草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

小児科医が描く子どもたちの姿を通して、生きることの大切さに気づかされる。

君がここにいるということ ――小児科医と子どもたちの18の物語

緒方高司 著

◆あなたが今ここにいるということ

 本書は、一人でも多くの子どもたちが元気になることを夢見て小児科医となった著者が、想像を絶する過酷な小児医療の現場で、実際に出会った子どもたちとの交流を描いた実話です。

 懸命に病気と闘う子どもたちの姿を通して、生きるということがどういうことなのか、命の大切さ、自分の生き方の有り様を考えさせられ、普段の生活ではつい見過ごしてしまうような大切なことにあらためて気づかされます。

 また、本書を通じ、小児医療の現場にこんなに高い志を持った医者がいることがわかることも、希望を与えてくれるのではないかと思います。

◆本書に込められた著者の思い(「はじめに」「あとがき」より抜粋)

正直に言うと、一度だけ小児科医を辞めたいと思ったことがある。

大学病院に勤務していた頃のことである。私が当直をしていた深夜に、9ヵ月の赤ちゃんが高熱で受診した。両親はまだ20代前半の若い夫婦で、2人にとって初めての子どもだった。普通なら、解熱剤のみを処方して翌朝の受診をお願いして帰すところだが、何かただごとならないことがこの赤ちゃんの身に起こっていると直感した。

詳しく検査した結果、細菌性髄膜炎だった。治療が半日でも遅れていたら、命に関わるところだった。だが、ほっとしている時間はない。直ちに入院となって、抗生剤での治療を開始した。

最初は順調であったが、2週間ほど経過してから、急激に肝臓の機能が悪化してきた。原因を調べる余裕もなく、治療が追いつかないような急激な経過をたどって、赤ちゃんは3日後に死亡した。

私が小児科医になって、初めての死亡患者だった。肝臓が急激に悪化した原因は不明だから、病院の規則として、原因究明のために病理解剖をお願いしなければならない。たった今、大切な我が子が息を引き取ったばかりの若い夫婦に解剖をお願いすることの非人間性に、私は強いめまいがした。

ご夫婦は、承諾してくれた。

数ヵ月後、病理解剖の詳細な報告書とともに、ご夫婦に長い手紙を書いた。

大切なお子さんの命を救えなかったことへのお詫び。お子さんの体にメスを入れることを承諾してくれた勇気に対する感謝。少しも私を責めなかったご夫婦の信じられないくらい尊い気持ちへの深い畏敬の念。

あふれる感情のままに、手紙に書き綴った。

その直後、二人は大学病院に私を訪ねてきてくれた。そして、お父さんは私にこう言ってくれた。

「先生が私たちの子を救おうと不眠不休で診てくれたことを感謝しています。先生は今回のことで、小児科医を辞めたいと周囲に漏らしていると噂で聞きました。絶対に辞めないでください。先生は子どもたちの命を救う役割を持っています。私たちのためにも、いつまでも小児科医でいてください。今回のことで決してひるんだりせず、子どもたちのためにこれからもがんばってください」

受け持った子どもが死んでいくのを見ることの悲しさ、親の悲嘆を目の当たりにすることの辛さに、これから先、耐えていくことができるのか、自信がなかった。

しかし、この父親の言葉に、私は救われた。どんなことがあっても逃げずに、子どもたちを全力で救う小児科医になろう。そう決意した。

この本には、私が大学病院や障害児施設での勤務医などを経て現在の開業医に至るまでの25年間の小児科医としての経験の中で出会った、18の物語が書かれている。

一つひとつが小児科医として、人間としての軸になるような体験であり、その後の人生を通じて今も私を鼓舞し続けてくれている物語だ。

この本を手に取って読んでいただいた方々にも、何かを感じてもらえたら、幸いである。

また、この本を読んで、小児科に興味を持ち、小児科医になってくれる若い人が出てきてくれたら、これ以上の幸せはない。

 目次より

小さな戦士/一瞬の奇跡/人が人になるために/パパとママへの手紙/私の名前を呼んで/許す力/輝ける魂/悲しみを超えるとき/他10本のエピソード収載。

(担当/吉田)

著者略歴

緒方高司(おがた・たかし)

1960年大阪生まれ。1982年東京大学工学部卒業。1984年同大学院工学研究科土木工学専門課程を中退し、同年和歌山県立医科大学入学。卒業後、同大学小児科学教室入局。有田市民病院、和歌山県立医科大学附属病院小児科助手等を経て、1996年和歌山県南紀福祉センター(重症心身障害児施設)に着任。同附属病院小児科医長を務める。2001年大阪府内にて医院を開業、現在に至る。

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