草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

「リンゴの唄」の赤と青の色はどのような色だったのか。『占領下の日本 カラーフィルム写真集』衣川太一 編著

占領下の日本 カラーフィルム写真集

衣川太一 編著

 「赤いリンゴにくちびる寄せて 黙って見ている青い空」、戦後を象徴する歌謡曲、並木路子の「リンゴの唄」に歌われているリンゴの赤い色や青い空の青さはどのような色であったか。本書を見ていると赤と青の色彩の美しさに驚く。カバーに使われている瓦礫越しの国会議事堂の写真も赤さびた破壊された真っ赤な自動車の向こうに、青い空を背景に終戦直後の国会議事堂が立っている。本書の特徴はこの青と赤の色彩かもしれない。
 占領時代1945年から1952年がどういう時代であったかは、だんだん解明されつつある。政治的・社会的に何が行われたのかが多くの研究・書物で明らかにされつつある。江藤淳氏の名著『閉ざされた言語空間』以来、それが今日の日本文化にどのような変容を与えたかもわかってきた。別のアプローチとして、その変容やバイアスがどのようなものであったかを知るために本書の写真を眺めてみるのは一助になるかもしれない。
 本書に集められた100カットの写真は編著者の衣川太一氏のコレクション1万3千カットの中から選び抜かれたものである。占領時代、日本を訪れた米軍人たちが観光目的で撮った写真が主になっている。その特徴は一つには、コダクロームというカラーフィルムで撮られていること。日本人には当時やや高価で高根の花だったカラー写真で日本国中を興味本位で撮り歩いていることである。カラーということが重要で、しかも高品質のコダクローム、色彩の再現性が高い。当時の日本人の写真(報道写真や家庭写真なども)は白黒が普通でカラーはあまりない。リバーサルのスライド用フィルムで発色がいい。占領時代のカラー写真はないことはないが、フィルム資料研究家の衣川氏によるコレクションでは良質なものを選定して、さらにクリーニングしたりして、劣化や褪色などの程度の少ないものを取り上げている。つまり占領時代の風景はどのような色彩であったかをかなり忠実に再現してくれている。
 もう一つの特徴は進駐してきた軍人が撮影したものだけに、日本人が記録していないものが映っていることである。
 当時の米軍は日本各地を接収して日本人をオフリミット(立ち入り禁止)にしていた。偶然映ってしまったものに面白い風景がある。外国人には珍しい風俗(木炭自動車や闇市で売っている魚や食品など)。あるいは日本人には撮らせてもらえなかった施設内の写真(基地内の写真とか)。記録として珍しい写真があるということだ。
 本書は占領下の日本を記録した写真類として極めて貴重な価値があると思うと同時に、当時の敗戦に打ちひしがれているかと思う日本人たちが意外や、元気そうで活力にあふれていることを新たに気づかせてくれる。一読の価値がある写真集である。

(担当/木谷)

 

編著者紹介

衣川太一(きぬがわ・たいち)

1970年大阪生まれ。神戸映画資料館研究員、フィルム資料研究者。著書に『占領期カラー写真を読む』(佐藤洋一と共著、岩波新書、2023)、『増補新版 戦後京都の「色」はアメリカにあった!』(植田憲司・佐藤洋一と共編著、小さ子社、2023)。論文に『占領期写真の複合的活用に関する試み : 一九四五年東京・銀座のケーススタディ』(佐藤洋一と共著、昭和のくらし研究 / 昭和館編 第19号、 2021年3月)。神戸を舞台とした映画のロケ地を調査する『ロケ地探索』講座を2021年より神戸映画資料館で開催中。日本大学藝術学部映画学科卒業。

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「大人の世界」が見えてくる、最もキケンな時代――。『中学生あらくれ日記』椎名誠 著

中学生あらくれ日記

椎名誠 著

チンピラへの復讐、空気銃研究、油プール潜水、抜刀騒動…
楽しく熱くヤバすぎた“あの頃”をつづる衝撃エッセイ!

 

『中学時代というのはどの世代のヒトもなんとなく
「暗い」という気配を持っているのではないだろうか。
「中学時代といったら楽しくて楽しくて」などというヒトがいたら
お目にかかりたい。
もっともお目にかかってもどう対応していいのかわからないのだけれど。』
――(本文より)

 

今まで巧みに避けてきた中学時代の“極秘話”の数々……を、ついに赤裸々告白! 
リンチを仕掛けてきた不良グループへの復讐を期して拳を鍛えた夏。
古木材を拾い集め叔父さんと完成させた秘密のアジト。
悪友らと校庭で3輪オートバイ走行。
小遣い欲しさに道端や工事現場で「真鍮(しんちゅう)(銅)」探し……。
人生で一番“危うかった”時代のシーナが今蘇る。
中学時代の「前史」として小学生時代や就学前の懐かしき思い出も吐露。
作家45周年記念作品!

(担当/貞島)

 

目次

Ⅰ 房総の白い海 光る風

トラックに乗って千葉に向かった
食べられちゃった五目まぜごはん
家のまわりを生け垣に
煙突の多い風景
戦前暴走族だった父
芋飴を作る家
二つの川
浜田川の春の賑い
呼吸するように動く海
美味しい海で釣りざんまい

Ⅱ ベカ舟漂流騒動

こわい水脈(みお) 
静止している工事現場
夢のトロッコ路線
人間花火
浚渫船に大コーフン
パイプラインを行く
木の上のつかみ鬼
町の三大有名フーテン人
夏の夜風に躍るスクリーン
映画とそばとデパートと

Ⅲ 汐風びゅんびゅん赤土中学校

中学入学前の幕張
イモ中の面白先生
いろいろな教師
中学への登校風景
ごったがえしの時代
おいてけぼりの不安
昼休みに見たいさかい
イサムと桃子と消えたヘビ
自転車こいで谷津遊園へ
教室の壁は穴だらけ
漁業権放棄でにわか長者

Ⅳ 蟬しぐれの中の復讐

消された臨海産業
父の死と先生
疎林への呼び出し
十五対一のタタカイ
黙って鍛錬、そして反撃開始
復讐は蟬しぐれの中
二人目成功、逃げる標的

Ⅴ  ツギハギ小屋をつくる

家庭内独立作戦
角材拾いの日々
届いた引き違い窓
三畳半のガイコツ小屋
夢の「天守閣」
感動の棟上げ式
落成祝い
流しのスズメ撃ち
あこがれの自転車オートバイ
トコロテン小屋
秘密の物体

Ⅵ キケンな水中探検隊

アームの店に行く
油まじりの黒いプール
青春タンメン事件
公民館で夢のショウ     
主役を食ったシャックリの大男 

Ⅶ ダイコン畑の死闘

ボロ小屋のファイトクラブ
思いがけない苦情
ひそかな暗雲
刀としんばり棒

あとがき

 

著者紹介

椎名誠(しいな・まこと)

一九四四年、東京生まれ。東京写真大学中退。流通業界誌編集長を経て、作家、エッセイスト。『さらば国分寺書店のオババ』でデビュー。『アド・バード』(日本SF大賞)『武装島田倉庫』『銀天公社の偽月』などのSF作品、『わしらは怪しい探検隊』シリーズなどの紀行エッセイ、『犬の系譜』(吉川英治文学新人賞)『岳物語』『大きな約束』などの自伝的小説、『犬から聞いた話をしよう』『旅の窓からでっかい空をながめる』などの写真エッセイと著書多数。近刊に『思えばたくさん吞んできた』(草思社)など。映画『白い馬』では、日本映画批評家大賞最優秀監督賞ほかを受賞。

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誰も1000万ドル以上持つべきではない!超富裕層による世界の歪みを正す、資産制限という衝撃の提案 『リミタリアニズム 財産上限主義の可能性』イングリッド・ロベインス 著 田中恵理香 訳 玉手慎太郎 監訳・解説

リミタリアニズム

――財産上限主義の可能性

イングリッド・ロベインス 著 田中恵理香 訳 玉手慎太郎 監訳・解説

昨今、イーロン・マスクやトランプ大統領といった、超富裕層のやりたい放題ともいえる言動が世間を騒がせています。彼らが世界を揺るがし続けている以上、超富裕層が存在しえない仕組みを真剣に考えるべき時が来ているのだと言えます。
しかし、それはどのように実現するのでしょうか。気鋭の経済学者イングリッド・ロベインスは、大胆にも「個人の資産に上限を設けること」=「リミタリアニズム」(財産上限主義)により、彼らの生む世界の歪みを正すことを提案します。本書は、そのラディカルな政治哲学により、民主主義を見つめなおすように迫る1冊です。

実際問題、超富裕層はどのくらいわたしたちより豊かなのでしょう。ある研究で、その参加者はCEOの給料は未熟練労働者の平均10倍くらいと考えていて、これを4・6倍までに抑えるのがよいと回答しました。しかし実際には、研究でデータが得られた国の大半で、CEOの給料は未熟練労働者の給料の10倍をはるかに超え、何十、何百倍だったのです(アメリカ:350倍超、フランス:50倍)。つまり、私たちは超富裕層の資産をかなり低く見積もっており、またそのために、超富裕層の資産は適正と思える範囲内でないにもかかわらず、あまりにもその富が大きすぎて現実の資産の差を認識できていないのです。

また、その超富裕層は、現実にはどのように世界を歪めているのでしょうか。以下のような具体的な社会的な不正義の例をあげることができます。
・巨万の富は、そもそも非常に多くが、不正な手段を通じている場合が多い。
・膨大な資金により政治家、権力者をコントロールすることで、民主主義を歪め、政治的不安定さを生んでいる。
・資産上位10%が炭素排出全体の48%を占めるなど、環境負荷の最も高い存在である。

とはいえ、個人の資産を制限するということは、どのように正当化されうるでしょうか。それについて、本書では先述の「不正な手段による蓄積」の点と、「高額の報酬も当人のみの努力の結果に帰するものではない」という観点から、丁寧に触れています。

もし、リミタリアニズムが実装された場合、どのような社会の改善が期待できるのでしょうか。経済的権力の均衡、極端な貧困層への即時的対応、階級の分断の緩和などのほかに、なにより超富裕層自身にとっても、その富が生み出している様々な過剰な重圧から逃れるメリットがあるといいます。本書の提案をきっかけに議論がうまれ、社会がよりよくなるきっかけとなれば幸いです。

(担当/吉田)

 

著者紹介

イングリッド・ロベインス(Ingrid Robeyns)

哲学者、経済学者。ユトレヒト大学倫理研究所教授。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの社会的排除分析センターの客員教授も務める。2018年、オランダ王立芸術科学アカデミーの会員に選出。2021年、ウィーンのFLAX財団から不平等研究とフェミニズムに関する功績を称えられ、エマ・ゴールドマン賞を受賞。

訳者紹介

田中恵理香(たなか・えりか)

東京外国語大学英米語学科卒、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士課程修了。訳書に、『「失われた30年」に誰がした:日本経済の分岐点』(早川書房)、『女性はなぜ男性より貧しいのか?』『RITUAL(リチュアル):人類を幸福に導く「最古の科学」』(ともに晶文社)、『むずかしい女性が変えてきた――あたらしいフェミニズム史』(みすず書房)、『巨大企業17社とグローバル・パワー・エリート 資本主義最強の389人のリスト』(パンローリング)などがある。

監訳・解説者紹介

玉手慎太郎(たまて・しんたろう)

東北大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。東京大学医学部特任研究員などを経て、2021年より学習院大学法学部政治学科教授。専門は倫理学・政治哲学。主な著書として、『ジョン・ロールズ:誰もが「生きづらくない社会」へ』(講談社現代新書、2024年)、『公衆衛生の倫理学:国家は健康にどこまで介入すべきか』(筑摩選書、2022年)がある。

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キュレーションでアート、そして世界を変えた男の半生『未完の人生 ハンス・ウルリッヒ・オブリストは語る』ハンス・ウルリッヒ・オブリスト著 北代美和子訳

未完の人生 ハンス・ウルリッヒ・オブリストは語る

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト 著 北代美和子 訳

もし一人、「世界一のキュレーター」はだれかと問われたら、恐らく彼の名が筆頭にあがるのは、ほぼ異論ないのではないでしょうか。「HUO」=ハンス・ウルリッヒ・オブリストは、革新的なキュレーションで知られ、アート界はもちろん、建築その他の分野でも大きな影響を与えている人物です。

彼の行ってきた革新的な展示の代表的なものには、アーティストに指示を出し、各地の美術館が実行する「Do It」や、サーペンタイン・ギャラリーでのマラソン形式のトーク&パフォーマンス、既存の美術館での展示の枠を超えて公共空間やメディアを展示空間とする試み「museum in progress」などがあげられるでしょう。(本書の原題「Une vie in progress」はそこからきており、「未完の人生」という邦題にそのニュアンスを含めています)。既存の美術館に陳列される展示から、美術館の外へ、人々を巻き込みながら、完結しないような展示の在り方を彼は模索し続けています。いまでこそそのような展示方法も定着してきていますが、彼の実践なくしてはいまのような形はあり得なかったかもしれません。
また、『アイ・ウェイウェイは語る』といった著書でインタビューの名手としても知られるところです。

その膨大なコネクションと熱意、行動力はどこから来ているのか。なぜこれほど一線のキュレーターでいつづけることができているのか。そのことに、彼の人生はどのように関連しているのか。本書は、自身の語りでその半生について語る、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト初の自伝となります。

彼の生まれと、幼年期の事故は彼の方向性を決定づける大きな要素でした。山々、そして他の国々に囲まれたスイスで生まれた彼にとって、その山は越えていくべきものでした。「越境」という概念が、生まれながらに育まれる環境があったと言えます。そして、6歳の時の交通事故により命の重要さを痛感し、深い絶望を経験したことが、アートという「希望のフォルム」を希求することに直結していきます。

彼は、とにもかくにもアーティストに会います。当時の美術雑誌にのっていた芸術家の電話番号に連絡をひたすら取り、直接会うことを絶対視していました。そこで、その後のキュレーター人生に深い影響を与える、重要な助言の数々を得ることになります。また、精神的な師と仰ぐ、グリッサンとの出会いも決定的であったでしょう。
展示についても、先の上げたもののほかに、デビューとなる、自宅での「キッチン展覧会」や、建築家レム・コールハースらも参加した移動型展覧会「Cities on the Move」、さらにデジタルゲームのアートの可能性にフォーカスした「WorldBuilding」などに触れています。

それらのアーティストたちと出会いの詳細や、展示についての記述はぜひ本編をお読みいただければと思いますが、強調しておきたいのは、彼の足跡が示すのは、キュレーション、ひいてはアートの可能性そのものと言えることです。作品の展示方法や見方を拡張してきた氏の生き方には、芸術やものの見方を変えてくれる力があります。激動の時代にこそお勧めしたい1冊です。

(担当/吉田)

 

本書で触れられるアーティストの一部
ゲルハルト・リヒター、クリスチャン・ボルタンスキー、エテル・アドナン、アビ・ヴァールブルグ、 H・R・ギーガー、アネット ・メサジェ、ルイーズ・ブルジョワ、ナム・ジュン・パイク、オラファー・エリアソン、ウンベルト・エーコ、エドゥアール・グリッサン、ハラルド・ゼーマン、アルベルト・ジャコメッティ、レム・コールハース、etc…

 

著者紹介

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist)

スイス出身のアートキュレーター、評論家、美術史家。ロンドンのサーペンタイン・ ギャラリーの芸術監督やLUMA財団のシニアアドバイザーを務めるほか、様々な世界的展示プロジェクトを手掛ける 。『アートレビュー』誌において、 2009 年と 2016 年に世界で最もアートに影響力のある 人物に選ばれている 。著作に『コールハースは語る 』(筑摩書房、 2008)、『キュレーション』(フィルムアート 社、 2013)、『キュレーションの方法』(河出書房新社、 2018) などがある。

訳者紹介

北代美和子(きただい・みわこ)

翻訳家。上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻修士課程修了。日本通訳翻訳学会元会長。訳書にエルサ・モランテ『アンダルシアの肩かけ』『嘘と魔法』ジャン・ルオー『名誉の戦場』(以上、河出書房新社)、クレスマン・テイラー『届かなかった手紙』(文藝春秋)、ビル・ビュフォード『フーリガン戦記』、ビリー・クルーヴァー『ピカソと過ごしたある日の午後』(以上、白水社)、『シャルロット・ペリアン自伝』『イサム・ノグチ エッセイ』(以上、みすず書房)、ロランス・コセ『新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ』(草思社)ほか多数。

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数学者が綴る読解と思索の旅。“読む人”に向けて綴る珠玉のエッセイ『夏蜜柑とソクラテス』新井紀子 著

夏蜜柑とソクラテス

新井紀子 著

主著に『数学は言葉』(東京図書)、『AI vs 教科書が読めない子どもたち』、『AIに負けない子どもを育てる』、『シン読解力』(東洋経済新報社)などがあり、AIと教育・数学リテラシーをめぐる活動で国際的にも知られる著者が、日々の出来事や大切な思い出に寄り添いながら綴ったエッセイを収録。過去の風景、大切な人とのやりとり、なぜか今でも心に残る一瞬…それらをそっと取り出して言葉にし、その過程を通じて、「記憶とは何か」「人間とは何か」を深く洞察しています。

表題作の『夏蜜柑とソクラテス』にこんな一文があります。
「包丁で夏蜜柑の皮を切るのは重労働だし、土用に梅を干せば日焼け止めクリームを塗っていてもシミが増えることだろう。それでも、そうしたい。そうする、と決めている。「ていねいな暮らし」のような意味ではなく、そうしておいたほうが『身のため』のような気がするのだ」
「なるべく機械に頼らず、野性の勘を研ぎすましていたい」と考える著者の姿勢にハッとさせられますが、その「ハッとさせられる」気づきが、この本の隅々にたくさん潜んでいます。

カバーには、著者の手編みのセーターを掲載。「余り毛糸で自分のセーターを編む時間が好き」と言う著者は、このセーターを「パウル・クレーのセーター」と呼んで愛用していますが、カバー写真を見ていると網目の一つひとつにこれまでの著者の日々が編み込まれているようであたたかい気持ちになります。
「日本エッセイスト・クラブ賞」など数々の賞を受賞した著者が、数式では表せない記憶、感情、言葉の余白を表現し尽くした、まさに新境地となる1冊です。
(担当/五十嵐)

 

目次

はじめに
 Ⅰ
人工知能が情緒を感じるようになる日 
ポトスが買えない深いわけ 
猫と金魚と喫茶店 
夏蜜柑とソクラテス 
浅草の男 
老犬の恋 
昆布を炊く 
筋金入り 
マンザナールの子どもたち 
赤い雨 
アイスストーム 
もっか!の『おだんごぱん』
うちのリカちゃん 
ユーミンと猫

Ⅱ 
これさえあれば、生きていける 
「解ける」より「わかる」が尊い 
数学の言葉が果たす役割 
博士に愛されない数 
ロボットは東大に入れるか 
新書は「世界の断片」を提供してくれる 
痴漢という犯罪に、科学の力で立ち向かう 
教科書から学ぶ 
心に残る本『赤毛のアン』 
絵本を買いに 
エリート男子の高校国語 
土を耕す 
ぐっちーさんへの追悼文 
卵を料る(日本エッセイスト・クラブ賞受賞の言葉)


旅立ちの歌 
雪降る里の蕎麦 
あるお茶会の話 
メインステージからの風景 
ハーバードのお誕生日会 
定理を釣る 
人間キャンセル界隈 
哲学を捨てる 
運動音痴と読解力 
魔法を学ぶ(令和五年度一橋大学入学式に寄せて)
おわりに

 

著者紹介

新井紀子(あらい・のりこ)

国立情報学研究所 社会共有知研究センター長・教授。一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長。東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学五年一貫制大学院を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。科学技術分野の文部科学大臣表彰、日本エッセイスト・クラブ賞、石橋湛山賞、山本七平賞、大川出版賞、エイボン女性教育賞、ビジネス書大賞などを受賞。主著に『数学は言葉』(東京図書)、『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)、『ロボットは東大に入れるか』(新曜社)、『AI vs.教科書が読めない子どもたち』『AIに負けない子どもを育てる』『シン読解力―学力と人生を決めるもうひとつの読み方』(以上、東洋経済新報社)など多数。

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なぜあのような最期を遂げたのか『三島由紀夫という迷宮 〈英雄〉を夢みた人』柴崎信三 著

三島由紀夫という迷宮

――〈英雄〉を夢みた人

柴崎信三 著

一九七〇年十一月二十五日、市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部バルコニーで自衛隊の蹶起を促す演説をした後、割腹自決した三島由紀夫。

その死は荒唐無稽な「事件」として片付けられがちだが、彼が最晩年に語った「このままでは日本はからっぽな経済大国になる」という予言は、半世紀後の私たちの現実に重く響く。戦後の繁栄の影に漂う空虚、伝統の喪失、精神的支柱の衰弱――三島はそれらを鋭く見抜き、文学と行動で警鐘を鳴らした。

本書は、その予言の意味と射程を、戦後日本の歩みと重ねて読み解く試みである。司馬遼太郎や江藤淳ら同時代の知識人による評価、乃木希典やガブリエレ・ダンヌンツィオとの比較、そして『金閣寺』『午後の曳航』など主要作品に潜む思想的伏線をたどりながら、三島という作家の「迷宮」を探る。

自決の衝撃だけでなく、その背後にあった美と死、行動と思想の緊張関係を描き出すことで、なぜ彼の言葉が今なお生々しく響くのかを明らかにする。三島が命を懸けて提示した問いは、過去のものではない。

著者は日本経済新聞社において文化部長や論説委員を歴任。若き日に三島由紀夫の自決当日、市ヶ谷駐屯地で現場取材を行い、さらに江藤淳から直接談話を得た経験を持つ。本作で「草思社文芸社大賞2024」大賞受賞。

三島生誕百年の今こそ、三島由紀夫の言葉の魅力を解き明かした本書を是非ご高覧ください。

(担当/渡邉)

 

内容紹介

なぜあのような最期を遂げたのか――。
「からっぽな大国」化する日本に蹶起した
三島の内的動機を多面的に読み解く。

一九七〇年十一月二十五日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を取材し、
近くに住む江藤淳の談話をとった元新聞記者の著者が、
激動する昭和に生き、自決に至った三島の内的動機を、
初期から晩年までの作品世界を緻密に読み解きながら明かす。
「草思社文芸社大賞2024」大賞受賞作。

 

目次

プロローグ 海と〈乃木神話〉
第一章 ダンヌンツィオに恋をして
第二章 「太宰さんの文学は嫌いです」
第三章 アルカディアは何処に
第四章 金閣炎上と〈肉体改造〉
第五章 〈白亜の邸宅〉の迷宮へ
第六章 雪の朝、銃声響く
第七章 「この庭には何もない」
第八章 〈英雄〉と蹶起
第九章 無機的で、からっぽな大国
エピローグ 〈物語〉へ

 

著者紹介

柴崎信三(しばさき・しんぞう)

一九四六年、東京都生まれ。ジャーナリスト。日本経済新聞社で文化部長や論説委員を務め、獨協大学、白百合女子大学で文化表象や比較社会史を講じた。著書に『パトリ〈祖国〉の方へ』『〈日本的なもの〉とは何か ジャポニスムからクール・ジャパンへ』『絵画の運命 美しきもの見し人は』などがある。

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量子力学が社会の基盤を脅かす?『すべては量子力学のせい 「世界一成功した理論」についての傍若無人なガイド』ジェレミー・ハリス 著 広林茂 訳

すべては量子力学のせい

――「世界一成功した理論」についての傍若無人なガイド

ジェレミー・ハリス 著 広林茂 訳

◆あなたの人生に、量子力学はどういう意味を持っている?

 量子力学は科学研究の基礎であるのみならず、コンピューターからレーザー、LEDなどありとあらゆるものに応用され、「世界一成功した科学理論」と言われています。その正しさは折り紙付きで、そのことに異論を挟む科学者はほとんどいないでしょう。しかし、量子力学が何を意味しているか、現実について何を言っているのかに関しては、科学者の意見はまったく一致していません。
 つい先ごろも、英国の論文誌「ネイチャー」は1000人以上の物理学者に量子力学の意味に関するアンケートを行い、その結果を「物理学者は、量子力学が現実について何を示しているかについて、激しく意見が分かれている」とまとめています。

 量子力学の意味については、たとえば……
◎わたしたちの住む宇宙はあらゆる瞬間に歴史が枝分かれする無数の平行宇宙でできており、すべての可能な宇宙はどこかの平行宇宙で実現しているとする説。
◎起こることすべて――わたしたちが何を考え、何をするかも含めて――あらかじめ決められているという説。
◎わたしたちの意識が量子力学的過程に影響を与えているという説。

といった、互いに相容れない主張が、それぞれ存在しているという具合なのです。実は、これらの説のどれが(あるいは別の説が)正しいか次第で、「わたしたちに自由意志はあるか」と言った問いへの答えも変わり、ひいては法律などの社会制度の根底をなす世界観も覆りかねないのです。いや、どの学説が正しいにせよ、いずれも奇妙な結論を導くという点では大同小異であり、必然的にわたしたちの世界についての常識は再考を迫られます。どの説が正しいかによって「どの程度、どの方向に常識が変わるか」という違いを生むに過ぎません。でも、それは非常に大きな問題です。本書はさまざまな学説が生み出す、驚くべき世界観を数式なしで紹介、量子力学の「意味」に関する大論争を解説する一冊です。

◆元・物理学者だからこそ書ける、物理学界のやや不都合な真実

 今のところ、どの説が正しいかを判断する手がかりとなる実験結果は、残念ながらありません。そのため、どの説が有力と見なされるかを決めるのは、科学のプロセスではなく、もっと人間くさい集団の論理や、審美的な好みでした。ある説を推す多数派が、後に有力視されるようになった学説を否定し、その提唱者である優秀な物理学者を実質的に追放したこともありました。米ソ冷戦の政治的な緊張が、学説の学界内での評判に強い影響を与えたこともあります。また、このような混乱の中から、量子力学に非常に極端な意味づけを行う「量子神秘主義」なるものも生まれ、「信者」たちから金を巻き上げる物理学者も出てきました。本書の著者は、今はドロップアウトした元・物理学者。現役の物理学者が取り上げづらい、物理学界にとってはやや不都合なこのような話も取り上げて、物理学のあり方について批判的に論じています。
 量子力学の「意味」は、自由意志から死や意識、社会制度の基盤まで、実はあらゆることに関係するはずの重要なものでありながら、その学説のどれもが非常に奇妙で面白くもあります。この大論争がどのように行われているかをのぞき見できる本書は、多くの方にとって一読の価値アリと言えるでしょう。

(担当/久保田)

 

目次

はじめに    
    量子力学は一体何を意味しているのか
    太古の人間は世界をどう見ていたか
    一神教が世界観の土台だったころ
    一神教から無神論へ
    ニュートン的世界観の崩壊前夜のこと
    わずかなほころび
    量子力学1.0の誕生と新しい謎
1. 量子力学には穴がある    
    すべては奇妙な実験結果からはじまった
    古典物理学に小さな穴を開ける
    量子力学の知られたくない小さな秘密
    電子を紹介しよう
    量子力学で唯一奇妙なこと
    ケットを使って物語を語る
    量子ゾンビネコ
    ボーアの「収束」というアイディア
    アインシュタインの見解
    量子力学は意識に関係ある?
    マルチバース(多元並行宇宙)
    量子力学について、ここまでの話のまとめ
2. 意識による収束と霊魂の物理学    
    ボーアの説明じゃ納得できない
    物理学に意識は重要か?
    物質に意識はあるか?
3. 宇宙と一体化した意識?    
    量子神秘主義というものの正体
    量子神秘主義による収束の解釈
    意識の集合体という考え方
    火星のゾンビネコ
    火星のゾンビから普遍意識へ
    世界は意識の中にある?
    ニューエイジの聖典を解読する
    量子神秘主義に冷水を浴びせる
    意識による収束:大きな世界観
4. 意識による宇宙創造?    
    物理理論を世界観の根拠にしたら
    ゴスワミ理論におけるゾンビネコ
    ゴスワミ理論におけるビッグバン
    ゴスワミ理論における細胞の誕生
    ゴスワミ理論における一神教
    ゴスワミ理論における自由意志
    ゴスワミ理論における法的責任能力
    ゴスワミ理論におけるヴィーガン
5. 意識が関わらない収束理論    
    もっと科学っぽい物理理論を!
    ”そういうものだから”収束
    大きいものほど収束しやすい
    “そういうものだから”収束の検証
    “そういうものだから”収束のまとめ
    自由意志と法
    量子世界の自由意志
    これは法的助言ではない
    自然科学が悪法をつくる
    良い結果をもたらす行為が善
    さらに過激で直観に反する理論
6. 量子マルチバース    
    物理学にも「政治」はある
    科学的コンセンサスのつくりかた
    エヴェレット山を登って
    マルチバースは想定外に大きい
    学界政治に立ち入る
7. マルチバース的歴史観    
    歴史の「もしも」と量子力学
    マルチバース的歴史観概説
    物理学から生物学へ
    生物学から物理学へ
    フェルミのパラドックス
    マルチバースにおける信仰
    量子自殺
    量子不死仮説
    見て、母さん! 僕は死なないよ!
    極限まで突き詰めると
    この解釈の何が問題か
8. 量子力学は法を違える    
    法とアイデンティティ
    アイデンティティの“アイ(自分)”
    アイデンティティの危機
    これも法的助言ではない
    えっ、また自由意志の話?
    マンデラ効果
    マルチバースの中を旅する
    “ふつう”に戻って
9. 隠れた変数と物理学の不具合    
    アインシュタインが嫌った量子力学
    もっと深く進まなければ
    左翼がかった物理学
    赤ん坊を捨てて、産湯を残せ
10. ボームの量子力学    
    ボームの考えとはどんなものか
    決定論は運命(論)ではない
    ボーム理論をぶっ飛ばす
    ニューエイジ派じゃないよね?
    常識的世界観の土台はもろい
11. 意識の未来    
    物理学は社会の基礎なのだ
    人間レベルのAIの実現に向かって
    汎用人工知能の時代
    なぜ意識が重要か
    赤ちゃんを動物のように扱わない理由
    物理学の進歩に締め切りが課された
    答えは簡単には見つからない
    ボーアのようになってはいけない
謝辞

 

著者紹介

ジェレミー・ハリス(Jérémie Harris)

物理学者から転じて、シリコンバレーのAI関連の起業家となる。量子力学に関する研究は多くの物理学専門誌に掲載され、最初に設立したSharpestMinds(シャーペストマインズ)社はAIに関する技術指導において世界最大の取引規模を誇り、学生たちにその分野の職を得るまで無償で学びを提供している。また、その後、AIの安全性に関するサービスを提供するGladstone AI(グラッドストーン AI)社を共同で設立した。今も、カナダ、米国、英国の閣僚及び安全保障関連官僚にAIのリスク関連の問題に関して情報提供を行い、また、『Toward Data Science(データサイエンスに向かって)』という公式ポッドキャストを主宰するなど、多方面で活躍している。ポッドキャストで配信されるAI、機械学習、人類の未来に焦点を当てた番組は月間2000万回以上再生されている。

訳者紹介

広林茂(ひろばやし・しげる)

東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。米国ブルックヘブン国立研究所研究員として高エネルギー重イオン衝突反応について研究。帰国後、転じて会社員となり、現在はIT系企業の役員を務めるかたわら、翻訳にも取り組む。技術系の実務翻訳を主としてきたが、最近は幅広い分野に活動の場を広げている。訳書に『FBI WAY 世界最強の仕事術』(2022年、あさ出版)、『みのまわりの ありとあらゆるしくみ図解』(共訳、2024年、東京書籍)がある。

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