草思社のblog

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感染症でもっとも恐ろしいのは、 それによって引き起こされる社会的パニックである!『感染症の虚像と実像』ディディエ・ラウト著 鳥取絹子訳

感染症の虚像と実像

ーーコロナの時代を生きるための基礎知識

ディディエ・ラウト 著 鳥取絹子 訳

 本書は感染症の分野で世界的に著名なフランス人医師で、現在マルセイユ大学病院研究所の所長をつとめているディディエ・ラウト教授が、今回のコロナ禍に際して「私が体験したことを通して広い視野で流行病について伝えたい」(本書より)と緊急出版した著作(原題Épidémie:Vrais dangers et fausses alertes「流行病:本当の危険とまちがった警告」)です。フランスでは発売と同時に他の類書をおさえてベストセラーになっています。
 これまでも人類はさまざまな感染症に苦しめられてきましたが、本書ではとくに世界中にパニックをまき散らしたエボラ出血熱や鳥インフルエンザ、SARSといった流行病についてわかりやすく説明し、またワクチン開発というデリケートな問題についても言及(きわめて厳しい見方を提示)しています。多くの感染症の原因はいまだにわかっておらず、たとえばインフルエンザが季節によって変化することや、突然自然に消滅する理由さえも不明であるといったことを指摘しつつ著者が強調するのは、パンデミックによる死者数は予測より少なくなるという点と、にもかかわらず危機をあおるメディアや政治家によって異様な社会的恐怖が醸成されがちであるという点です。
《ジャーナリストは本来、新しい情報に敏感で、それが仕事である。一方科学者は自分たちの研究分野が話題になることを望み、これもいたって自然である。問題は、決定者や政治家の思考形態がメディアに近く、即効性のあるものに引かれすぎていることだ。》といった指摘は日本にもそのまま当てはまりそうです。またWHOについての《(WHOは)その時点の恐怖に同調することで注目を集め、そうして資金協力を呼びかけて、運営を継続できるようになっていくのである。ちなみにこの組織を構成するのは専門家ではなく、世界各国の「代表」にすぎない。》という厳しい見方にも説得力があります。数理モデルによる感染拡大予測については《感染に関しては、病気に感染した人の数で示されている。そしてもちろん、これは感染を表わす方法として合理的ではない。というのもこの方法は、きわめて複雑で、何一つ明らかになっていない現象を、数学に変えているからだ。感染原因のなかには、人から人の場合もあるが、すべての人間が同じ方法で病気をうつすことはなく……》と懐疑的な見方を示しています。このあたりは、世界各地で現場・患者第一主義を貫いて感染症と格闘してきた著者ならではの視点といえるかもしれません。多種多様な感染症と対峙してきた著者の知見が、広がり続ける「見えない恐怖」を克服するための一助となることを願ってやみません。

(担当/碇)

 

【目次】
まえがき
・流行病の死者は予測より少ない
・感染症の死亡率は下がりつづけている

1 炭疽菌──バイオテロの恐怖を引き起こした偽の流行病
・軍事目的で操作された炭疽菌
・バイオテロへの過剰な反応
・集団的な恐怖が利用される

2 無視された本当の医療危機──二〇〇三年の猛暑
・超過死亡率が無視されていた
・猛暑の夏と死亡率のピーク

3 チクングニア熱──医薬品観察の有効性と、国の警告のギャップ
・エイズの発見
・チクングニア熱の死亡例は薬の副作用

4 エボラ出血熱狂騒と、ペスト、その他の出血熱
・出血病の恐怖が地球全体に広がる
・恐怖が恐怖を生みだす
・中世の遺骨からペスト大流行の原因を発見
・流行病で危険なのはそれが引き起こす恐怖

5 呼吸器感染症――SARS:過剰なパニック、インフルエンザ:適切な治療法への認識不足
・SARSの謎
・インフルエンザ──怖がるのは正しいけれど、適切な治療法が知られていな
・恐怖をあおる本がパニックを引き起こした

6 鳥インフルエンザ──幻想だった恐怖
・世界が怯えた鳥インフルエンザ
・WHOは警告をあおる元凶
・制御不能となった過剰な騒ぎ

7 H1N1危機──二〇〇九年新型インフルエン
・天変地異のように思われた新型インフルエンザ
・対策には現場の医師からの報告を
・感染しやすいのは常軌を逸した恐怖
・免疫の記憶が高齢者を守る

8 コロナウイルス
・インフルエンザこそが重要なのだ、愚か者!
・感染者数の表示は合理的ではない
・呼吸器感染症の死亡率は下がりつづけている
・新型コロナの大騒動で利益を得る人たち

9 ジカウイル
・タヒチで発見されたウイルス
・新しい問題には必ずしも新薬開発ではない

10 フランスおよび世界の感染症
・死の一カ月前の病原体の徹底考察
・偽りの警告で新薬の開発

11  忘れられ、無視された流行病──コレラとチフス
・コレラ──ハイチでの流行
・チフス──ブルンジでの流行
・チフスで死んだナポレオン軍の兵士

12 新しいワクチンと未来のワクチン──幻想か現実か?
・ワクチンの接種は政治的な問題である
・ワクチン接種でより重い病気になることもある

13 予言から予言者まで
・現実と予言の関係
・政治家とジャーナリストが共鳴する

14 新興病の発生と拡散
・動物と人間のバリアが消滅
・感染症の大半が地理的に固定されている
・情報の透明性とパニックを防ぐことのバランス

結論
・観察された現実と情報による現実の乖離
・情報を文化的に分析すること

訳者あとがき

 

著者紹介

ディディエ・ラウト(Didier RAOULT)

1952年、ダカールに生まれる。マルセイユ大学医学部で感染症を専攻し、1981年に医師の国家資格を取得。その後、微生物学者として特に新興感染症の分野で国際的に著名になり、現在はフランスで唯一の感染症専門センターであり、国際的にも権威のあるマルセイユ大学病院研究所所長。臨床現場・患者第一主義を貫いて精力的に活動し、その成果を多くの論文で発表。感染症の分野では世界でもっとも文献を引用される研究者の一人としても知られている。2010年、フランスで最高の医学賞Inserm(国立衛生医学研究所)グランプリを受賞したほか受賞歴多数。

訳者紹介

鳥取絹子(とっとり・きぬこ)

翻訳家、ジャーナリスト。主な著書に『「星の王子さま」 隠された物語』(KKベストセラーズ)など。訳書に『崩壊学』(草思社)、『私はガス室の「特殊任務」をしていた』(河出文庫)、『巨大化する現代アートビジネス』(紀伊國屋書店)、『地図で見るアメリカハンドブック』『地図で見る東南アジア』『地図で見るアフリカ』(以上、原書房)などがある。

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