草思社のblog

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村上春樹にまで至るハードボイルドの原型

チューリップ ダシール・ハメット中短篇集

ダシール・ハメット 著 小鷹信光 訳

 「チューリップ」はダシール・ハメットが遺作として残した未完の中篇小説である。ハメットというからにはタフな私立探偵が主人公の痛快ミステリー小説かと思いきや、老境を迎えた一作家の心境小説風作品である。一読して「なんじゃこれは?」と思う読者も多いだろう。ところが、読み進むうちに紛れもなくこれはハメットだなと思えてくるのである。それは文体であり、会話であり、独特の世界観である。ハードボイルドなのである。

 どうでもいいような日常的描写や会話がなぜか濃密にハードボイルドな雰囲気をたたえている。ハメットが1920年代に創り出したハードボイルドなるものとはこの文体であり世界観であることがこの何も語られていない未完の小説を読むと逆によくわかる。

 1920年代にアメリカの大衆小説の中から生まれたハードボイルドとは何だったのか。その芸術版はヘミングウェイやフォークナーから戦後のサリンジャー、ヴォネガットまで続いているが、もともとはアメリカのホラ話や西部小説やマーク・トウェインなどからの水脈を受け継いだ粗野で素朴ながらリアルで愉快な小説群であることが、小鷹信光氏の得がたい研究や評論からよくわかる。

 村上春樹氏はレイモンド・チャンドラーの翻訳を何作も手がけておりハードボイルド・ミステリーからの影響を受けているが、チャンドラーの兄貴分であり、ハードボイルドの創始者ハメットについてはどのように思っているだろうか。

 ハメットを限りなくソフィスティケイトして現代日本風にアレンジしてみると村上春樹になるという想像は成り立つだろうか。

(担当/木谷)

◆著者紹介

ダシール・ハメット(Dashiell Hammett)
『マルタの鷹』『血の収穫』などで知られるハードボイルドミステリー作家。1894年アメリカ生まれ。1961年没。親はポーランド系の移民で農家。フィラデルフィアとボルチモアで育つ。貧しかったので13歳ぐらいから職を転転、とくに有名なピンカートン探偵社につとめ後年の推理作家の基盤を作った。両大戦への軍役、1920年代の「ブラックマスク」への寄稿から始まる人気作家への道、共産主義に共鳴したことによる服役、後年は過度の飲酒や病気等で創作活動はとだえていた。

◆訳者紹介

小鷹信光(こだかのぶみつ)

1936年岐阜県生まれ。早稲田大学英文科卒。ワセダ・ミステリクラブ以来のミステリーファンで、特にアメリカ・ハードボイルド・ミステリーの紹介・評論・翻訳では第一人者。松田優作『探偵物語』の原案で有名。著書に『パパイラスの舟』『私のハードボイルド』(推理作家協会評論賞)など。

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