草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

なぜヒトラーのような男が出てきたのか。 『野戦病院でヒトラーに何があったのか』

野戦病院でヒトラーに何があったのか

――闇の二十八日間、催眠治療とその結果

ベルンハルト・ホルストマン 著 瀬野文教 訳

 『帰ってきたヒトラー』という映画が今週公開される。二年前のドイツのベストセラーの映画化である。ヒトラーが現代に現れて、モノマネ芸人として人気者になるという設定らしい。ドイツでは『わが闘争』が禁書から解除されて出版されたらしいし、移民問題に絡んでネオナチ的な活動も盛んになってきた。アメリカ大統領選のトランプ候補の人気ぶりを、ヒトラーになぞらえる人も多い。
 いまだにヒトラーは謎であり、人びとの興味を惹きつけてやまない。本書は2004年にドイツで刊行された本であるが、一部で評価されたものの、本流の研究からは異端視されている。著者は娯楽作品を書いてきた作家で、弁護士である。本書を書き上げた4年後の2008年に89歳でなくなっている。本書の説が異端視されるのも、無理はないと言えるかもしれない。ヒトラーがあんなに異常な人格になったのは催眠治療の結果だというのだから。
 ヒトラーは第一次大戦末期の1918年秋ベルギー戦線で毒ガス攻撃を受けて失明し、ドイツ東部に移送され、パーゼヴァルク野戦病院というところで治療を受ける。この一ヶ月の治療のあいだに「天啓を受けて」「政治家になろうと決意した」と『わが闘争』に書いてあり、彼の転機であった事は、間違いないようだ。
 しかし、ドイツ軍に入るまで定職につかず、ウィーンの街で浮浪者まがいのボヘミアン的生活を送っていたヒトラーが、また軍隊でも「目立たない卑屈なやつ」であったヒトラーが、復員したミュンヘンで急に「目に怒りをたぎらせた大衆煽動家」に突然変身したのはなぜかというのは、おおいなる謎である。
 本書ではパーゼヴァルク野戦病院で治療に当たった精神医学の権威エドムント・フォルスター教授が強引で屈辱的な催眠治療をヒトラーに施し、しかもドイツ革命で混乱する病院に、そのまま放置し帰ってしまった結果、異常な人格が花開き、固定化してしまったというのだ。
 フォルスター教授はヒトラーの診断記録を手記にまとめ、手元に置いておいたが、ヒトラーに嗅ぎつけられ、追い詰められる。パリに持って逃げ、そこで亡命ユダヤ人作家グループにこれを託し、ドイツに戻ってから自殺する。作家たちの一人エルンスト・ヴァイスはフォルスターの手記をもとに『目撃者』という小説(邦訳草思社)を書くが、その後やはりドイツ軍のパリ入城の日に自殺する。ヒトラーはパーゼヴァルクで起こったことを隠そうとしていたらしい。自分がサイコパスであるという診断を下され、根掘り葉掘り質問され、過去の嫌な思い出も全部知られてしまったからだろうか。
 本書はサイコパスと診断された異常な妄想癖の男に、全ドイツが引きづり回されたということを証明しようとしているかのようだが、これはドイツ国民にとっては受け入れがたいことかもしれない。本書の異端視化もこのことに起因しているのだろう。
 混乱の時代に異常な人格の人間が台頭して社会をかき乱す、これは現代にも通用するいましめかもしれない。

(担当/木谷)

著者紹介

ベルンハルト・ホルストマン
1919-2008年。ミュンヘンに中産階級の子弟として生まれる。第二次大戦では国防軍の将校として従軍、大戦末期に反ヒトラー運動に連座して逮捕、釈放ののち最後のベルリン攻防戦に参加、ソ軍に抑留後1946年9月に解放。戦後は法律家、ミステリー作家として活躍。80歳をすぎてから本書の執筆にとりかかった。

訳者紹介

瀬野文教(せの・ふみのり)
1955年東京生まれ。北海道大学独文科修士課程卒。著書に『リヒャルト・ハイゼ物語』(中央公論新社)、訳書に『黄禍論とは何か』『ドイツ現代史の正しい見方』『新訳ヒトラーとは何か』『目撃者』(以上草思社)、『ロスチャイルド家と最高のワイン』(日本経済新聞出版)などがある。

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