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ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

人はどのように死んできたのか。『死因の人類史』アンドリュー・ドイグ 著 秋山勝 訳

死因の人類史

アンドリュー・ドイグ 著 秋山勝 訳

有史以来のさまざまな死因とその変化の実相を
科学的・歴史的・社会的視点から検証した壮大な “死” の人類史。

14世紀イタリア・シエナ、黒死病が覆いつくす(本文より)

 1347年、当時、シエナは中央イタリアでも屈指の豊かさを誇った都市国家のひとつで、町の繁栄は金融業と羊毛業、そして強固な軍隊によって支えられていた。
 靴職人で徴税人でもあったアニョーロ・ディ・トゥーラは、1300年から1351年にかけてシエナの町で何が起きていたのかを記した年代記を書き残している。
1348年1月、ピサの港からイタリア中部のトスカーナ地方に波及した黒死病(ペスト)は、2カ月後にはピサからフィレンツェに伝わり、そこから南下してシエナにまで広がった。ディ・トゥーラは次のように書いている。
「5月になると、シエナでも大勢の人間が亡くなった。凄惨を極めた恐ろしい光景だった。犠牲者は即死と思えるほどあっという間に死んでいった。脇の下や腿の付け根を腫らしながら、話している最中に崩れ落ち、そのまま息を引き取っていた。父親は子供を、妻は夫を見捨て、兄弟は親を同じくする同胞を置き去りにした」
 死者の数は天井知らずに増え、当たり前の葬儀さえできない。葬ろうにも埋葬する人間がいなかった。遺族は亡骸を溝に投げ入れるか、集団墓地に運んでいったが、死者の多くは典礼をつかさどる司祭もいないまま埋葬された。
 ディ・トゥーラは、シエナとその近郊で住民の4分の3、つまりわずか5カ月で約8万人が死亡したと推定している。シエナの社会は崩壊した。
(序章「シエナの四騎士」より)

人の死に方には、その時代・社会の人間の生きざまが反映されている
死因の変化を追いかけることで世界史の見え方が変わる

 人類の歴史において「死因」は変化しつづけてきた。現在、先進諸国の平均寿命は80歳を超え、おもな死因は心疾患、脳血管疾患、ガン、認知症などが占めるが、100年前には平均寿命は約50歳、主要な死因は結核、インフルエンザ、肺炎などの感染症だった。中世には飢饉、ペスト、出産(産褥熱)、戦争が多くの生命を奪い、旧石器時代は暴力や事故による死に覆われていたという。
 次々と襲いかかる「死」に、人びとはどのように向き合い、克服してきたのか。飢餓や疫病はどのように乗り越えられたのか。さらに、遺伝子改変で人の寿命はどこまで延びるのか。最新のデータをもとに歴史的、科学的に検証しつつ、背景にある社会、経済、政治、宗教や文化などの変化と影響を分析し、死因から世界史を読み解く人類史。

(担当/藤田)

 

本書目次より

序章 シエナの四騎士
黒死病の大流行/十九世紀半ばを境に感染症の激減

第Ⅰ部 さまざまな死因

第1章死とは何か?
延命処置の中止/生きたまま埋葬という恐怖/死の定義は脳死/脳死判定の難しさ
第2章『死亡表に関する自然的および政治的諸観察』
ロンドンの「死亡表」/生命保険料の算出に不可欠な「生命表」の原型/疾病分類の標準化/不自然な死の場合
第3章「長寿と繁栄を」
平均寿命のトップは日本/古代ギリシアの男性・女性の死亡年齢/ローマ帝国市民の高い死亡率/中世の平均寿命は30歳から40歳/フランスは二○○年で平均寿命が二倍以上/低出生率・低死亡率社会への移行/世界が日本のような人口動態に変化していく/国の豊かさと国民の健康

第Ⅱ部 感染症

第4章 黒死病
狩猟採集から農業への転換が災難をもたらす/新石器時代の死因はもっぱら感染症/「ユスティニアヌスの疫病」/腺ペスト、肺ペスト、敗血症型ペスト/ヨーロッパの人口の60%が死亡した黒死病/ペストの蔓延を食いとめる検疫システム/ペスト菌の発見/ペスト菌のDNA配列の解析/考古学に革命をもたらしたDNA解析/現在でもペスト菌は根絶されていない
第5章 ミルクメイドの手
ファラオにも天然痘の傷跡/免疫を獲得させる「人痘法」/ジェンナーの種痘発見から天然痘の根絶宣言まで二〇〇年/戦争によって世界中に拡大した「スペイン風邪」
第6章 スラム街の発疹チフスと腸チフス
劣悪な環境のスラム街の住居/リバプールの感染症対策
第7章 青い恐怖
コレラ菌は塩水を好む/共同給水場の汚染された水が原因/コレラは人間以外には感染しない
第8章 産みの苦しみ
直立歩行が人間の出産を危険なものにした/医師や助産婦が産褥熱の感染ルート/医師こそ災いと訴えた産科医/産褥熱は姿を消した
第9章 死をもたらす生き物
寄生虫撲滅計画/パナマ運河建設の最大の敵はマラリアと黄熱病/蚊を退治することがマラリア撲滅につながる/遺伝子を組み換えた蚊を放つ
第10章 魔法の弾丸
「細菌説」によって導入された基本的な衛生対策/細菌を殺し人間の細胞は殺さない薬

第Ⅲ部 人は食べたものによって決まる

第11章 ヘンゼルとグレーテル
飢饉の引き金は凶作と自然災害/極度の飢餓は人間から社会性を奪う/農業革命による飢饉の回避/毛沢東が引き起こした大飢饉/ドイツ国民を飢えさせた海上封鎖/北朝鮮の国民の40%が飢餓状態/飢餓を回避する方法
第12章 『壊血病に関する一考察』
十八世紀後半、アメリカと西ヨーロッパは飢餓から抜け出した/食事の三位一体/船乗りを苦しめた壊血病/レモン汁がトラファルガー海戦の勝利をもたらす/ビタミンCを合成できないヒトの遺伝子/人類はビタミン不足による病気に悩まされてきた
第13章 ヴィーナスの肢体
第二次世界大戦以降、肥満者の急増/クウェートの肥満対策は胃の切除/脂肪をため込んで航海を生き延びる/肥満の遺伝的変異/肥満が引き起こす病気/甘い物への偏愛/沖縄の百寿者と「腹八分目」

第Ⅳ部 死にいたる遺伝

第14章 ウディ・ガスリーとベネズエラの金髪の天使
遺伝子疾患の治療は可能か/ハンチントン病で亡くなったフォークシンガー/遺伝子の変異で引き起こされるハンチントン病/優性遺伝で起こる遺伝性疾患/ベネズエラの「金髪の天使」/原因遺伝子の発見
第15章 国王の娘たち
モルモン教の一夫多妻のコミュニティー/近親婚による遺伝性疾患/フランス系カナダ人の多くは「国王の娘たち」の子孫/血友病の遺伝子を受け継ぐビクトリア女王の子孫たち
第16章 アウグステ・Dの脳
アルツハイマー病の早発型と晩期発症型/DNAの塩基配列の解析/ヒトのDNAを編集・改変する/遺伝子改変の倫理上の問題
第17章 生まれる前の死
受精の複雑なプロセス/常染色体が余分に存在するダウン症/染色体異常から除外されるXとYの性染色体/死因のトップは受精卵の着床の失敗

第Ⅴ部 不品行な死

第18章 「汝殺すなかれ」
最古の集団殺戮/暴力による死亡/正義を実現するハンムラビ法典/個人にかわって国家が正義を執行する/みずからの命を奪う人間/「電話の神サマリタン」
第19章 アルコールと薬物依存
ロシアの男性の早死にはウォッカ/五〇〇〇年前のワインの甕/ビール醸造の女神ニンカシ/ウォッカの税収は国家の貴重な財源/ヒトの祖先はアルコールの分解酵素を進化させてきた/健康に対するアルコールの影響/アルコール依存症/アルコールとタバコはほかの違法薬物より有害
第20章 鼻を突く黒い煙
「コロンブス交換」でヨーロッパにもたらされたタバコ/奴隷州に変えたタバコ産業の需要/タバコ会社のマーケティング・キャンペーン/若者をターゲットにした「キャメル」/喫煙が肺ガンのリスクを高めることが判明/喫煙に対する社会の圧力
第21章 『どんなスピードでも自動車は危険だ』
大衆車T型フォードの出現/「死を招くアメリカの欠陥自動車」/車の設計改善と運転免許試験の実施/法規制による安全性の向上/交通事故による死亡者数

結び 明るい未来は待っているのか?
死因の変化/人口減少が破滅を回避する/Ⅱ型糖尿病と認知症による死亡の増加/遺伝子改変で加齢を克服する可能性/AIのデータ解析で病気の早期発見/脳以外のすべての臓器を取り替える

 

著者紹介

アンドリュー・ドイグ

マンチェスター大学生化学教授。ケンブリッジ大学で自然科学と化学、スタンフォード大学医学部で生化学を学んだのち、1994年にマンチェスター大学の専任講師に就任、以来現職にある。研究対象は計算生物学、神経科学、認知症、発生生物学、タンパク質など多岐にわたり、とくにアルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病を専門としている。これまで100本以上の論文を発表、計6000回以上引用されている。アルツハイマー病の創薬研究から2社のバイオテクノロジー企業を設立。研究論文や百科事典、書籍や教材の執筆経験も豊富でいずれも高い評価を得ている。本書は初の一般読者向けの著書として書かれた。

訳者紹介

秋山勝(あきやま・まさる)

翻訳者。立教大学卒。日本文藝家協会会員。訳書にコヤマ、ルービン『「経済成長」の起源』、ホワイト『ラザルス』、サウトバイ『重要証人』、ミシュラ『怒りの時代』、ローズ『エネルギー400年史』、バートレット『操られる民主主義』(以上、草思社)、ウー『巨大企業の呪い』、ウェルシュ『歴史の逆襲』(以上、 朝日新聞出版)など。

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五七五音の定型にどう収めるか。名句を例に楽しく解説。『俳句講座 季語と定型を極める』岸本尚毅 著

俳句講座 季語と定型を極める

岸本尚毅 著

 既刊『音数で引く俳句歳時記』が俳人の間でひそかに愛用されている。1音から25音までの季語を音数ごとにまとめた歳時記は今までなかった。五七五音の定型に収めるために、これがいかに画期的な歳時記かは俳句に親しんだ人なら理解いただけると思う。本書はこの歳時記の姉妹編として書かれた本で、歳時記・徹底活用法ともいえる内容である。
 俳句講座第1講は「『定型』感という快感」で、久保田万太郎の秀句、
「ばか、はしら、かき、はまぐりや春の雪」
の引用から始まる。これは貝の名前「ばか貝、貝柱、牡蠣、ハマグリ」を並べて春の宵に飲む酒の肴の感興を詠んだものである。(久保田万太郎は食べ物にまつわる名句が多く、「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」が有名である)。
 この冒頭の「貝」の句は五七音に並べるためには、この順序でなければならない。日本語特有の五七音の心地よさ、俳句がなぜ五七五音なのか、というところから本書は始まる。(憲法の条文の文章から説明している。)
 俳句を作るとき、五七五音の音律をどう作るか、はみ出したらどう収めるか、季語のバリエーションを心得ていて、音数の調整に季語をどう使うかなどが例句を用いて語られていくのが本書の本筋である。問い答え形式なので大変読みやすい。特筆すべきは、困ったときにどうするかを、代替例をあげて、複数の選択肢から最善の形を探る手順が解説されていることで、読者は著者・岸本尚毅という一流俳人による自作の推敲の手順を見ることになるのが勉強になる。
 もう一つは著者の取り上げる例句の面白さ、多彩さである。例えば、「死骸(なきがら)や秋風通う鼻の穴」飯田蛇笏。この句の凄惨さとア音の母音を並べたあっけらかんとした感じが異様な風趣を感じさせる、などの指摘がなされているが、この種の引用が随所に見られる。名句アンソロジーとしても十分に楽しめる内容と言っていいだろう。
 本書は、いまもっとも役に立つ俳句実用書であり、また面白い俳句案内になっている。

(担当/木谷)

 

著者紹介

岸本尚毅(きしもと・なおき)

俳人。1961年岡山県生まれ。『「型」で学ぶはじめての俳句ドリル』『ひらめく!作れる!俳句ドリル』『十七音の可能性』『文豪と俳句』『室生犀星俳句集』など編著書多数。監修本に本書の姉妹編『音数で引く俳句歳時記・春、夏、秋、冬+新年編』がある。岩手日報・山陽新聞選者。俳人協会新人賞、俳人協会評論賞など受賞。2018・2021年度のEテレ「NHK俳句」選者。角川俳句賞等の選考委員をつとめる。公益社団法人俳人協会評議員。

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あなたの日常に力をくれる名絵本を101冊一挙紹介!『明日も生きていこうと思える絵本101』赤木かん子 著

明日も生きていこうと思える絵本101

赤木かん子 著

■この本は、絵本と出会うための本です

絵本といえば、やさしく癒やしてくれそうなイメージを持たれる方は多いのではないでしょうか。ところが本書では、著者があえて「衝撃的でハッと覚醒させられる」絵本ばかり101冊選んでいます。
著者によれば、子どもの本の特徴は、「真面目、真剣、逃げない」だそうです。
ですから、子ども向けの絵本には、大人が読めば、直球で心にズドンとくる、本質的で核心を突くものが多いのです。
もし、最近あまり心が動かされていないなあと感じている方は、まずはためしに本書で紹介する絵本を何冊か図書館で借りて読んでみてください。心に引っかかる一冊が必ず見つかるはずです。

■忙しい大人にこそ絵本はおすすめ 

大人になると日常生活のワンパターンから抜け出すことがなかなか難しくなるものです。そんなときこそ絵本はおすすめです。
絵本は短い時間(10分ほど)で違う考え方、やり方を鮮やかに見せてくれます。
人間というのは、知らないことを知って感心したり、感動したり、ワクワクすると、なぜか元気になるという不思議な生きものです。
かたくなった頭をちょっと柔らかくしたいときに、いつもと違う世界にトリップしたくなったときに、傷ついた自分を癒やしたいときに……そのときの気分にあった絵本を読むと心が軽くなって、よし、明日もがんばろ、という気持ちが湧いてきます。
本書を窓口にして、無限に広がる絵本の世界を堪能していただければ幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。

(担当/吉田)

 

本書で紹介している絵本――「ぼくがほんとにほしいもの」「でっかいでっかいモヤモヤ袋」「つきよのかいじゅう」「あおくんときいろちゃん」「ぶきゃぶきゃぶー」「マッチ売りの少女」「まっくら、奇妙にしずか」「うろんな客」「雪の写真家ベントレー」「見えなくてもだいじょうぶ?」「ありがとう、フォルカーせんせい」「ぼくはひとりで」「からすたろう」「ちっちゃなサリーはみていたよ」「おたんじょうびおめでとう!」「ベンのトランペット」「ロンと海からきた漁師」「こぐまくんのハーモニカ」「おおきなかわのむこうへ」「ママがいっちゃった…」「てんごくのおとうちゃん」「あのときすきになったよ」「オレゴンの旅」「ねずみとくじら」「おなじ星をみあげて」「おなべおなべ にえたかな?」「名前のない人」ほか多数。

 

目次

1章 新しい世界の扉をひらく 
2章 親と子は、永遠のテーマ
3章 絵本てこういうものです
4章 人生の使い方を考える
5章 本と図書館と学校と
6章 こんなふうに愛してほしい
7章 死の哲学
8章 守りたいものに気づく
9章 運命とは何か
10章 おやすみのまえのひとときに
11章 深い、不思議…まだまだこんな絵本もありますよ

 

著者紹介

赤木かん子(あかぎ・かんこ)

児童文学評論家。長野県松本市生まれ。千葉育ち。法政大学英文学科卒業。1984年に、子供の頃に読んで、タイトルや作者名を忘れてしまった本を探しだす「本の探偵」として本の世界にデビュー。以来、子供の本や文化の紹介、ミステリーの紹介・書評などで活躍している。

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数式は最小限、面白い実例は満載。統計学入門書最新決定版『統計学の極意』デイヴィッド・シュピーゲルハルター 著 宮本寿代 訳

統計学の極意

デイヴィッド・シュピーゲルハルター 著 宮本寿代 訳

◆英国で異例のベストセラーとなった統計学入門書。著者は元・英国統計学会会長

 本書は、英国統計学会(王立統計学会)の元会長である著者による、数式をほとんど使わない統計学入門書、The Art of Statistics: Learning from Data by David Spiegelhalterの邦訳版です。英国では、この種の本としては異例のベストセラーとなり、英Amazonの書籍総合ランキングで最高28位となりました。
 ベストセラーになったのには理由があります。本書は徹頭徹尾、すべての項目で、現実の事件・事故・世論調査などを例にとって解説しています。扱われる事例は、タイタニック号沈没事故や、数百人を殺めた連続殺人医師、発掘されたリチャード3世のものと目される遺体の真偽、ベーコンの発癌リスクや、さらには英国人の性的パートナーの生涯人数の調査まで、いずれも興味を惹くものばかり。これらのデータに、適切な統計学的な手法を当てはめると、驚くべきことがわかること(あるいは意外にも、わからないこと)を、次々と示していきます。一貫して、数式はほとんど出てきませんが、そのロジックはきっちりと解説。そのわかりやすさ・面白さに多くの人が驚き、本書は高い評価を得ることとなりました。

◆「PPDACサイクル」「ブートストラップ法」「再現性の危機」など現代的論点を網羅

 本書は、統計学教育でも長年の経験を持つ著者が、データサイエンス時代に対応した新しい統計学入門書を著そうと、書いた本です。このために著者は、「PPDACサイクル」を骨子として、議論を展開しています。これは「問題(Problem)」「計画(Plan)」「データ(Data)」「分析(Analysis)」「結論・コミュニケーション(Conclusion, Communication)」の頭文字をとったもので、この順に探究を進め、最後にまた「問題」に戻ることを繰り返すことで、対象への理解を深めていくという、近年、統計学教育においても注目されている、問題解決志向のアプローチです。旧来の統計学教育では、定型的な数学的テクニックの使い方(「分析」の数学的な側面)を偏重してきましたが、本書はそこばかりではなく、おろそかにされがちな実験や調査の「計画」や、「データ」の吟味、さらには、適切なデータビジュアライゼーションで「結論」を伝えることの重要性も、詳細に解説します。
 ブートストラップ法を多用したり、機械学習についても1章を費やしたりと、計算機統計学的な手法について詳しく解説していることも特徴でしょう。さらに、初学者を混乱させがちな確率論を極力、冒頭では扱わず、本の後半に入ってからじっくりと解説していることも本書の良さで、わかりやすさにつながっています。著者は、ベイズ統計学を信奉する「ベイズ派」であることを自認しているだけに、主観的確率や認識論的不確実性といった概念についても詳述、ベイズ統計による推論についても1章をさいて、基礎からベイズ統計モデリングまで、とてもわかりやすく解説しています。
 このほかにも、P値ハッキングなどの「再現性の危機」の問題、統計学的結果が誇張されて報道される問題、さらに報道の読者・視聴者がそれを批判的に吟味できないというデータリテラシーの問題なども取り上げています。本書は、入門者が知るべき統計学の現代的論点を網羅しており、まさに待ち望まれた「統計学入門書最新決定版」と言えるでしょう。本書が多くの初学者の助けとなることを願っています。

(担当/久保田)

 

目次

図表一覧

序文  
英国史上最多殺人犯と統計学
経験をデータに変えることの難しさ
問題解決志向で統計学を教える
本書について
まとめ
第1章 割合を比較するとき カテゴリデータとパーセンテージ  
病院の管理のずさんさは統計に表れるか?
データ提示のしかたと受ける印象
カテゴリ変数とは何か、どうグラフに表すか?
2つの割合を比較するのがやっかいな理由
まとめ
第2章 数値データを要約して伝える 数値がたくさんある場合  
数の分布を図に表す方法と多くの数の代表値
データ分布の広がりかたを表現する方法
分布の広がりのパターンの違いを表現する
2つの変数間の関係の程度を表現する
時系列での傾向を表現する
統計学における情報伝達のルール
統計学はストーリーを語る
まとめ
第3章 データから学ぶためデータについて考える 母集団と測定値  
生のデータから知りたいことを導くまで
データから学ぶ 「帰納的推論」のプロセス
すべてのデータが手に入る場合
母集団分布が「鐘形曲線」の場合
実はわかりづらい「母集団とは何か?」
まとめ
第4章 何が何の原因か?  
原因と見せかけて原因でないもの
「相関関係は必ずしも因果関係を意味しない」
ともあれ「因果関係」とは何か?
無作為化ができない場合にはどうするか?
観測された相関が因果関係ではない場合
観察的データから本当に因果を結論できるのか?
まとめ
第5章 回帰を使って関係性をモデリング  
2変数間の関係を表す回帰直線
統計モデルの構成要素「シグナルとノイズ」
説明変数が複数ある場合の回帰モデル
応答変数が比率や時間の場合の回帰モデル
回帰モデル以外にもモデルはある
まとめ
第6章 アルゴリズム、分析、予測  
データから学んで答えを提供するシステム
パターンを見つけるアルゴリズム
分類と予測を行なうアルゴリズムの種類
分類ツリーを使って判定する場合
アルゴリズムのパフォーマンスを評価する方法
確率的予測の優秀さを測る合成尺度
過剰適合とは何か、それを抑える方法は?
回帰モデルも予測に使うことができる
より複雑なテクニックなら能力は向上するか?
アルゴリズムを実社会で運用する際の課題
人工知能は統計学的手法を超えるか?
まとめ
第7章 標本調査の結果にどれほど確信が持てるか? 推定値と区間  
失業者の調査はどのように行なわれているか?
性的パートナー数調査の統計量の許容誤差
まとめ
第8章 確率とは何か? 不確実性と変動性を伝える手段  
確率理論は比較的新しく、実際に難解
期待度数で考えると確率は理解しやすくなる
確率がほかの事象に依存する条件付き確率 
いずれにしても「確率」とは何か?
数学的確率分布に驚くほどしたがう現実の事象
まとめ
第9章 確率と統計をまとめる  
不確定区間を確率理論を使って推定する
無秩序から秩序が生まれる中心極限定理
確率論で観測値から不確定区間を求めるには?
信頼区間を計算によって求める
世論調査の許容誤差はどれくらいか?
統計学で推測した許容誤差は信じられるか?
数学的確率分布から母数の経時的変化を考える
まとめ
第10章 問いに答えるのに必要なこと 発見の意味を知る  
いよいよ仮説検定の段階へ
統計学的モデルにおいて「仮説」とは何か?
帰無仮説を使う正式な検定の考えかた
統計的有意性とP値の関係
確率論を使う検定のさまざまな実例
何度も有意性検定を重ねることの危うさ
ネイマン-ピアソンの理論による検定
まとめ
第11章 ベイズ統計学による推論の方法 経験から学ぶ  
統計学の根本原理は統一されていない
ベイズ統計学のアプローチとは何か?
ベイズの定理で重要なオッズと尤度比
尤度比で証拠の確からしさを考える
ベイズ統計学による推論のさまざまな利点
統計学界の長年にわたるイデオロギーの戦い
まとめ
第12章 統計学の誤用・悪用・誤解釈  
統計学が正しく運用されていない場合
「再現性の危機」とはどのような問題か?
意図的なごまかしは統計学で発見できるか?
「好ましくない研究行為」とは何か?
好ましくない研究行為が行なわれる頻度
結果の伝達の段階でも機能不全が起こる
文献として表に出る研究はどのようなものか?
広報担当により誇張されるプレスリリース
注目を惹くためにマスメディアがすること
まとめ
第13章 統計学をよりよくするには?  
統計学に関わる3つのグループ
研究の現場での統計学の実践を改善する
統計の伝達を改善し誇張をなくす
質の低い実践をチェックする人たち
発表バイアスを見つける方法
統計学による主張や記事を評価する
統計学的証拠に基づく主張への10の問い
データ倫理はより重要になるだろう
優れた統計科学の例――総選挙の出口調査
まとめ
第14章 おわりに  
効率的な統計実務のための10箇条
謝辞  

用語集
原注

 

著者紹介

デイヴィッド・シュピーゲルハルター(David Spiegelhalter)

ケンブリッジ大学数理科学センターのウィントンリスク・エビデンスコミュニケーションセンター所長。2014年に医学統計学への貢献によりナイトの称号を授与。英国統計学会会長(2017-2018)を務め、2020年に英国統計局の非常勤理事に就任。邦訳されている著書に『もうダメかも:死ぬ確率の統計学』(共著、みすず書房)がある。

訳者紹介

宮本寿代 (みやもと・ひさよ)

お茶の水女子大学大学院理学研究科数学専攻修了。『ニコラ・テスラ 秘密の告白』(ニコラ・テスラ著、成甲書房)、『マスペディア1000』(リチャード・エルウィス著、ディスカヴァー21)、『地球温暖化はなぜ起こるのか』(真鍋淑郎/アンソニー・J・ブロッコリー著、講談社)、『EARTH 図鑑 地球科学の世界』(共訳、東京書籍)、『食品会社が絶対に知られたくない添加物の正体』(リンダ・ボンヴィー/ビル・ボンヴィー著、IMK Books)など理系書の翻訳に従事。

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三〇通りの理想と現実の折り合いの付け方『英米の大学生が学んでいる政治哲学史』グレアム・ガラード/ジェームズ・バーナード・マーフィー 著

英米の大学生が学んでいる政治哲学史

――三〇人の思索者の生涯と思想

グレアム・ガラード 著 ジェームズ・バーナード・マーフィー 著 神月謙一 訳

孔子、プラトン、マキャヴェッリ、ルソー、トクヴィル、マルクス、クトゥブ、アーレント、ロールズ、ヌスバウム――。本書は古代ギリシャの哲学者をはじめ、儒教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神学者や指導者、そして「フェミニズムの母」やエコロジストを含む近現代哲学者まで、三〇人の賢者たちの人生と思想を通史的に解説した一冊です。

人が、個人やコミュニティーとして、どうすればより良く生きられるか、普遍的な知恵を追い求めてきたのが本書が紹介する思索者たちです。

例えばアリストテレスは、政治的共同体を「人間の望ましい生活について合意を共有する理性的な人間の集まり」と定義します。選挙は最も優れた人物を選ぶことが目的なのだから、貴族制にこそふさわしいと言います。

マキャヴェッリにとっては、残酷であることが当たり前であった政治の世界において、二つの善や、善と悪からではなく、二つの悪の中からよりましなほうを選ぶことが倫理的に正しい選択でした。

バークにとって統治の技術は理論ではなく実践的なものでした。時間をかけて徐々に進化する伝統的な習慣や慣例に従うべきだと考えたのです。

ガンディーが政治手法とした非暴力主義は、肉体的な欲求を無視し、苦痛や死さえ受け入れられるようにする厳しい訓練に基づいたものでした。

是非本書を紐解いて、私たち自身が生きる政治的環境において、いかに理想と現実の折り合いを付けるか、何らかの新たな視点を見出してください。

(担当/渡邉)

 

【内容紹介】

孔子、プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、アル=ファーラービー、マイモニデス、トマス・アクィナス、マキャヴェッリ、ホッブズ、ロック、ヒューム、ルソー、バーク、ウルストンクラフト、カント、ペイン、ヘーゲル、マディソン、トクヴィル、ミル、マルクス、ニーチェ、ガンディー、クトゥブ、アーレント、毛沢東、ハイエク、ロールズ、ヌスバウム、ネス――。

古代ギリシャの哲学者をはじめ、儒教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神学者や指導者、そして「フェミニズムの母」やエコロジストを含む近現代哲学者まで、三〇人の賢者たちの人生と思想を通史的に解説。

本書は、歴史上有数の政治学者たちの話をこっそり聞ける場所に読者を案内する。読者は、三〇の短い章を通じて、さまざまな魅力的な人物と知り合えるだろう。(中略)
彼らは皆、同時代の政治的情報から真の知識を抽出し、その知識を、人が、個人やコミュニティーとして、どうすればより良く生きられるかについての普遍的な知恵に変えようとした。私たちが選んだのは、最も賢明で、最も大きな影響を後世に与えた三〇人の政治思想家である。彼らの出身地は、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカと、広範にわたる。また、各章の終わりでは、それぞれの賢者が現代の政治的問題に対して提供し得る知恵について考察している。(「序章 政治――かつては力が正義だった」より)

 

【目次】

序章 政治――かつては力が正義だった

古代
第一章 孔子――聖人
第二章 プラトン――劇作家
第三章 アリストテレス――生物学者
第四章 アウグスティヌス――現実主義者(リアリスト)

中世
第五章 アル=ファーラービー――先導者(イマーム)
第六章 マイモニデス――立法者
第七章 トマス・アクィナス――調停者(ハーモナイザー)

近代
第八章 ニッコロ・マキャヴェッリ――愛国者
第九章 トマス・ホッブズ――絶対主義者
第一〇章 ジョン・ロック――清教徒(ピューリタン)
第一一章 デイヴィッド・ヒューム――懐疑論者
第一二章 ジャン=ジャック・ルソー――市民(シトワイヤン)
第一三章 エドマンド・バーク――反革命主義者
第一四章 メアリー・ウルストンクラフト――フェミニスト
第一五章 イマヌエル・カント――純粋主義者(ピュアリスト)
第一六章 トマス・ペイン――煽動者
第一七章 ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル――神秘主義者
第一八章 ジェームズ・マディソン――建国の父(ファウンダー)
第一九章 アレクシ・ド・トクヴィル――預言者
第二〇章 ジョン・スチュアート・ミル――個人主義者
第二一章 カール・マルクス――革命思想家
第二二章 フリードリヒ・ニーチェ――心理学者

現代
第二三章 モーハンダース・ガンディー――戦士
第二四章 サイイド・クトゥブ――聖戦主義者(ジハーディスト)
第二五章 ハンナ・アーレント――除け者(パーリア)
第二六章 毛沢東――主席
第二七章 フリードリヒ・ハイエク――リバタリアン
第二八章 ジョン・ロールズ――リベラル
第二九章 マーサ・ヌスバウム――自己啓発者(セルフディベロッパー)
第三〇章 アルネ・ネス――登山家

結論――政治と哲学の不幸な結婚

 

著者紹介

グレアム・ガラード

一九九五年からイギリスのカーディフ大学で、二〇〇六年からはアメリカのハーバード大学サマースクールでも政治思想を教えている。カナダ、アメリカ、イギリス、フランスのさまざまな大学で二五年間講義を行ってきた。

ジェームズ・バーナード・マーフィー

アメリカのニューハンプシャー州ハノーバーにあるダートマス大学で一九九〇年から教壇に立ち、現在は政治学の教授を務めている。

訳者紹介

神月謙一(かみづき・けんいち)

翻訳家。青森県生まれ。東京都立大学人文学部卒業。国立大学の教員を一三年間勤めたのち現職。訳書に『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』(ともに草思社)など多数。

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清少納言の「枕草子」に生き方を学ぶ。新しいタイプの人生指南書『ひとりになったら、ひとりにふさわしく 私の清少納言考』下重暁子 著

ひとりになったら、ひとりにふさわしく 私の清少納言考

下重暁子 著

2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』で平安時代に注目が集まるなか、紫式部のライバルとして名高い清少納言にもスポットライトが当たっています。本書は「私は紫式部より清少納言のほうが断然好き」と公言してはばからない著者が、人生の愛読書「枕草子」をわかりやすく解説しながら、「いとをかし」的な前向きな生き方を現代のシニア世代に提案する新しいタイプの指南本。いかに生きて、いかに死ぬか? 年齢を重ねても縮こまらず、何事も清少納言のように面白がりながら意見を持ち自立して生きていくことの大切さを説く、渾身の書き下ろしエッセイです。

著者は生い立ちから死をむかえるまでの清少納言の心境を「枕草子」を、読み解くことによって自分なりに推理し、共感していきます。気の張る宮仕えをしながら、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり綴り、四季を味わいつつ日々を重ねる清少納言の姿に、これからの生き方のヒントを見つける方も多いのではないでしょうか。著者は「清少納言の文体は俳句に近い」という自説も披露し、清少納言の文体の魅力を新たな視点で掘り下げていきます。終章では、清少納言に自らの死生観を重ね、家族や友だちと別れることになったとき、ひとりになったときにどのような心持ちで生きていけばよいかを切々と綴ります。まさに「下重暁子の新境地」となる意欲作です。

(担当/五十嵐)

 

〈「はじめに」より〉
平安時代の一人の秀れた女性作家と付き合うことで、なぜ清少納言に惹かれたかがわかった。その理由は、人間性である。「枕草子」からは、恥ずかしがり屋だが正直な清少納言の、生身の人間性が感じられる。(中略)清少納言の晩年に見る「あわれ」や「をかし」。それを自分のものとする機会を得た。

 

【目次】

第一章 なぜ今、清少納言なのか
第二章 「枕草子」の美意識
第三章 四季で知る「いとをかし」
第四章 清少納言は俳句人間?
第五章 ひとりになったら、ひとりにふさわしく

 

著者紹介

下重暁子(しもじゅう・あきこ)

1959年早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。同年NHKに入局。アナウンサーとして活躍後、1968年フリーとなる。民放キャスターを経て、文筆活動に。公益財団法人JKA(旧:日本自転車振興会)会長、日本ペンクラブ副会長などを歴任。現在、日本旅行作家協会会長。『家族という病』『極上の孤独』(ともに幻冬舎新書)、『鋼の女 最後の瞽女・小林ハル』(集英社文庫)、『人生「散りぎわ」がおもしろい』(毎日新聞出版)、『結婚しても一人』(光文社新書)など著書多数。

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先生を取り巻く苛酷すぎる現状 『追いつめられる教師たち』齋藤浩 著

追いつめられる教師たち

齋藤浩 著

ベテランの公立小学校教諭が忖度なしに綴る「先生不足」の本当の理由

 昨年、うつなどの精神疾患が原因で休職を余儀なくされた公立学校の先生の数は6539人で、過去最高を記録しました。先生のメンタルヘルスについては近年、大きな問題となっており、文科省でも対策に乗り出してはいますが、いっこうに改善の兆しはありません。また先生のなり手不足も深刻で、教員採用試験の倍率は記録的な低さになってしまっています。いま日本の先生に何が起こっているのでしょうか。なぜ教師という職業はかつての輝きを失ってしまったのでしょうか。本書はまもなく定年を迎えるベテラン教師が、自身の豊富な現場経験にもとづいて、「日本の教育のために、最後にこれだけは絶対に言っておきたい!」という思いでつづった問題提起の書です。
 著者はまず、教師を「なんでも屋」のように使役しようとする一部の保護者のせいで教師がどれほど疲弊しているかについて具体的に書いています。放課後も休日もおかまいなしに寄せられる要望の数々……。恐ろしいことに、そこで対応を誤るとしばしば「訴えるぞ!」という脅し文句すら投げつけられるのです。しかし、教育委員会も校長も先生を守ろうとはせず、保護者の顔色をうかがって負担を現場の教師に押し付けます。誰も守ってくれない状況で、孤立感を深めながら長時間労働を続け、心身の限界を迎えていく……。本書には、心ある先生が追い込まれていく状況がさまざまな実体験を交えながら描かれています。
著者は前著『教師という接客業』において、「サービス業」意識で生徒・保護者に相対することを求められ大混乱に陥っている教育現場の状況を克明に描きましたが、本書においては、その状況を変えるために動くべき学校の管理職(校長)や教育委員会、文科省がいかに状況認識を誤り、問題を深刻化させているかについても言及しています。そこには現場感覚の欠如や事なかれ主義といった、あらゆる組織をダメにする問題がはっきり見てとれるのですが、公教育の世界においては誰も火中の栗を拾おうとはせず、事態は「このままでは、まともな教師がいなくなる!」というところまできたのです。公教育の担い手が毎年、数千人単位で心を病んで教壇に立てなくなるような国に未来はありません。今、目の前にある大きな危機に気づいていただくために、多くの読者に手にとっていただきたい一冊です。

(担当/碇)


【本書より】
 われわれ教師が必要以上に愛想よく、なんでも受け入れそうな姿勢を見せ続けたからだろうか、保護者の一部には、
「学校の先生はいくら使ってもタダなんだから、なんでも言わないと損するわよ」
 と教師をバカにするような態度を隠さない保護者もいるらしい。
「それは、ダメでしょう」
 と別の保護者が注意しても、悪びれる様子はなかったという。
「だって、先生たちは公務員でしょう。私たちのために動いてくれて当然じゃないの」
 言っておくが、われわれ教師は雑用係ではない。大学で教職の単位をとり、教科の指導法などを学んで教壇に立っている教育のプロなのだ。
「家のまわりに変な中学生がいるんです。先生、ちょっと見にきてくれませんか」
 実際にある保護者からこんな依頼を受けたときは、心底驚いた。悪びれた様子などまったくない。家のまわりのパトロールまで教師の仕事だと思いこんでいるのだ。

 

【目次】

はじめに 教師の我慢も限界にきている!

第1章 教師は「なんでも屋」じゃない!
「だって、先生たちは公務員でしょう」
「なくなった教科書を探して!」
「放課後も学校で子どもを預かって!」
「猫の引き取り手を探して!」
「ゲームをやり過ぎないように注意して!」
「他の保護者とのトラブルの仲裁をして!」
「少年サッカーのコーチをして!」
「できるだけ子どもと一緒に遊んで!」
「子どもたちの様子を学校のブログにあげて!」
「答えられそうな表情をしていたら指名してあげて!」
「子どもの発表会を見にきて!」
「嫌いなものを食べて吐かないか見ていて!」
「水筒を持ち帰るように呼びかけて!」
「旅行先からオンライン授業に参加させて!」
「具合が悪いけど学校に行かせたので面倒を見て!」
「つねに笑顔で授業をして!」
「クラスごとに違いがないようにして!」

第2章 訴えたいのは教師のほうだ!
教師と保護者の関係が歪むとき
「訴える!」と言われれば哀しいけど怯むよ
クレームの行き着く先はの多くが教育委員会
被害妄想とナルシスト、二つのタイプのクレーマー
言った保護者は忘れても言われた教師は覚えている
突然、保護者にビンタされた校長
病院中に響きわたった罵声
「不登校は先生のせいです」
それでも教師が訴えない理由

第3章 親はきちんと躾をしてから入学させろ!
「誰、このおじさん?」
「うちはうちのやり方で躾をしていますから」
「注意しないで」子どもが立派に育つと思っているのか
せめて座って人の話を聞けるようにしてくれ
自分から手を出しても「大目に見てほしい」
「泣けばなんとかなると思っていた」
哀しき挨拶運動
写真を撮りまくる保護者、ガムを噛む保護者
保護者も時間どおりに行動してください!
親は子どもに「本当の楽しさ」を教える必要があるのだ
クラスの全員と気が合うはずはないだろう
チャイムが鳴ったら教室に戻るぞ!

第4章 文部科学省も教育委員会も教師の味方じゃない!
教師という仕事はなぜ魅力を失ってしまったのか
最低賃金を下回る教師の「残業代」
現場を知らない役人による意思決定の弊害
教師不足の根本原因から目をそらす文科省
「空いた時間を見つけて授業をやっている」という感覚
「#教師のバトン」プロジェクトの欺瞞
教育委員会はもっと教師の声に耳を傾けるべきだ
教育委員会はなぜ「子どもの使い」のようなまねをするのか
教育長が専用車で移動する必要があるのか
異常な学校間格差はなぜ生まれるのか
全国学力・学習状況調査は誰のためにやっているのか
自治体は教師不足の本当の理由をわかっているのか

第5章 覚悟のない人間が校長になるな!
「触らぬ神に祟りなしですよ」
「校長になったことを、私の母も大変よろこんでおりまして」
「私にはこうして謝ることしかできません」
「教育委員会でも、そう言っているので……」
学校はなんのために謝罪会見を開くのか
校長なら言ってみろ①「私がなんとかしましょう」
校長なら言ってみろ②「一生懸命やっているのだから恐れることはありません」
校長なら言ってみろ③「保護者との人間関係が悪くなってもしかたない」
校長なら言ってみろ④「ここまでやったんだから、もういいよ」
校長なら言ってみろ⑤「クレームはすべて引き受けます」
校長なら言ってみろ⑥「思いきって業務を減らしましょう」
「そのように育てたのは、あなたですよ」

終章 これ以上バカにするなら、まともな教師がいなくなるぞ!
処方箋などあるはずがない
結局は誰もが損をする
「一〇年後」では手遅れなのだ

 

著者紹介

齋藤浩(さいとう・ひろし)
1963(昭和38)年、東京都生まれ。横浜国立大学教育学部初等国語科卒業。佛教大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。現在、神奈川県内公立小学校教諭、日本獣医生命科学大学非常勤講師。日本国語教育学会、日本生涯教育学会会員。著書に『教師という接客業』『子どもを蝕む空虚な日本語』『お母さんが知らない伸びる子の意外な行動』(いずれも草思社)、『ひとりで解決!理不尽な保護者トラブル対応術』『チームで解決!理不尽な保護者トラブル対応術』(いずれも学事出版)などがある。

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