・読書感想文 子どもの「書く力」は家庭で伸ばせる』(実務教育出版、高濱との共著)『考える力がつく 読解力なぞぺー』(草思社、高濱との共著)がある。

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