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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

「犬の糞」から江戸時代の犬の歴史に迫る珍書! ――『伊勢屋稲荷に犬の糞 江戸の町は犬だらけ』

日本歴史

伊勢屋稲荷に犬の糞 ──江戸の町は犬だらけ

仁科邦男 著

 「江戸に多いもの、伊勢屋稲荷に犬の糞(くそ)」と落語でネタにされるほど、江戸には犬や犬の糞が多かったといいます。なぜ犬は増えたのか? いつから増えたのか? 理想的なリサイクル都市・江戸で、なぜ犬の糞だけが放置されたのか?──
 そんな素朴な疑問を出発点に、江戸時代の犬たちの生態を解き明かしたのが、本書です。  

◆江戸初期、犬は少なかった──犬食い文化と、家康の「餌犬」

 江戸初期の軍学者の記録に、「(江戸には)犬と申すものをほとんど見かけなかった」とあります。理由は二つ。まだ人々が貧しかった当時、犬は貴重な食料で、鍋や吸物、焼き物にして食べてしまっていたからです(体が温まり、薬効もあったとか)。もう一つの理由は、犬は将軍が飼う鷹の餌にされていたことです。鷹狩り好きの家康は、鷹の餌として大量の犬を庶民に供出させていました。江戸初期は、犬にとって過酷な時代でした。

◆綱吉登場──江戸の町犬、大激増と大激減

 犬といえば、5代将軍・綱吉です。生類憐みの令を発し、鷹狩りは中止、犬食いは厳罰、その結果、江戸の町で犬が激増します(その数、10万匹)。文字通り「伊勢屋稲荷に犬の糞」時代の到来です。ところがその後、増えすぎた犬の保護を目的に巨大な犬小屋を現在の中野区に建設し、ほとんどの犬を収容。江戸の町中の犬は「551匹」にまで激減します。犬小屋時代、江戸の町に犬の糞はほとんど見られなかったことになります(綱吉没後、犬小屋の犬は町に開放され、江戸はまた犬だらけに)。

◆吉宗登場──「犬はどこか遠くへ捨てなさい!」

 綱吉没から7年後、吉宗が8代将軍に就任します。この吉宗、祖父の家康を敬慕すること尋常でなく、祖父にならい、鷹狩り復活を宣言。餌犬制度こそ復活させなかったものの、江戸郊外の鷹場の村に対し、「鷹狩りの邪魔になるから犬はどこか遠くへ捨てなさい!」と厳命。その結果、江戸郊外の鷹場の村の犬たちが江戸市街に大流入。江戸の町は犬だらけ、という時代は続きます。ちなみに吉宗時代に狂犬病が長崎に上陸し、江戸でも流行。「犬煩い、多く死す」と記録にあります。しかしそのせいで、江戸の犬が極端に減ることはありませんでした。

◆幕末明治──在来犬滅亡、洋犬時代へ

 幕末、黒船とともに実は洋犬も襲来していました。明治維新後、洋犬至上主義の時代が到来。江戸の町犬たちは無価値なものとして邏卒(巡査)に棍棒で撲殺され絶滅への道を歩むのです(詳細は著者の前著『犬たちの明治維新 ポチの誕生』をご覧ください)。

 

 落語で伊勢屋稲荷に犬の糞、といわれたものの、実際には、時代によって、犬が少なかった時代、多かった時代があったことがわかります。本書では、この犬の通史のほか、「犬死、犬畜生、幕府の犬…なぜ犬はよくいわれないのか!?」「平安時代、犬の糞は天からの警告だった!」など、面白小ネタも満載。犬や犬の糞から江戸時代を読み解く本など、類書はありません。犬好き、歴史好きの方には是非ともお薦めしたい一冊です。 

(担当/貞島)

著者紹介

仁科邦男(にしな・くにお)

1948年東京生まれ。70年、早稲田大学政治経済学部卒業後、毎日新聞社入社。下関支局、西部本社報道部、『サンデー毎日』編集部、社会部、生活家庭部、運動部、地方部などを経て2001年、出版局長。05年から11年まで毎日映画社社長を務める。名もない犬たちが日本人の生活とどのように関わり、その生態がどのように変化してきたか、文献史料をもとに研究を続ける。07年より会員誌『動物文学』(動物文学会発行)に「犬の日本史」を連載中。著書に『犬の伊勢参り』(平凡社新書)がある。

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