草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

『天井桟敷の人々』『勝手にしやがれ』などから20世紀の映画史を俯瞰『山田宏一映画インタビュー集 映画はこうしてつくられる』山田宏一著

山田宏一映画インタビュー集 映画はこうしてつくられる

山田宏一著

 本書は映画評論家・山田宏一氏が19人の映画人にインタビューしているが、そのテーマはさまざまである。まったく無名の人(ルネ・リシティグ=修復・編集、サム・レヴァン=スチールマン・肖像写真家)などから高名なジャン゠リュック・ゴダール(監督)、キム・ノヴァク(ハリウッド女優)などまで多彩である。この19人の人選は偶然的なものであるが、また山田宏一氏の入念な人選でもあるのだろう。『映画はこうしてつくられる』というタイトルには、20世紀の芸術である映画がこうしてつくられてきたという各種スタッフ、俳優、監督、製作者といった多方面からの証言を集めて、できるだけ現場の目で、立体的に浮き上がらせようとする氏の実証的なアプローチ、ドキュメンタリストとしての一貫した手法が見て取れる。そしてそれは成功している。こういう形でしか映画史をとらえることができないのだという優れた方法論である。
 本書で触れられている主なテーマは以下のようなものである。各人がオーバーラップしてふれられている
●ジャン・ルノワール監督の映画づくり(ピエール・ブロンベルジェ=ルノワールの戦前からのプロデューサー、サム・レヴァン=ルノワール映画のスチールマン、ルネ・リシティグ=晩年のルノワール作品の記録・編集)。『大いなる幻影』『ピクニック』など
●『勝手にしやがれ』とゴダールの演出術(ラウル・クタール=『勝手にしやがれ』ほかゴダール映画のキャメラマン、ジャン゠ポール・ベルモンド=『勝手にしやがれ』の主演俳優、アンナ・カリーナ=初期のゴダール映画の主演女優・元夫人、ピエール・ブロンベルジェ=初期のゴダール映画のプロデューサー・発掘者の一人、サミュエル・フラー監督=『勝手にしやがれ』のゲスト出演者)。『女は女である』『はなればなれに』など。
●名作『天井桟敷の人々』はどのようにつくられたか(マルセル・カルネ=『天井桟敷の人々』の監督、アレクサンドル・トロ―ネル=『天井桟敷の人々』の美術監督)
●フランソワ・トリュフォー監督の映画づくり(クロード・ミレール監督=トリュフォーに心酔する監督、マドレーヌ・モルゲンステルヌ=元トリュフォー夫人、シャルル・アズナヴール=『ピアニストを撃て』の主演俳優、ピエール・ブロンベルジェ=トリュフォーの初期の映画のプロデューサー・発掘者の一人)『大人は判ってくれない』『ピアニストを撃て』など。
●左岸派やヌーヴェルヴァーグ周辺の人びと(アラン・レネ=いわゆる左岸派の代表格の監督、ルイ・マル=少し上の世代のヌーヴェルヴァーグの先駆け監督、クロード・ルルーシュ=少し下の世代の監督)『死刑台のエレベーター』『二十四時間の情事』など。
●ニコ・パパタキスがやっていたサンジェルマンデプレのミュージックホールの思い出(イヴ・ロベール=俳優・監督、マルセル・カルネ監督、ルイ・マル監督などがボリス・ヴィアンや、ジャック・タチなどが出ていたアヴァンギャルドな店の雰囲気と1950年代のパリの文化シーンを語る)
他にも話題はたくさん出てくるが20世紀の映画の歴史を画した名作たち『大いなる幻影』『天井桟敷の人々』『勝手にしやがれ』などが語られることで映画づくりの変遷が期せずしてよく見えてくる。
もはや21世紀の映画は別のものに変質して新たな位相に達しているかもしれない。ただ20世紀に発展した映画の表現はいまだ古典としての価値を持っている。本書は「映画とは何か」「映画づくりとは何か」の本質へ真っ直ぐに向かっていく著者の長編評論として読んでいただきたい。これだけ意を尽くしたインタビューは本国フランスにもないと思う。

(担当/木谷)

著者紹介

山田宏一(やまだ・こういち)

映画評論家。1938年、ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語科卒業。1964年~1967年、パリ在住。その間「カイエ・デュ・シネマ」誌同人。著書に『[増補]友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』『〔増補]トリュフォー、ある映画的人生』『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』『ハワード・ホークス映画読本』『ヒッチコック映画読本』『映画とは何か』『何が映画を走らせるのか?』『森一生 映画旅』(山根貞男と共著)『キン・フー武侠電影作法』(宇田川幸洋と共著)『ヒッチコックに進路を取れ』(和田誠と共著)『ジャック・ドゥミ&ミシェル・ルグラン シネマ・アンシャンテ』(濱田高志と共著)など。訳書に『〔定本〕映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(蓮實重彦と共訳)など。1987年、フランスより芸術文化勲章シュバリエ受勲。1991年、第1回Bunkamuraドゥマゴ文学賞(『トリュフォー、ある映画的人生』に対して)。2007年、第5回文化庁映画賞(映画功労表彰部門)。2017年、第35回川喜多賞受賞。

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現在の文明はどのような形で崩壊するのか? フランスでベストセラーとなった警世の書! 『崩壊学 人類が直面している脅威の実態』パブロ・セルヴィーニュ/ラファエル・スティーヴンス著

崩壊学ーー人類が直面している脅威の実態

パブロ・セルヴィーニュ著 ラファエル・スティーヴンス著 鳥取絹子訳

 異常気象を伝えるニュースで「数十年に一度の」というフレーズが頻繁に使われ始めたのはいつごろからでしょうか。いまや異常が「通常」となった感もありますが、この現象は日本にとどまりません。昨年から今年にかけてヨーロッパ各地でも熱波や豪雨、洪水が頻繁に起こり、多くの人々が地球の歯車が狂いだしたのでないかという危惧を抱くようになりました。2015年にスイユ社より刊行されていた本書に注目が集まり、フランスでベストセラーに躍り出た背景には、そのような背景があります。
 この本の原題は“Comment tout peut s’effondrer:Petit manuel de collapsologie à l’usage des générations présentes”で、直訳すれば「こうしてすべてが崩壊する:現世代のための崩壊学ハンドブック」という意味になります。「崩壊学(collapsologie/コラプソロジー)」というのは、著者たちの造語で、私たちの現代文明が近い将来(現世代が生きているあいだ)に崩壊する可能性が高いことを膨大なデータや指標もとに予測し、その前提の上に立って対応策を考えようとする学際的な学問です。著者は「崩壊」について「人口の大半に(法的な枠組では)衣食住やエネルギーといった生活必需品が供給されなくなるプロセス」であると定義しています。
 私たちの危機意識は異常気象にじかに結びつく地球温暖化に向けられがちですが、本書では地球温暖化の問題にとどまらず、エネルギーの枯渇(とくにオイルピークの問題)、人口問題、金融システムの脆弱性、生物多様性の喪失……といったさまざまな角度から、私たちが直面している危機の実態を明らかにしています。本書には数多くの驚くべき指摘がありますが、特に衝撃的なのは、仮に人類が現在抱えている問題を克服できる新技術を生み出すことができても、現在の肥大化した社会システムにおいては、社会学でいう「ロック・イン現象」が働いて改革が進まない、という指摘です。たとえ再生可能エネルギーに可能性が見えても、それによって莫大な資金が投資されて運営されている石油精製施設や原子力関連施設を放棄することはできない、ということです。
 過去にも栄華を誇った多くの文明が崩壊の時を迎えましたが、それはいずれも「ある地域」に限定された出来事でした。ですが、今日の世界は「グローバルなシステム系リスク」によって覆われていて、供給や物流のささいな断絶ですら巨大なドミノ現象を引き起こされる可能性があります。非常事態が避けられないのであれば、それをどう「人間的に切り抜ける」かを考えるべきだというのが著者たちの主張で、その点で本書はいわゆる終末論とは一線を画しています。危機を足掛かりにどう「より良い未来」を構築できるか。私たちは何から変えていけばいいのか。これからの時代を生きるすべての方に読んでいただきたい一冊です。

(担当/碇)

著者紹介

パブロ・セルヴィーニュ

1978年ヴェルサイユ生まれ。農業技師で生物学博士。崩壊学とトランジション、環境農業、相互扶助の専門家。著書に『危機の時代のヨーロッパで食を供給する』(未訳、2014年)などがある。

ラファエル・スティーヴンス

ベルギー出身。環境コンサルタント。社会環境システムのレジリエンスの専門家。環境問題の国際的コンサルタント組織「グリーンループ」の共同創設者。

訳者紹介

鳥取絹子(とっとり・きぬこ)

翻訳家、ジャーナリスト。主な著書に『「星の王子さま」 隠された物語』(KKベストセラーズ)など。訳書に『私はガス室の「特殊任務」をしていた』(河出文庫)、『巨大化する現代アートビジネス』(紀伊國屋書店)、『地図で見るアメリカハンドブック』『地図で見る東南アジア』『地図で見るアフリカ』(以上、原書房)など多数。

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「大陸への雄飛」という禁断感情が解かれるとき。 『旅行ガイドブックから読み解く 明治・大正・昭和 日本人のアジア観光』小牟田哲彦 著

旅行ガイドブックから読み解く 明治・大正・昭和 日本人のアジア観光

小牟田哲彦 著

 本書は戦前から現在まで大量に刊行された外国おもにアジアへの旅行ガイドブックを丹念に読み解いた本で、旅行や鉄道の愛好家である著者が紙上旅行を企てているかのように読むことができる。実に楽しげであり、宮脇俊三の紀行エッセイ研究家ならではの面白さに満ちている。どんなところに泊まってどんなものを食べるか。汽車や船を乗り継いでどこまで行けるか。通貨や言語はどうするか。そういった鉄道・旅行マニアの最大の関心事によく焦点が合わさっており、戦前の中国大陸の緊迫した歴史情勢にはあまり関心がないようでもある。
実はそこがかえって面白いのである。本書の面白さのいちばんの点はこの類書には見られない、言ってみれば無邪気ともいえる叙述や分析の面白さである。
「キーセン観光」や「日露戦跡ツアー」に触れることは今やタブーであり、「ハルピンのロシアダンサー」にも配慮しなくてはならない。華北を抑えていた日本軍の軍政下で観光旅行はどのようにできたか、通貨やパスポートはどうなっていたかなどは、歴史学者はあまり教えてくれない。いまだにのっぴきならない政治的な問題が絡んでいるからである。ところが本書の著者はきわめてそういった事象にはニュートラルであり、闊達である。もう戦後は終わったのではないかという古くからある言葉を思い出す。
 金正恩は先日のハノイ会談の時、平壌からベトナムのドンダンまで鉄道で移動した。著者はこのルートを実際に全行程乗っているそうである。4000キロ、65時間、二日半かかる長距離をなぜ金正恩は鉄道で移動したのかはいまだに謎であるが、そのこととは直接関係なくとも、鉄道マニアはこの移動した鉄道の路線と乗り換え、列車や軌道のことには関心があるのである。戦前の朝鮮や満州、北支などにあった日本の鉄道にはいまだに使われているものもあり、歴史の継続性に気づかされる。
 日本人が明治・大正・昭和の時代に「大陸への雄飛」なり「アジアの解放」なりを叫んで出て行った大陸にどんな地理感覚を持っていたか、旅行感覚を抱いていたかを知るためには格好の本である。戦後日本人は内地に逼塞してアジアへのかかわりを持たないできたが、
もっと大らかに世界を見ることを思い出させてくれる一書でもある。

(担当/木谷)

著者略歴

小牟田哲彦(こむた・てつひこ)

昭和50年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒業、筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻博士後期課程単位取得退学。日本及び東アジアの近現代交通史や鉄道に関する研究・文芸活動を専門とする。平成7年、日本国内のJR線約2万キロを全線完乗。世界70ヵ国余りにおける鉄道乗車距離の総延長は8万キロを超える。平成28年、『大日本帝国の海外鉄道』(東京堂出版)で第41回交通図書賞奨励賞受賞。ほかに『鉄馬は走りたい―南北朝鮮分断鉄道に乗る』(草思社)、『鉄道と国家―「我田引鉄」の近現代史』(講談社現代新書)、『去りゆく星空の夜行列車』(草思社文庫)など著書多数。日本文藝家協会会員。

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紙の本が優れているのは「畏怖」の感情があるからだ 『なぜ本を踏んではいけないのか』齋藤孝 著

なぜ本を踏んではいけないのか

人格読書法のすすめ

齋藤孝 著

 本書はこれまで読書術や古典のすすめなどをたくさん書いてきた著者の書物への愛情と紙の本の消滅への危機感から書かれた本である。
 去年の大学生協の調べでは一か月に一冊も本を読まない学生の割合が50%を超えたという。また大手出版社の電子書籍の売り上げが全体の30%に達したという。この二つは別々のことかもしれないが、どこかでつながっているのではないか。紙の本の消滅と電子化の進展は読書という習慣の衰退と軌を一にしているとも考えられる。著者の思想や考えを文字で記録し、紙に印刷して綴じた冊子状の書物は、教育や学習にとてもよく合致して効率的であり、近代にいたる人間の知的進歩の根幹を担ってきた。
 本には人類が継承してきた貴重な知識や知恵がたくさん詰まっていたので、極めて貴重なものとして保存され、取引され、大事にされた。若者が読書に関心を持たなくなり、本を粗末に扱うような風潮が生まれたのは、本が大量に安価に出版され、ブックオフ的な流通が生まれ、パソコン上でデータ化されて来たことと無縁ではない。何が重要で何が重要でないかが判然とせず、すべて価値の平準化が起こり、過剰にあふれた情報とやらが一切を押し流しているかのようだ。
「本をなぜ踏んではいけないのか」という著者の問いは、要するに本はその著者の人格と同じだから踏むことは失礼にあたるし、教えを乞う姿勢ではないから読者はそこから何も学べないということである。一つの単体としての紙の本がそこにあり、手触りを持った紙やインクの風合いを含めて味わうことが読書の効果を上げることにもつながるといっているが、それだけではない。畏怖という感情、畏れかしこまるという感情や偉大な人格や言葉への尊敬が失われてはならないということである。
 本書に秦の始皇帝の焚書坑儒やナチスの焚書のエピソードが出てくるが、最近までドイツでは逆にヒトラーの「我が闘争」は禁書であったし、戦後の日本は「閉ざされた言語空間」でもあった。現代の中国では「天安門事件」はいまだに禁句である。巨大なデータ管理によって一律的に言論統制ができてしまう近未来のほうが、10冊、20冊の紙の本によって、貴重な言論や記録をかろうじて伝えてきたやり方よりなぜ優れているのか、本書が問いかけているのはそのことでもある。

(担当/木谷)

著者略歴

齋藤孝(さいとう・たかし)

1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『宮沢賢治という身体』(世織書房、宮澤賢治賞奨励賞)『身体感覚を取り戻す』(日本放送出版協会、新潮学芸賞)『声に出して読みたい日本語』(草思社、毎日出版文化賞特別賞)など多数。近著に『語彙力こそが教養である』(角川書店)『こども孫子の兵法』(日本図書センター)『こども論語』『こども故事成語』(草思社)がある。NHK・ETV「にほんごであそぼ」総合指導など、マスコミでも活躍中。

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救われた一言、気づきをくれた一言……言葉をめぐる経験をやわらかな筆致で綴った心温まるエッセイ 『希望はいつも当たり前の言葉で語られる』白井明大 著

希望はいつも当たり前の言葉で語られる

白井明大 著

 本書は、沖縄を拠点に精力的な創作活動を展開している詩人・白井明大が、これまでの人生行路の中で出会った「自分の支えとなった言葉」「気づきをくれた言葉」について綴ったエッセイです。
 たとえば、元上司から届いた年賀状に書き添えてあった「焦らず、着実に」という一言であったり、友人がふと口にした「手を抜かずにやっていれば、誰かが見ていてくれる」という一言であったり、言葉そのものはいずれもいたって平凡なのですが、そういう言葉が、先の見えない暗闇の中でもがいていた若き日の著者に大きな勇気を与え、立ち上がる力を授けました。司法浪人としての日々に終止符を打ち、二十代後半になってやっと社会人としての歩みをはじめて悪戦苦闘する著者には、実感のこもった「当たり前の言葉」が希望のともしびになったのです。
 「希望というのは、夢や成功にじかに結びつくものというよりも、むしろいまの難所をどう切り抜けるか、どうしたらこのドン底の苦境から脱け出せるか……といった抜き差しならない実際問題の迷路をさまよっているときに、こっちだよ、と道を知らせる星明かりのようなものだった」と著者は書いています。そして、「そんな希望は、時に誰かがくれた言葉という姿で、ぼくの前に現れた」のです。
 本書をお読みいただければ、言葉というものが時と場合によって計り知れない力を持ちうるのだということが、おわかりいただけると思います。「あきらめないで」「好きなことを大事に」「締切を守ること」「けなすのは簡単」「夜明け前がいちばん暗い」「気をつけていらしてください」……。何の変哲もないシンプルな言い回しであっても、そこに血の通った思いが込められている言葉は、時に誰かの支えになり、絶望の波を押し返す防波堤にもなりうるのです。
 この本が、これから新しい人生の節目を迎え、未知のフィールドを歩んでいく読者に、なんらかのヒントを手渡すことができたら、これにまさる喜びはありません。

(担当/碇)

著者紹介

白井明大(しらい・あけひろ)
詩人。1970年東京生まれ、横浜育ち。司法浪人から書店アルバイトを経て、27歳でコピーライターとして就職。以後、会社を転々とし、2001年よりフリーランスとして活動。2002年、ホームページ「無名小説」で詩を発表しはじめる。2004年、第1詩集『心を縫う』(詩学社)を上梓。2011年、沖縄へ移住。2012年に刊行した『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』が静かな旧暦ブームを呼び、30万部のベストセラーに。2016年、『生きようと生きるほうへ』(思潮社)が第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。詩集に『歌』(思潮社)、『島ぬ恋』(私家版)など。ほか『一日の言葉、一生の言葉』(草思社)、『季節を知らせる花』(山川出版社)、『島の風は、季節の名前。旧暦と暮らす沖縄』(講談社)など著書多数。

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公表する意図のなかった個人的日記に記録された百年前の日本人の実像 『アインシュタインの旅行日記』アルバート・アインシュタイン著

アインシュタインの旅行日記
ーー日本・パレスチナ・スペイン
アルバート・アインシュタイン 著 ゼエブ・ローゼンクランツ 編 畔上司 訳

 本書は二〇一八年にプリンストン大学出版局によって刊行された“The Travel Diaries of Albert Einstein:The far East, Palestine & Spain 1922-1923 ”の全訳です。アインシュタインが一九二二年十月から翌年三月までの間に日本とパレスチナ、そしてスペインを旅した際の日記が全編網羅されているだけでなく、本人が旅先から出した書簡や葉書、旅行中に各地で行なったスピーチ原稿なども収録されています。
 当時すでに世界的な名声を得ていたアインシュタインを日本に招聘したのは、数年後に「円本」を考案してブームを巻き起こすことになる改造社の社長・山本実彦で、二万ポンド(当時のレートで一万五千円強)という条件を提示して、「長いあいだ極東の人々の文化に関心を抱いていた」アインシュタインを極東に招くことに成功しました。アインシュタインがノーベル賞(物理学賞)受賞の知らせを受けたのは、じつはこの旅の途中の上海でのことなのですが、興味深いことにアインシュタインはノーベル賞について、自身の日記の中でまったく触れていません。
 本人に公表する意図がまったくなかったという事情もあり、この旅行日記においてアインシュタインは筆のおもむくままに各国の国民性について描写しています。たとえば途中で寄港した中国においては、「子どもたちでさえ無気力だし、鈍感に見える。もしこうした中国人が他の全人種を駆逐することになったら残念だ」と記すなど、その筆致はまことに手厳しいものがあり、差別的でもあります。それは本書の編者が指摘するように「知性に関するアインシュタインの明白なエリート意識」の表れであったのかもしれませんが、特筆すべきは、六週間にわたって滞在した日本についてはきわめて好意的な記述が多い、という点です。
「自分に課された役割を何の気取りもなく喜んで果たしているが、連帯感と国家には誇りを抱いている」「簡素で上品」「自然と人間が、ここ以外のどこにもないほど一体化しているように思える。この国から生まれるものはすべて愛くるしくて陽気で、決して抽象的・形而上的ではなく、常に現実と結びついている」「皮肉や疑念とはまったく無縁……純粋な心は、他のどこの人びとにも見られない。みんながこの国を愛して尊敬すべきだ」
 といった日記中の記述のほかに、息子たちに宛てた手紙や、友人の物理学者ニールス・ボーアへの手紙にも日本人の謙虚さ、責任感の強さなどへの称賛の言葉が並んでいるのです。二十世紀を代表する科学者が観察し、書き残した百年前のこの国の人々の姿は、「日本人とは何か」を考えるための格好の材料になるのではないでしょうか。

(担当/碇)

著者略歴

アルバート・アインシュタイン

ドイツ生まれの理論物理学者。1879年3月14日生まれ。チューリッヒ工科大学を卒業後、ベルンで特許局技師として働きながら研究を続け、1905年に特殊相対性理論など画期的な3論文を発表。1916年には一般相対性理論を発表。1921年度のノーベル物理学賞を受賞。この時期から世界各国を訪問するようになり、1922年~1923年に訪日。ナチス政権の成立にともないアメリカに逃れ、以後はプリンストン高等研究所を拠点に研究を続ける。1955年4月18日死去。「20世紀最高の物理学者」「現代物理学の父」等と評される。

編者略歴

ゼエブ・ローゼンクランツ

カリフォルニア工科大学アインシュタイン・ペーパー・プロジェクトのアシスタントディレクター。メルボルン出身。ヘブライ大学のアルバート・アインシュタイン・アーカイブと共同でアインシュタイン・アーカイブ・オンラインを設立。著書に“Einstein Before Israel: Zionist Icon or Iconoclast?”(未邦訳)などがある。

訳者略歴

畔上司(あぜがみ・つかさ)

1951年長野県生まれ。東京大学経済学部卒。ドイツ文学・英米文学翻訳家。共著に『読んでおぼえるドイツ単語3000』(朝日出版社)、訳書に『5000年前の男』(文藝春秋社)、『ノーベル賞受賞者にきく子どものなぜ?なに?』(主婦の友社)、『エンデュアランス号 シャクルトン南極探検の全記録』(ソニー・マガジンズ)、『アドルフ・ヒトラーの一族』(草思社)などがある。

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文藝春秋が刊行していたオピニオン誌『諸君!』(1969年創刊、2009年休刊)の元・編集長による一読驚嘆の回想 「『諸君!』のための弁明」仙頭寿顕著

『諸君!』のための弁明

ーー僕が文藝春秋でしたこと、考えたこと

仙頭寿顕 著

 本書は文藝春秋で長年『諸君!』の編集にたずさわり、編集長時代には同誌の最大部数を達成した著者による回顧録です。松下政経塾の塾生だった1983年に「塾外研修」として『諸君!』編集部で働きはじめ、社員として文藝春秋に正式入社後も『諸君!』を中心にキャリアを重ねてやがて編集長に就任……という著者は、ある意味で「ミスター諸君」ともいうべき人物です(そのように評した執筆者がいたという逸話もあります)。
 本書では、昭和・平成の論壇史を彩ってきた個性あふれる執筆者たちとの蔵出しエピソードはもちろんのこと、文藝春秋という会社のカルチャーや、その変容についてもきわめて率直に記されています。
 1969年に創刊され、その後休刊になる2009年まで、その際立った批評精神と闘争心で多くの読者を惹きつけてきた雑誌『諸君!』について、著者はライバル誌を引き合いに出して《『諸君!』は『正論』でも『新潮45』でもないけど『自由』ではあるかも》とユニークな定義づけをしています。
 雑誌『自由』は『諸君!』の創刊時にモデルにされたともいわれる雑誌で、その名の通り真の意味でのリベラルな精神を宿した媒体でした。現在のようにネットがなかった時代に、新聞・テレビといった大メディアがつくりだす有無を言わせぬ空気に対して物申すことができた数少ない媒体が『自由』であり、『諸君!』でした。その「異議申し立て」の具体的な事例についてはぜひ本書をお読みいただきたいと思いますが、『諸君!』が朝日新聞を筆頭とする主流メディアに対して戦闘的でありつづけたのは、それらのメディアが旧ソ連邦や、北朝鮮、共産中国といった個人の自由を抑圧する全体主義国家のプロパガンダに加担する報道を繰り返していたからにほかなりません。
 《大新聞などが、戦前の軍部のようにみずからへの批判を許さない「検閲機関」のように居丈高になっていたときに、週刊誌や月刊誌が細々と異論を提示したからこそ、日本の言論の自由は守られてきた》と著者は書いています。その「反・大勢」の旗手であったはずの雑誌ジャーナリズム、あるいは文春ジャーナリズムがすっかり変質してしまったのではないか、というのが本書に通底する危機意識です。いままさに存亡の危機にある雑誌メディアを考える上でも、本書は必読の一冊といえます。
(担当/碇)

著者紹介

仙頭寿顕(せんとう・としあき)

1959年(昭和34年)、高知県安芸市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業後、1982年に松下政経塾に入塾(第三期生)。その後、1984年7月に株式会社文藝春秋に入社。『諸君!』編集長、出版局編集委員などを歴任。2016年9月に文藝春秋を退職し、ワック株式会社に移る。現在、「歴史通」および書籍編集長。松下政経塾塾友・塾員。文藝春秋社友。いくつかのペンネームによる執筆活動・著作がある。「江本陽彦」名義で雑誌『自由』に1986年4月号より「読書日記・私のための読書遍歴」を長期連載。その一部を志摩永寿名義で『本の饗宴・新保守の読書術』(徳間書店)として刊行。そのほかにも、里縞政彦名義で『20世紀の嘘:書評で綴る新しい時代史』(自由社)、城島了名義で『オーウェル讃歌:「一九八四年への旅路』『歪曲されるオーウェル:「一九八四年」は何を訴えたのか』『オーウェルと中村菊男:共産主義と闘った民主社会主義者』(いずれも自由社)などを著している。読書ブログでは政治から風俗モノまでの書評コラムをほぼ毎日連載・更新中。

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