草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

身心脱落――自分を捨てよ、と繰り返し説く禅の言葉

声に出して読みたい禅の言葉

齋藤孝 著

 「身心脱落」(しんじんだつらく)、「放下著」(ほうげじゃく)という禅語は有名だが、どれも「己を捨てよ」「我欲を捨てよ」という意味である。禅の基本に「己を捨てよ」という考え方があって、これを繰り返し禅は説いている。

 本書で岩波文庫から出ている『弓と禅』という大正時代に日本に来たドイツ人ヘリゲルの文章を引用している。和弓を習っていたヘリゲルが名人から「的に当てようとしてはいけない」「自然に矢は放たれる」という真髄を会得するところ。「いま゛それ゛が射ました」と名人が言う。それとは何か、自分を超えた何からしい。小さい自分など捨ててしまえという教え。西洋人にはこれが新鮮に響くらしいのである。

 本書でも取り上げている「十牛図」という禅の悟りへの道筋を描いた絵がある。「第一 尋牛」(牛を探しに行く)、「第二 見跡」(牛の足跡を見つける)から始まってついに牛を見つけ(「第四 得牛」)、「第六 騎牛帰家」(牛に乗って家に帰る)。そして「第七 忘牛存人」(家に帰って牛を忘れる)、ここまではいいのだが、「第八 人牛倶忘」に至って、探していた牛も探していた自分も忘れられるという境地に達する。苦労して牛を得た果ては牛も人もいない。絵は真っ白である。これを見て現代ドイツの哲学者ハイデッガーは感心したという。探している主体も探している客体もともになくなる「人牛倶忘」(にんぎゅうぐぼう)という境地こそある種の到達点であるという考え方は西洋にはないものなのだろう。

 西洋文明の行き詰まりが見える二十世紀後半以降、禅は欧米人にとって相変わらず魅力的な哲学らしい。その最大の魅力は「己を捨てよ」ということらしい。

(担当/木谷)

著者紹介

齋藤孝(さいとう・たかし)

一九六〇年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『宮沢賢治という身体』(宮沢賢治奨励賞)、『身体感覚を取り戻す』(新潮学芸賞)など多数。『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞、草思社刊)がベストセラーとなり、日本語ブームを読んだ。近著に『声に出して読みたい古事記』(草思社刊)、『雑談力が上がる話し方』などがある。

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