草思社のblog

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破壊的イノベーションの全内幕!『モデルナ 万年赤字企業が、世界を変えるまで』ピーター・ロフタス著 柴田さとみ訳

モデルナ

ーー万年赤字企業が、世界を変えるまで

ピーター・ロフタス著 柴田さとみ訳

モデルナは、いまでこそ名だたる世界の製薬会社と肩を並べる存在になりましたが、そもそもワクチン開発を目指した会社ではなく、さらにいえば10年前には吹けば飛ぶようなベンチャー企業に過ぎなかったことは、意外と知られていないか、もはや忘れ去られた過去になっていると思います。そんなモデルナが、どうしてこれほどの成功を掴むことができたのか。そのカギとなるビジネスマインドを明らかにするのが本書です。

◆mRNAという革新的な技術での創業とその困難

創業は、大学等でmRNAの研究をしていたデリック・ロッシが、起業を目指したことが始まりでした。アメリカには、将来特許が取れそうな有望な技術を企業へ売ったり、その技術をもとにスタートアップを設立するサポートをしたりするユニークなオフィスがあり、そこに所属する弁護士の勧めで、ロッシはこの技術で2020年にモデルナを創業します。このとき、モデルナが描いたビジョンは、mRNAの技術によってどんな病気も直すことができる「医療の技術的プラットフォーム」となることでした。mRNAによって体内であらゆるタンパク質を合成できればそれは理論的には可能なことで、もちろん実現すれば、まさに世界を革新することになります。しかし、その実現には技術的に相当高い壁があり、またそれにともなう資金も膨大に必要で、これらを一介のベンチャーがどう乗り越えられるのかが課題になります。

◆技術開発を推し進め、資金を得る方法とは?

まず、この未知の技術の研究開発について、モデルナはケンドール・スクエアという場所に居を構えることでアドバンテージを得ました。ここは、近くにマサチューセッツ工科大学が存在し、またバイオジェンやジェンザイムのような世界でも有数のバイオテクノロジー企業も集まる場所で、開発に有利な人材や情報が集積する場所であり、この地にいることで開発を促進できました。また、未知の技術に莫大なお金を投資してもらうことは、考えるまでもなく大変なことです。ここで大いに手腕を発揮したのが、ステファン・バンセルでした。常任CEOとして引き抜かれた彼は、抜群のプレゼン能力によって、投資家たちから資金を集めました。彼の力と、それを信じて巨大な資金を投じ突ける投資家の存在無くしては、モデルナは新型コロナウイルスワクチンの開発まで存続することはできなかったでしょう。一方、社員に対しては非常に厳しい要求を課す人でもあり、結果的に創業者であるロッシと溝が深まり、ロッシはモデルナを去ることになります。

◆ピンチでの柔軟な方針転換

確実な成果と企業としての成長を見せてきているとはいえ、根幹の治療薬の開発までの道のりはいまだに遠く、創業からもうすぐ5年も経つのに1つの認可された薬もないというピンチのなか、モデルナは一つの大きな手に打って出ます。それは、開発が難しい治療薬のまえに、より成果を出しやすいワクチンの開発に注力するという方針転換です。これには、流石に社内でも反発が起きました。創業のビジョンである「治療薬の開発」に共感して入社したからこその反発ともいえます。彼らの不安を和らげるべく、最高医学責任者のタル・ザクスは映画館を貸切り、社内向けに説明をしました。このとき、「将来起こりうるパンデミックを終息させるためにこの転換は有意義だ」と説明し、そのスライドには「モデルナが世界を救う方法」と書かれていました。これがその後、現実のものとなるのです。

◆上場失敗、これまでかというところで…

この方針転換でモデルナはワクチン開発に注力し、結果的にmRNA技術によるワクチンが有効であることを証明しました。このことが評価されたおかげで、モデルナは追加資金を得ます。この資金をもとに、モデルナはさらなる資金獲得のためにIPOを選択します。しかし、なんとこの上場はうまくいかず、期待外れの市場評価となりました。これはいまだにmRNA技術に対して世間の不安があることの表れでもあり、モデルナに大きな落胆をもたらしました。もうすぐ創業から10年、いまだに治療薬はできておらず、株価も新規公開時の株価を下回る……しかしこの絶体絶命のような状態から、モデルナは真価を発揮します。このすぐ後の2019年末に、新型コロナウイルスパンデミックが世界を襲うのです。

◆崖っぷちから世界を救う大企業へ

まだトランプ元大統領が「事態は完全にコントロール下にある」といっていた時期、バンセルはそうは考えませんでした。「このウイルスは確実に感染拡大を引き起こす」
ここでの新型コロナウイルスワクチンを開発するという決断からワクチン開発からその成功、生産化にいたるまでにも、大企業でないがゆえのいくつもの困難が立ちはだかりましたが、モデルナはこれまでに磨き上げた柔軟性と自身のビジョンの正しさに基づくことで、未来を切り拓き、2020年に新型コロナウイルスワクチンを完成させ、多くの人類の命と、そして自社自身を救うことに成功します。このことにより、mRNA技術の可能性が広く認められたことで、本来のミッションである治療薬の開発の可能性が高まっており、その今後が大いに期待されます。

◆困難な時代を生き抜くためのヒント

本書を読み終えれば、モデルナという企業が、もはや単なる製薬会社ではなく、人類の未来を救う壮大なビジョンを信じて柔軟に突き進む、この時代に必要なマインドセットを備えた、個性的で魅力的な企業へと見え方が変わっているに違いありません。多くの苦難をチャンスに変えてきたモデルナの知恵やマインドがたくさん詰まった本書からは、この激動の時代を生き抜く日本のビジネスパーソンや企業にとって、多くのヒントを得ることができると思います。

(担当/吉田)

 

著者紹介

ピーター・ロフタス(Peter Loftus)

ウォール・ストリート・ジャーナル》紙記者。医薬品・医療機器業界やその他の医療関連の記事を執筆している。二〇二〇年の米国ヘルスケア・ジャーナリスト協会賞のビジネス部門で、新型コロナワクチン開発競争をテーマにした報道が認められ二位を獲得した同紙チームの一員。二〇一六年には、同紙チームの一員として、処方薬の価格高騰に関するシリーズ記事でピュリッツァー賞解説報道部門の最終選考にノミネートされた。

訳者紹介

柴田さとみ(しばた・さとみ)

英語・ドイツ語翻訳家。東京外国語大学国語学部欧米第一課程卒。訳書に、『Moonshot――ファイザー 不可能を可能にする9か月間の闘いの内幕』(光文社)、『しゃべる からだ』(サンマーク出版)、『mRNAワクチンの衝撃――コロナ制圧と医療の未来』(早川書房、共訳)、『約束の地 大統領回顧録1』『マイ・ストーリー』(いずれも集英社、 共訳)など多数。

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