草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

徴用工って「たぶんこうだったのだろう」と納得できる研究論文。『朝鮮人「徴用工」問題 史料を読み解く』長谷亮介 著

朝鮮人「徴用工」問題 史料を読み解く

長谷亮介 著

 本書は若手研究者による最新の研究論文をまとめた本である。戦時中の朝鮮人労働者の問題は長い間、論争の種になって来た。それは1965年に刊行された朴慶植著『朝鮮人強制連行の記録』(未来社)によるところが大きい。軍国日本によって強制的に連行され、奴隷労働をさせられた、かわいそうな朝鮮人というイメージが作られた。これは日韓の賠償問題にまで発展し、今日まで尾を引いている。しかし、それは本当だろうか。いま韓国でもこの歴史観に異を唱える学者や論文も現れている。
 まず第一に戦時中の日本は兵隊にとられる若者が多く、労働力が不足して困っていた。一方、朝鮮国内は徴兵を免除され、若年労働力が余っていた。また朝鮮は労働生産性が低く貧しかったので、内地に出稼ぎに行こうという人が多かった。入国制限をかいくぐって隙あらば内地でひと稼ぎしたい若者が多くいたのである。
 これを活用しない手はない。政府も日本企業側もこれを細心の注意をもっておこなっていたことがわかる。初期段階の応募による人集めから、官斡旋の段階、そして大戦末期の「徴用」までそろそろと拡大していった。これはあまり一気に大量に入ると途中でより有利な職へ逃亡するものが増えて、管理ができないからである。そういう兆候も見えていた。
 本書では一次資料を丹念に読み解くことによって当時の労働実態を再現しようと試みている。例えば第4章で北海道最北端の炭田、日曹天塩炭鉱の賃金表の研究というのがあげられる。著者が近年発掘した新史料の検証である。よく言われる朝鮮人労働者は日本人労働者より安く使われ、給与水準が低かったという指摘のウソ。どう見ても似たような待遇だし、やめてもらったら困るから、企業側もいろいろ工夫して待遇を考えていることがわかる。当時の一般国民の給与水準よりいいぐらいだ。
 第3章では『特高月報』という、悪名高き特高警察が発行していた資料を読み解くことをしている。朝鮮人労働者は特別高等警察の監視対象者だったので、このような監視報告が残されているのである。これまでこの『特高月報』は「朝鮮人奴隷労働説派」の有力な資料として使われていた。労働争議やもめ事が細かく書かれていたからだ。監督官による過酷な管理、虐待、体罰が原因で起こったもめ事の証拠として使われていた。ところがそのもめ事も朝鮮人側の原因によることも多かった。サボタージュや素行不良、飲酒して暴れるというようなことだ。それをとがめて逆に集団で押しかけ、騒動になることがある。これらを「奴隷労働説派」は無視している。著者の検証ではどう考えても朝鮮人の方が悪いという事件もあった。企業側は何とかみんなをなだめて気持ちよく働いてもらおうと努めているのがわかる。これらからわかることは朝鮮人労働者側も一方的に抑圧されていたわけではなく、いたって元気であり、何か起こると集団で管理側を追い詰める力を持っていたようだ。
 朝鮮人戦時労働者の実態というのは、もちろんなかなかわからない。生き残っている労働者に取材して語ってもらうのも一法だが、それもバイアスがかかっていることもある。
 本書では残されている一次資料をまず虚心を持って読み解き、全体像をつかむことの必要性を述べている。歴史学者の基本ではなかろうか。本書を読むと、当時の朝鮮人労働者は体力旺盛で、よりよい待遇の職を求めて、逃亡も辞さず、日本での過酷な労働をものともせず、ある意味異国の生活を楽しんでいたようにも思えるがいかがだろうか。

(担当/木谷)

 

著者紹介

長谷亮介(ながたに・りょうすけ)

西岡力氏が主宰する「歴史認識問研究会」研究員。麗澤大学国際問題研究センター客員研究員。1986年、熊本生まれ。熊本大学文学部歴史学科卒業。法政大学大学院国際日本学インスティテュート博士後期課程修了。学位論文は「日本の学会における『南京事件』研究の考察」(修士論文)、「『戦後歴史学』から見る戦後日本における歴史学の変遷-歴史学研究会を例にして-」(博士論文)。博士号取得。大学院修了後に歴史認識問題研究会に所属し、朝鮮人戦時労働者問題を中心に研究を進める。共著に『朝鮮人戦時労働の実態』(一般財団法人産業遺産国民会議)がある。

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「生きて伝えよ」。苛酷な使命を託された元・下士官の語られざる物語『戦場の人事係 玉砕を許されなかったある兵士の「戦い」』七尾和晃 著

戦場の人事係

――玉砕を許されなかったある兵士の「戦い」

七尾和晃 著

 太平洋戦争末期、玉砕戦となった沖縄に派遣され、戦友が死ぬたびにその状況を克明に記録したメモを戦時名簿に添えて保管していた准尉・石井耕一は、最後の戦いを前に中隊長に「おまえは残ってくれ」「生きのびて(死んでいった者たちの物語を)伝えてくれ」という任務を託されました。終戦後、中隊が潜んでいたガマ(洞窟)に埋めていた戦時名簿を回収した石井氏は、その記録をもとに戦友たちの遺族を訪ね歩く長い旅をはじめます。この本はその石井氏の晩年に本人に取材した著者が、苛酷な戦場を生きのびた一人の元・下士官の心象風景に迫った貴重な記録です。
 太平洋戦争において実際に戦地で使われていた戦時名簿を、その管理責任者みずからが持ち帰り、その記録をもとに行脚を行なった例は他にないと思われます。著者は沖縄の現地取材にとどまらず、米国国立公文書館やフーバー研究所の資料なども使って石井氏が戦った沖縄戦の実像を浮かび上がらせ、石井氏の記憶を再構築しています。
 戦友の遺族を探しつづけ、会いに行くというのは精神的にも相当に苦しい営為だったはずですが、それでも石井氏は決して行脚をやめませんでした。その原動力となったのは、なによりも使命感、そして一方ではサバイバーズ・ギルトのような感情があったのかもしれません。戦争が終わっても、そこで刻印された痛みから人が解放されることはないのです。しかし、終章で明かされる中隊長との関係性の中には人間性への希望を見出すことも可能です。
 本書の最後に、著者は「閉ざされた記憶の内側に秘められ続けた、『記録されなかった記憶と体験』の数々。それは歴史の年表が置き去りにしてきた、封印された歴史の実相そのものではなかったか」と書いています。本書が明らかにする石井氏の物語が、戦争という巨大な悲劇の実相を伝える一助になることを願ってやみません。

(担当/碇)

 

目次より

第1章 「最期」のメモ
・「私は人事係だから」
・三回目の召集で沖縄へ

第2章 玉砕の南部戦線
・「十・十空襲」
・米軍の上陸
・助からない命
・ガマの中の情景

第3章 「生きて伝えよ」
・最初の自決
・最前線の悲惨
・一杯の水を欲して
・「海岸へ出よう。いい空気を吸って死のう」
・戦いの終焉

第4章 もう一つの証言
・サイモン・バックナー中将の日記
・仲田栄松の苦悶の日々
・米軍による山狩り
・「私どもを、上から見ていたんですね」

第5章 虜囚の風景
・テニアン島における「予行演習」
・沖縄人をめぐる議論
・膨れ上がる民間人収容所

第6章 奪還
・屋嘉収容所の日本兵
・「新しい爆弾の実験が成功した」
・砂浜で告げられた日本の敗戦
・軍籍簿の行方

第7章 生還者の戦後
・本土への最初の復員船
・占領下・東京の無残
・公害との戦いと市長選挙

第8章 生き残るという罪
・戦友の遺族と向き合って
・戦死者の唄
・生をまっとうするための「死の記録」
・「沖縄では臆病な者だけが生き残った」

終章 最後の伝令
・中隊長の故郷
・もう一つの約束

 

著者紹介

七尾和晃(ななお・かずあき)
記録作家。人は時代の中でどのように生き、どこへ向かうのか――。「無名の人間たちこそが歴史を創る」をテーマに、「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」姿勢で、市井に生きる人々と現場に密着し、時代とともに消えゆく記憶を踏査した作品を発表している。『銀座の怪人』(講談社)、『闇市の帝王:王長徳と封印された「戦後」』『炭鉱太郎がきた道 : 地下に眠る近代日本の記憶』(以上、草思社)、『琉球検事 : 封印された証言』(東洋経済新報社)、『吉原まんだら』(清泉亮名義、徳間書店)、『十字架を背負った尾根』(清泉亮名義、草思社)など、他名義を含め著書多数。
公式HP https://sites.google.com/view/kazuakinanao/

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かけがえのない家族を奪われて数十年――。一日も早い帰還を願う家族からの痛切なメッセージ 『「お帰り」と言うために 拉致被害者・特定失踪者家族の声』特定失踪者問題調査会 編

「お帰り」と言うために

――拉致被害者・特定失踪者家族の声

特定失踪者問題調査会 編

 この本は昨年(2023年)の10月21日に東京都庁前広場(都民広場)で開催された「『お帰り』と言うために 拉致被害者・特定失踪者家族の集い」に参加された拉致被害者・特定失踪者ご家族の訴えを中心に、当日は参加できなかったご家族の寄稿も合わせて一冊にまとめたものです。「特定失踪者」という言葉は本書の編者である特定失踪者問題調査会ができたときに、「拉致の可能性のある失踪者」を表現するために定められた用語で、現在のところ、調査会の特定失踪者リストには約470人もの方々のお名前があります。
 もちろん、その方々の中には今後、日本国内で見つかる方もいるかもしれませんが、もしそうであればどんなに良いかと、特定失踪者問題調査会・代表の荒木和博氏は本書で綴っています。しかし、実際には元・工作員などの証言からも明らかなように、「多数の日本人が拉致されていることだけは間違いありません。そして失踪が外国の情報機関によって行なわれたということになれば、家族には自力で取り返す方法がありません。しかし頼みの政府は『交渉する』と言うだけで、取り返せずに過ぎていく時間については責任をとろうとしない。……家族にとっては拉致とも拉致でないとも言えない状態が続く」(本書より)という過酷な境遇を、特定失踪者のご家族はずっと強いられているのです。
 国家の存在意義を問われるこの大問題を、なぜ日本はずっと解決できないでいるのでしょうか。改めて状況を知っていただくために、一人でも多くの方に手に取っていただきたい本です。

(担当/碇)

 

目次より

◎日本海をながめて流していた父の涙を、   
一生忘れることはできません。
――木村かほるさんの姉・天内みどりさん

◎私らがなくなって関係者が亡くなったときに、
寺越事件が雲散霧消してしまうのを心配しています。
――寺越昭二さんの長男・寺越昭男さん

◎きっときっと、早く帰ってきてくださいね。
きっとだよ、姉さん。待ってるからね。
――山形キセさんの妹・伊勢フサさん

◎私はいまでも四人は一緒にいる、そう信じて、
これからも運動を続けてまいります。
――紙谷慶五郎さんの娘・圭剛さんの妹・礼人さんと速水さんの姉・北越優子さん

◎ある日突然、当たり前の日常を奪われてしまった
若者たちの苦しみと慟哭を想像してみてください。
――屋木しのぶさんの従兄夫妻・舟渡忠彦さん、恵子さん
――屋木しのぶさんの妹・板谷春美さん
――屋木しのぶさんの弟・屋木秀夫さん

◎職業は印刷工でした。北朝鮮で偽ドル札を作るために
拉致されたのではないかと当時、週刊誌でよく騒がれました。
――早坂勝男さんの兄・早坂勇治さん
――早坂勝男さんの弟・早坂胞吉さん

◎働く先も全部決まっておりました。
お友だちのところへ行ってくると言って、いなくなりました。
――斉藤裕さんの姉・斉藤由美子さん

◎担任の先生が親にもなにも話さないで、
本棚とか机の中とか、紙屑カゴの中も探したそうです。
――今井裕さんの兄・今井英輝さん

◎川口の電気工事会社に勤めておりました。
二十一歳で結婚し、翌年二月には子どもが生まれるときでした。
――井上克美さんの弟・井上一男さん

◎生きていると信じ、体を大事にしてくださいと伝えたいです。
子どもたち皆で待っているよ。お父さん、お母さんへ。
――園田一さん・敏子さんの長女・前山利恵子さん
――園田一さん・敏子さんの次女・園田博子さん

◎「帰国を望む」「返してほしい」ではなく、
国が責任を持って取り返してほしいと思います。
――生島孝子さんの姉・生島馨子さん

◎すぐに帰ってこいと言うのも無理かもしれません。
ただ兄の消息が知りたいと思います。
――佐々木薫さんの弟・佐々木正治さん

◎たくさんの方々に支えられていることを知ると、
もう陰で泣いているわけにはいかないのでやってきました。
――薩摩勝博さんの妹・品川貴美子さん

◎姉が「ただいま」って普通に帰ってきたんです。
私と母は「おかえり」って普通に返事をして、そんな夢を見たことがありました。
――古川了子さんの妹・足立友子さん
――古川了子さんの姉・竹下珠路さん

◎拉致被害者は十七人だけではありません。
 国連も百人以上はいると言っています。
――大澤孝司さんの兄・大澤昭一さん

◎兄さん、父さんの十八番の「昴」、
北朝鮮で聞いたことがありますか。
――荒谷敏生さんの妹・矢島文恵さん

◎字も私とそっくりだった兄。
「おかえり」。言霊を置いていきます。
――高野清文さんの妹・高野美幸さん

◎私どもの妹が拉致されて四十六年経ちました。
誰がこの責任をとってくれるんですか。内閣総理大臣ですか。
――松本京子さんの兄・松本孟さん

◎田口八重子は二十二歳で拉致されて、
いま六十八歳になっています。本当にかわいそうです。
――田口八重子さんの義姉・飯塚綾子さん

◎この拉致事件は私たち家族や被害者がかわいそうだとか、
そんな同情の心では解決しません。
――増元るみ子さんの弟・増元照明さん

◎絶対にあきらめないでください。
必ず家族に会えると信じてください。
――曽我ミヨシさんの娘・曽我ひとみさん

◎兄を日本に返してください。
日本人としての一生を全うさせてください。
――O・Tさんの妹 板野佳子さん

◎一度にどっと帰ってきて、
その中に弟がいればと期待して待っています。
――辻與一さんの兄・辻太一さん

◎恵子一人が日本に帰ってきても解決だと思いません。
日本はどうすれば良いのか、考えない日はありません。
――有本恵子さんの父・有本明弘さん

◎姉ではないご遺体を姉だと言い張っていた警察。
いったいどこと闘っているんだろう、と思う状況もありました。
――山本美保さんの妹・森本美砂さん

◎時は残酷に過ぎていきます。
残された時間は少なくなっています。
――秋田美輪さんの姉・吉見美保さん

◎夢を持って台湾から日本にきて、
がんばっていた二十三歳の女性が突然、失踪いたしました。
――沈靜玉さんのお母さんの友人・福岡紀子さん

◎がんばって生きてきた正和の名前を、
なんでもいいから残しておきたかっただけです。
――佐々木正和さんの姉・佐々木美智子さん

◎やってますじゃなくて「やります」「いつまでに、どうやります」
ということを政府には言ってほしい。
――水居明さんの息子・水居徹さん

◎私たちの個々の力ではどうにもなりません。
皆さんの力、そして政府の力が必要です。
――清水桂子さんの妹・羽原美喜子さん

◎拉致被害者の方々が飛行機から降りる姿を、もう一度見たい。
「お帰りなさい、よくがんばったね」と伝えたい。
――大政由美さんの母・大政悦子さん

◎朝晩朝晩、玄関を開けて、
「一日も早く帰ってくるように」とお祈りしています。
――佐々木悦子さんの母・佐々木アイ子さん

◎あなたが帰ってきたら、お母さんは
日本一大きな声で「お帰り」って言うよ。
――橘邦彦さんの母・橘智子さん
――橘邦彦さんの父・橘哲夫さん

◎いつまで待てばいいのでしょうか。
私は不死身の体ではありません。
――田中正道さんの妹・村岡育世さん

◎日本政府は結局、このままでしょう。
皆さんの知恵を貸してください。助けてください。
――植村留美さんの母・植村光子さん
――植村留美さんの父・植村照光さん

◎父さんはお前が帰ってきたとき食べたり飲んだりするように、
野菜をいろいろ作ってがんばっています。
――菊地寛史さんの両親・菊地正美さん、恵子さん

◎なんで、こんなに近いところに拉致された人がいるのに、
自分の国の人たちを助けてくださらないのだろうか。
――中村三奈子さんの母・中村クニさん

◎自衛隊の救出隊というものをぜひ作ってもらって、
この待っているモヤモヤ感、ぜひとも解決してほしいと思います。
――坂川千明さんの兄・坂川隆志さん、姉・泥濘和子さん

◎拉致被害者・特定失踪者が日本の地で、
自分の人生を自由に歩めますように。
――賀上大助さんの母・賀上文代さん

◎息子のことを言い続けて世を去った母。
早く帰ってきてくれることを祈ります。
――和田佑介さんの叔父・林健さん

 

編者紹介

特定失踪者問題調査会(とくていしっそうしゃもんだいちょうさかい)

平成十五年(二〇〇三)一月十日に救う会(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)から失踪者に関する調査を行う活動を分離する形で設立された民間団体。拉致の疑いのある失踪をはじめ拉致問題・北朝鮮による工作活動について調査し拉致被害者救出のための活動を行っている。主な活動は①日本国内での情報収集(現地調査・資料収集など)、②日本国内での拉致問題・北朝鮮工作活動等についての情報発信、③韓国をはじめとする外国での情報収集、④北朝鮮に対する情報注入(短波放送「しおかぜ」をはじめUSB、ビラ、FAXなど)。令和六年(二〇二四)時点の三役は以下の通り。
代表 荒木和博(拓殖大学海外事情研究所教授・予備役ブルーリボンの会代表)・副代表 竹下珠路(特定失踪者家族会事務局長) 増元照明(元北朝鮮による拉致被害者家族会事務局長) 武藤政春(元埼玉県上尾市議)・幹事長 村尾建兒(短波放送「しおかぜ」担当)

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経済を武器に世界をがんじがらめにする共産党中国の見えない戦争『中国はいかにして経済を兵器化してきたか』ベサニー・アレン著 秋山勝訳

中国はいかにして経済を兵器化してきたか

ベサニー・アレン著 秋山勝訳

 年々、軍事的脅威をあからさまに見せつけている中国は、一方では世界第2位のDGPの経済力と世界中の企業の垂涎の的である巨大市場を背景として、世界経済への見えない支配力を強めている。それはもはや経済を「兵器化」させたものと言え、本書ではさまざまな領域におけるその実態を詳細にレポートするものである。

権威主義的エコノミック・ステイトクラフトという脅威

 著者はキーワードとして「エコノミック・ステイトクラフト」を用いる。これは「国家が政治的目的を達成するため、軍事的手段ではなく経済的手段 を使って他国に影響力を行使すること」と定義され、世界の多様な場面に見られる行為である。が、問題はその主体が「権威主義政府」である「中国共産党」だということだ。

―――――――
▽中国の権威主義的エコノミック・ステイトクラフトは、「政治最優先」を意図し、その意図を隠そうともしない。…国内外の経済活動に対する国家統制を強める第一の目的は、純粋に経済的な目標の達成ではなく、政治的目標――中国共産党の政治的利益を高めるためにある。しかもそれは、中国共産党が世界をよりまともな場所にすると考える普遍的な理念に基づくものではなく、党の自己利益を第一に考えて綿密に定義されている。

▽人類史を見れば、支配者が自身の政治的意志を他者に強要するため、経済的威圧を使った例は枚挙にいとまがない。とはいえ、現在の中国のように、これほど組織的かつ世界的な規模で試みられた例はなく、既存の自由民主主義を覆すため、それに反する考えをあからさまに唱える国家事業が行われ たことなどなかった。
―――――――(イントロダクションより)

コロナ・パンデミックを好機ととらえた強権国家

 本書は「コロナ・パンデミック」から始まる。中国武漢から拡散したといわれるコロナ禍において、はじめは中国への批判・非難が集中したが、中国共産党はこれを逆手に取った。対応法が不明のうちに世界中に感染が広がり、アメリカは世界最多の感染者を抱えて機能不全に陥っていた。

 だが中国は大規模封鎖、接触追跡、集団検査をいちはやく実施、感染者の拡大を一気に抑え込んだ。権威主義政府つまり強権的な政府ならではの対応だった。ここぞとばかり習近平は高らかに宣言する。

「果敢に戦い、果敢に勝利することは 中国共産党の際立った政治的特徴であり、われわれの際立った政治的優位性である」

パンデミックの混乱に乗じて情報操作し弾圧を進める

 さらに中国はパンデミックの状況につけ込んでさまざまな策動を始める。

―――――――
▽(この)状況につけ込み、香港に対して権威主義体制を押しつけた。これは一九八四年にイギリスとのあいだで署名した「英中共同声明」に背くばか りか、世界的な金融ハブとしての香港の地位を兵器化することで、世界のどこの国であろうと自国に反対する意見を弾圧しようとした。

▽また、ソーシャルメディアを使って情報操作も行っていた。ニセ情報の拡散には国外の有力なプラットフォームが使われていた。ニセ情報自体はパンデミック前の二〇一九年、香港の民主化デモの際にすでに確認されていたが、本格化したのはやはりパンデミックの最中だった。ウイルスを蔓延させたという非難の矛先をかわすため、中国政府はその責任をアメリカやイタリア、あるいは他国にある低温物流の倉庫、さらにはウクライナにあるはずだというアメリカの生物兵器の研究所に転嫁しようとした。中国にすれば、自国以外の組織や機関、国であればそれでよかったのだ。
―――――――(イントロダクションより)

 こうして習近平の中国共産党は、コロナ・パンデミックを利用することで自らの権力を強化していった。もちろんそれが成功したとは言い切れない。世界では中国の威圧に従わざるを得なかった国や企業が多数あらわれた一方で、中国への警戒心を核心的な脅威へとみなす動きも出てきている。

 本書はコロナ・パンデミックを導入として、経済的威圧の手法、国内の情報統制、さらに世界中の中国人への監視体制の強化、さまざまなスパイ活動の詳細など、多面におよぶ中国共産党の支配戦略を検証するものである。

(担当/藤田)

 

本書目次

イントロダクション コロナ・パンデミック
それは武漢から始まった/二〇二〇年一月、ダボス会議/若き眼科医の警告と死/世界の物語を中国共産党が書き替える/アメリカの機能不全、中国の「成功」/パンデミックこそ中国が攻勢に転じる好機/世界最大の中国市場へのアクセスを「兵器化」/民主主義的エコノミック・ステイトクラフトの構築/保守派、進歩派それぞれの脆弱性/世界に拡大していく中国の「核心的利益」

第1章 権威主義的エコノミック・ステイトクラフト
オーストラリアワインへの制裁関税/中国共産党の政治的利益のための制裁措置/ハリウッドは中国批判ができない/ノルウェー、フィリピン、韓国への経済制裁/ウイグル弾圧批判と台湾訪問に対する報復措置/巨大な経済力を政治力や外交力に変換する

第2章 マスクに群がった世界
マスクの主要供給国だった中国/名古屋で買い占められたマスクが中国へ/トランプ政権下の危機的なマスク不足/米国で「国防生産法」発動が検討される/アメリカにとっての「産業政策」/中国の軍民融合戦略――「ファーウェイ」と人民解放軍/トランプがしかけた米中貿易戦争/医療機器の戦略的備蓄措置

第3章 中国の「二重機能戦略」
国境を越える統一戦線組織の工作活動/各国の中国人に命令を伝達する

第4章 ハニートラップと姉妹都市
「どこに行っても彼女がいた」/中国大使館主催の「米中姉妹都市会議」/はじめてアメリカを訪れた若き習近平の思い出/「一帯一路」構想と姉妹都市交流の役割/そして女スパイ、クリスティン・ファンは姿を消した/ロシアや中国がよく使っている手口/在米中国人工作員と中国系コミュニティー/姉妹都市提携と引き換えのパンデミック支援/台湾都市の提携事業に中国外交官が「懸念」

第5章「ズーム」イン
ネット検閲を拒否すれば中国市場から追放/史上初のバーチャル天安門事件追悼会議/中国政府がズームをシャットダウンする/参加者全員のユーザー情報を提供せよ/IDとパスワードが中国の治安当局者に/ニセのアカウントから会議へのクレームを送信/FBIの起訴状で暴かれた「悪魔との取引」/中国における事業展開で「戦略的優位性」が得られる/秘密のままにされる中国政府の秘密工作/国家管理を強化する「中国サイバー・セキュリティ法」/中国政府の要求に応じたアップル/中国政府はあらゆるものを奪い続ける/グーグルの秘密プロジェクト「ドラゴンフライ」/北京の強制に自由市場は対抗できない

第6章 WHOと中国共産党
テドロスは中国政府の対応を称賛する/「中国によるWHO支配」を理由にトランプは脱退を表明/アフリカ系住民への強制検査と隔離/台湾を非難するテドロス/パンデミックの起源に関するデータを隠匿する中国/中国とエチオピアの密接な関係/元保健大臣としての姿を現したWHO事務局長

第7章 ニセ情報(ディスインフォメーション)戦略
ツイッターを利用した情報操作/急激に膨れ上がった中国メディアのフォロワー数/政府のプロパガンダを海外へ拡散、海外からの情報は遮断/「ウイルスはアメリカの生物兵器」説を展開/トランプの情報戦と中国の情報戦の類似点

第8章 オーストラリアの戦い
党幹部の狙いは「戦わずして勝つ」/大学内に機密情報提供者の大規模ネットワーク/安全保障上の懸念が高まる中国/豪州ダーウィン港の九九年間のリース契約/オーストラリア上院議員と中国人不動産業者の癒着/他国の主権に対する中国の干渉/人民解放軍上将と西側政府要人との交流/トランプの登場、TPP脱退、習近平との会談/世界中の民主主義国が直面する共通の課題/「インド太平洋戦略枠組み」の承認/あらゆる領域に中国はスパイを配している/「ファーウェイ」をオーストラリアから締め出す/オーストラリアに対する「十四の不満」

第9章 香港で何が起こっていたのか
アメリカ市民である民主化活動家への逮捕状/あらゆる人物、あらゆる国を対象とする国家安全維持法/中国が激怒した「二〇一九年香港人権・民主主義法」/世界のどこに行っても中国人に逃げ場はない/他国からの制裁を阻止する「反外国制裁法」

第10章 政治利用された中国製ワクチン
WHOに承認されなかったロシア製ワクチン/イラン、ジョージアへの中国製ワクチン大量供給/中国製ワクチンへの懸念が広がる/台湾のワクチン確保を中国が妨害/出口を見いだせなくなった中国

第11章 民主的な経済戦略のために
何が中国の権威主義的国家資本主義を台頭させたか/新しいリバタリアン正統主義が広がっていく/中国の人権問題と貿易問題を切り離したクリントン/暴走する自由市場資本主義への激しい非難/権威主義的エコノミック・ステイトクラフトへの対抗/民主主義国がなすべきこと/経済行為を守る民主主義的ガードレールの強化/個人と企業の経済安全保障の強化/国際的なアクション――民主主義国による集団行動/経済的威圧に対抗するための集団的経済防衛協定/国際機関への調停申し立て/経済的強制力の弱体化――救済と回復力/効果的な抑止に必要なコミュニケーション/中長期的リスクの軽減/官民連携でレジリエンスを改善/制度的能力の向上を目ざした国内措置/抑止力――将来に向けた防火対策/懲罰による抑止/結論

 

著者紹介

ベサニー・アレン(Bethany Allen)

ニュースサイト「アクシオス」の中国担当レポーター。「パナマ文書」の分析で知られる国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の「中国文書」プロジェクトの主任記者、『フォーリン・ポリシー』の記者・編集者を経て現職。2020年にロバート・D・G・ルイス・ウォッチドッグ賞を受賞、さらにこの年、ジャーナリズム界の勇気をたたえるバッテンメダルの最終選考に選出される。中国語が堪能でこれまで中国に4年間在住。現在は台湾で暮らしている。

秋山勝(あきやま・まさる)

翻訳者。立教大学卒。日本文藝家協会会員。訳書にドイグ『死因の人類史』、コヤマ、ルービン『「経済成長」の起源』、ホワイト『ラザルス』、サウトバイ『重要証人』、ミシュラ『怒りの時代』、ローズ『エネルギー400年史』、バートレット『操られる民主主義』(以上、草思社)、ウー『巨大企業の呪い』、ウェルシュ『歴史の逆襲』(以上、 朝日新聞出版)など。

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楽天ブックス: 中国はいかにして経済を兵器化してきたか - べサニー・アレン - 9784794227232 : 本

三〇通りの理想と現実の折り合いの付け方『英米の大学生が学んでいる政治哲学史』グレアム・ガラード/ジェームズ・バーナード・マーフィー 著

英米の大学生が学んでいる政治哲学史

――三〇人の思索者の生涯と思想

グレアム・ガラード 著 ジェームズ・バーナード・マーフィー 著 神月謙一 訳

孔子、プラトン、マキャヴェッリ、ルソー、トクヴィル、マルクス、クトゥブ、アーレント、ロールズ、ヌスバウム――。本書は古代ギリシャの哲学者をはじめ、儒教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神学者や指導者、そして「フェミニズムの母」やエコロジストを含む近現代哲学者まで、三〇人の賢者たちの人生と思想を通史的に解説した一冊です。

人が、個人やコミュニティーとして、どうすればより良く生きられるか、普遍的な知恵を追い求めてきたのが本書が紹介する思索者たちです。

例えばアリストテレスは、政治的共同体を「人間の望ましい生活について合意を共有する理性的な人間の集まり」と定義します。選挙は最も優れた人物を選ぶことが目的なのだから、貴族制にこそふさわしいと言います。

マキャヴェッリにとっては、残酷であることが当たり前であった政治の世界において、二つの善や、善と悪からではなく、二つの悪の中からよりましなほうを選ぶことが倫理的に正しい選択でした。

バークにとって統治の技術は理論ではなく実践的なものでした。時間をかけて徐々に進化する伝統的な習慣や慣例に従うべきだと考えたのです。

ガンディーが政治手法とした非暴力主義は、肉体的な欲求を無視し、苦痛や死さえ受け入れられるようにする厳しい訓練に基づいたものでした。

是非本書を紐解いて、私たち自身が生きる政治的環境において、いかに理想と現実の折り合いを付けるか、何らかの新たな視点を見出してください。

(担当/渡邉)

 

【内容紹介】

孔子、プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、アル=ファーラービー、マイモニデス、トマス・アクィナス、マキャヴェッリ、ホッブズ、ロック、ヒューム、ルソー、バーク、ウルストンクラフト、カント、ペイン、ヘーゲル、マディソン、トクヴィル、ミル、マルクス、ニーチェ、ガンディー、クトゥブ、アーレント、毛沢東、ハイエク、ロールズ、ヌスバウム、ネス――。

古代ギリシャの哲学者をはじめ、儒教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神学者や指導者、そして「フェミニズムの母」やエコロジストを含む近現代哲学者まで、三〇人の賢者たちの人生と思想を通史的に解説。

本書は、歴史上有数の政治学者たちの話をこっそり聞ける場所に読者を案内する。読者は、三〇の短い章を通じて、さまざまな魅力的な人物と知り合えるだろう。(中略)
彼らは皆、同時代の政治的情報から真の知識を抽出し、その知識を、人が、個人やコミュニティーとして、どうすればより良く生きられるかについての普遍的な知恵に変えようとした。私たちが選んだのは、最も賢明で、最も大きな影響を後世に与えた三〇人の政治思想家である。彼らの出身地は、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカと、広範にわたる。また、各章の終わりでは、それぞれの賢者が現代の政治的問題に対して提供し得る知恵について考察している。(「序章 政治――かつては力が正義だった」より)

 

【目次】

序章 政治――かつては力が正義だった

古代
第一章 孔子――聖人
第二章 プラトン――劇作家
第三章 アリストテレス――生物学者
第四章 アウグスティヌス――現実主義者(リアリスト)

中世
第五章 アル=ファーラービー――先導者(イマーム)
第六章 マイモニデス――立法者
第七章 トマス・アクィナス――調停者(ハーモナイザー)

近代
第八章 ニッコロ・マキャヴェッリ――愛国者
第九章 トマス・ホッブズ――絶対主義者
第一〇章 ジョン・ロック――清教徒(ピューリタン)
第一一章 デイヴィッド・ヒューム――懐疑論者
第一二章 ジャン=ジャック・ルソー――市民(シトワイヤン)
第一三章 エドマンド・バーク――反革命主義者
第一四章 メアリー・ウルストンクラフト――フェミニスト
第一五章 イマヌエル・カント――純粋主義者(ピュアリスト)
第一六章 トマス・ペイン――煽動者
第一七章 ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル――神秘主義者
第一八章 ジェームズ・マディソン――建国の父(ファウンダー)
第一九章 アレクシ・ド・トクヴィル――預言者
第二〇章 ジョン・スチュアート・ミル――個人主義者
第二一章 カール・マルクス――革命思想家
第二二章 フリードリヒ・ニーチェ――心理学者

現代
第二三章 モーハンダース・ガンディー――戦士
第二四章 サイイド・クトゥブ――聖戦主義者(ジハーディスト)
第二五章 ハンナ・アーレント――除け者(パーリア)
第二六章 毛沢東――主席
第二七章 フリードリヒ・ハイエク――リバタリアン
第二八章 ジョン・ロールズ――リベラル
第二九章 マーサ・ヌスバウム――自己啓発者(セルフディベロッパー)
第三〇章 アルネ・ネス――登山家

結論――政治と哲学の不幸な結婚

 

著者紹介

グレアム・ガラード

一九九五年からイギリスのカーディフ大学で、二〇〇六年からはアメリカのハーバード大学サマースクールでも政治思想を教えている。カナダ、アメリカ、イギリス、フランスのさまざまな大学で二五年間講義を行ってきた。

ジェームズ・バーナード・マーフィー

アメリカのニューハンプシャー州ハノーバーにあるダートマス大学で一九九〇年から教壇に立ち、現在は政治学の教授を務めている。

訳者紹介

神月謙一(かみづき・けんいち)

翻訳家。青森県生まれ。東京都立大学人文学部卒業。国立大学の教員を一三年間勤めたのち現職。訳書に『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』(ともに草思社)など多数。

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平和とは、非暴力に憎み合うこと 『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』クリストファー・ブラットマン著 神月謙一訳

戦争と交渉の経済学

――人はなぜ戦うのか

クリストファー・ブラットマン著 神月謙一訳

 

◆リアリズムに基づき「なぜ人は戦うのか」を理解し、戦争を避ける方法を模索する

 ウクライナへのロシアの侵攻、アフリカや中東での内戦、さらには北朝鮮のミサイル発射や、台湾を巡る中国の発言など、世界では緊張が高まり、戦争や小競り合い、力を誇示しての恫喝が増加しているようにも見えます。私たちはこの事実をどのように捉えるべきなのでしょうか。非暴力的な決着へといたるために、何かできることはないのでしょうか。本書は、内戦やギャングの抗争などのさまざまなレベルの戦いについて、現場への介入も含めた研究を行ってきた政治経済学者が書いた、戦争を理解し、平和への道を探るための必読書と言える本です。
 暴力や戦争については、数十年にわたり、経済学や政治学、心理学で研究され、さらには現実世界での介入の知見が蓄積されてきました。そこからは、いくつもの直観に反する洞察が得られています。
その1つが、「人々はめったに戦わない」ということ。世界には何百万もの敵対する集団の組み合わせがありますが、暴力に発展するのはそのごく一部に過ぎません。ほとんどの敵同士は、取引で何らかの妥協をし、非暴力的に互いを憎み合うことを選択しています。理由は簡単で、戦争はコストがかかり過ぎるから。戦争は、利害の対立を解決するには最悪の方法なのです。
 2つ目の直観に反する洞察は、「戦争の原因は少ない」ということです。本書では、戦争の原因が、たった5つに類型化できることを示しています。取引を拒絶し、大き過ぎるコストも厭わず戦争に突入する原因は、5つしかないというのです。
 では、どうすれば平和は実現するのでしょう。本書には、敵対する集団同士が平和を望んでいる場合には、驚くほど簡単に暴力は終結し、ギャング同士でさえもそれを行っていることが示されています。より困難な状況下でも、先の「5つの原因」に取り組むことで、暴力の動機を減らし、取引に向かう動機を増やせることが、実例とともに明らかにされます。

◆世界の頭脳が推薦する、いま読むべき本

 本書には数多くの推薦の言葉が寄せられています。

「ブラットマンは偉大なストーリーテラーであり、その洞察は我々全員にとって重要である」
――リチャード・セイラーノーベル経済学賞受賞者。『NUDGE 実践 行動経済学』著者)
「ブラットマンは、経済学や政治学の分析手法を、暴力に悩まされたコミュニティでの広範な研究に応用することで、紛争の問題に重要な新しい視点を提供している」
――ロジャー・マイヤーソン(ノーベル経済学賞受賞者)
「最も重要なトピックに関する、最も重要な本」
――タイラー・コーエン(経済学者。『大格差』著者)
「ブラットマンは、暴力は人間の本質の不可分の一部であると主張したり、人類は戦争への性向をほとんど克服したと宣言したりする無用な二項対立を避け、人間社会が紛争を解決するためにいかにさまざまな戦略を駆使しているか、そしてなぜこうした努力が時としてつまずくのかを説明する」
――ダロン・アセモグル(経済学者。『国家はなぜ衰退するのか』著者)
「経済学者は、貧しい国の人々は毎日、自分たちが貧しいことを心配しながら目覚めていると想像している。そうかもしれないが、もっと根本的には、彼らは不安定で暴力にさらされているのだ。この最も基本的な人間の問題を前景化することは、今日の世界を理解するために不可欠である」
――ジェイムズ・A・ロビンソン(経済学者。『国家はなぜ衰退するのか』著者)

 

目次より

序章
「なぜ殺し合うのか」という問いに直面するとき
暴力はどれほど大きな問題か
戦争は例外であり、通常は選択されない
なぜ最も憎悪する敵同士でも戦争を避けるのか
戦争が起きる5つの理由

第1部 戦争を引き起こすもの

第1章 人々はなぜ戦いを避けるのか
犯罪組織でさえ抗争を避けビジネスを優先する
ゲーム理論が示す「戦わないという戦略」の正しさ

第2章 抑制されていない利益
武装勢力の元司令官が語った「おとぎ話」
独裁者や寡頭独裁者はなぜ問題となるのか
アメリカ独立革命の不名誉な側面
「抑制されていない私的利益」はどう働くか
「抑制と均衡」は権力者のインセンティブを変える

第3章 無形のインセンティブ
戦いでしか得られないもののために戦う
義憤――不公正への抗議そのものに喜びを感じる
道義的憤りが交渉領域を大幅に縮小させる
名誉と威信――命を危険にさらしても得たいもの
イデオロギー――理念のため頑なに妥協を忌避する
暴力そのものの喜びは無形のインセンティブ
妥協を拒んで交渉領域が狭まることの意味

第4章 不確実性
ギャングのリーダーが自分の強さを誇示する理由
敵と味方の実力差を評価する際の不確実性
ブラフと私的情報は不確実性をより大きくする
ライバルが多数いると評判はより重要になる
アメリカ対サダム・フセイン――そこにあった不確実性

第5章 コミットメント問題
予防戦争――敵の台頭を阻止するための戦争
第一次世界大戦は予防戦争だったか
アテネ対スパルタのコミットメント問題
パイ図で考えるコミットメント問題の論理
ジェノサイド――少数派台頭への恐怖が暴走するとき
内戦が長引きやすいのもコミットメント問題のせい
再びイラクへ――不確実性とコミットメント問題
「5つの原因」が重なり合い交渉領域を狭めた

第6章 誤認識
アインシュタインフロイトの往復書簡
「速い思考」に働く心理的バイアスの数々
自分に対する誤認識――自分の能力を過信する
他者を誤認識する――誤った投影と誤った解釈
集団での意思決定に紛れ込むバイアス
誤認識と激情の恐ろしい相互作用
5つの論理を集約し診断ツールとして使う

第2部 平和をもたらす術

第7章 相互依存
競争を平和裏に処理するための4つの方法
宗教対立が起こりづらい都市の特徴
経済的相互依存は交渉領域を広くする
社会的な交流は分極化を抑制する
遠くの人との道徳的、文化的な結び付き

第8章 抑制と均衡
内戦が終結し優れた大統領が就任すれば万全か
なぜ安定した社会は多くの中心を持つのか
多中心的な体制になれば戦争は起こりづらい
抑制と均衡は権力との長い闘争の末に実現する

第9章 規則の制定と執行
犯罪組織間で取り決められた暴力を抑制する制度
国家――暴力を抑制し鎮定する強力な存在
無政府状態で暴力を抑制する「名誉の文化」
無政府状態にある国際社会での制度の意義

第10章 介入
カリスマ人権活動家の活躍と失敗
戦争という「厄介な問題」に介入する5つの手段
懲罰――経済制裁に効果はあるか
執行――平和維持部隊の派遣などの効果
調整――和平協議の仲立ちをする調停者
社会化――自制、他人への共感、理性的判断など
インセンティブ――戦わないことの価値を高める

第11章 戦争についてのよくある議論の真偽
戦争に関する直観的理解の妥当性を評価する
女性がリーダーになれば戦争は減るか
貧困をなくせば紛争は防げるか
その他の直観的理解を裏切る事実
戦って解決させる方がよい、という主張

結論 漸進的平和工学者
戦争の一挙解決を夢想することの危うさ
平和工学者のための十戒
    Ⅰ.容易な問題と厄介な問題を見分けなさい
    Ⅱ.壮大な構想やベストプラクティスを崇拝してはならない
    Ⅲ.すべての政策決定が政治的であることを忘れてはならない
    Ⅳ.「限界」を重視しなさい
    Ⅴ.目指す道を見つけるためには、多くの道を探索しなければならない
    Ⅵ.失敗を喜んで受け入れなさい
    Ⅶ.忍耐強くありなさい
    Ⅷ.合理的な目標を立てなければいけない
    Ⅸ.説明責任を負わなければならない
    Ⅹ.「限界」を見つけなさい

謝辞

参考文献

原注

 

著者紹介

クリストファー・ブラットマン(Christopher Blattman)

シカゴ大学ハリス公共政策大学院教授。同校の開発経済センターの副センター長を務めている。経済学者、政治学者であり、その暴力、犯罪、貧困に関する世界的な研究は、ニューヨークタイムズワシントンポスト、ウォールストリートジャーナル、フィナンシャルタイムズ、フォーブス、スレート、Vox、NPRなどで広く取り上げられている。

訳者紹介

神月謙一(かみづき・けんいち)

翻訳家。青森県生まれ。東京都立大学人文学部卒業。国立大学の教員を13年間勤めたのち現職。主な訳書に『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』(草思社)、『微生物・文明の終焉・淘汰』、『暇と退屈の心理学』(共にニュートンプレス)、『デジタル・エイプ』(クロスメディア・パブリッシング)、『格差のない未来は創れるか?』(ビジネス教育出版社)、『INSPIRED』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

Amazon:戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか:クリストファー・ブラットマン著 神月謙一訳:本

楽天ブックス: 戦争と交渉の経済学 - 人はなぜ戦うのか - クリストファー・ブラットマン - 9784794226624 : 本

破綻国家・北朝鮮がなぜミサイルを撃ちつづけられるのか?『ラザルス 世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ』ジェフ・ホワイト著 秋山勝訳

ラザルス

――世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ

ジェフ・ホワイト著 秋山勝訳

日本政府が名指しで非難、注意喚起をうながした「ラザルス」グループとは?

 昨年10月、警察庁金融庁・内閣サイバーセキュリティ―センターが連名で、「北朝鮮の下部組織」としてのハッカー集団「ラザルス」について名指しで非難した。このハッカー集団が奪取した暗号資産などの被害総額は800億円とも1300億円ともみられている。ラザルスの秘匿された行動の痕跡を詳細に追いかけたのが本書である。
「ラザルス」の名が一躍知られるきっかけとなったのは、2014年のソニー・ピクチャーズエンタテインメントへのハッキング事件。膨大な量のメールや個人情報が晒され、未公開映画が流出するという事態となった。2016年にはバングラデシュ中央銀行がハッキングされている。さらにワナクライと呼ばれるランサムウエアが世界中にばらまかれ、イギリスの医療システムが攻撃、甚大な被害が発生。そして現在では、世界中の巨大な暗号資産が次々に食い物にされている。こうして奪取された金は、フィリピンやマカオなどを舞台に、事情を知らない人間まで利用するという巧妙な手法によって洗浄(ロンダリング)されていた。本書では、これらの驚くべき実態が次々と明らかにされていく。

それはもはや軍事組織。選び抜かれた精鋭サイバー兵士たちが世界を食い荒らす。

 ラザルスの上部組織と特定されている「北朝鮮」は、経済的に破綻しているにもかかわらずなぜ存続できているのか。その資金源はどこにあるのか? かつてスーパーノート(偽100ドル札)や覚醒剤の製造が取りざたされたが、それらが身をひそめると入れ替わるようにハッキングが始まっている。
 本書は北朝鮮国内でサイバー兵士のようにハッカーを育て上げるシステムにも言及する。もはや北朝鮮ハッカー組織は軍隊と呼ぶべき恐るべき脅威でしかない。
 ラザルスの標的は世界に広がっているが、日本はその最たる好餌のひとつと見て間違いないだろう。この巨大な犯罪は、しかしつねに秘密裡に行われており、次々と新たな方法が生み出されているはずだ。本書はこうした新たな脅威について、明確な危機意識を持つうえできわめて貴重な情報に満ちた一冊である。

(担当/藤田)

 

本書目次

プロローグ ラザルスグループ

第1章 ジャックポット
キャッシュカードの束を持つ男たち
「隠者の国」の隠された一面
標的はATMのシステム・プログラム
無効にされた暗証番号
FBIが銀行に発した極秘の警告
逮捕されたのはただの「運び屋」
銀行襲撃の背後にいる者たち

第2章 破産国家
終わっていない戦争
粉飾されていた「北の楽園」
過激な孤立主義が破滅へと導く
「出身成分」という階級制度
金日成が犯した二つの誤算
性に執着した国家主席
二代目国家主席のジレンマ
強制収容所のおぞましい日々
どこから資金を調達しているのか?

第3章 スーパーノート
偽100ドル札の精度
本物よりシャープな印刷
捕まった元赤軍派・田中義三
本物の印刷機・用紙・インク
イングランドの運び屋
モスクワの北朝鮮大使館
覚醒剤の製造拠点
アメリ東海岸での一斉摘発
偽札作りをやめた真意

第4章 〈ダークソウル〉
韓国で開かれた新たな戦端
グーグル会長が見た北朝鮮の内側
コンピューター化の真の狙い
切り札は核兵器開発
支配階級に許された無制限のアクセス
ハッカー育成の選抜システム
急速に向上する攻撃能力
非対称性サイバー戦争

第5章 ハリウッドをハックする
襲われたソニー・ピクチャーズ
「これは始まりにすぎない」
金正恩が殺されるコメディ映画
システム侵入の波状攻撃
未公開映画作品を流出させる
さらされる何万通もの個人メール
「本当に北朝鮮か」という人たち

第6章 フォールアウト
ウィキリークスで暴露された個人情報
一生払い続ける情報流出の代償
その名は〈ラザルスグループ〉  
北朝鮮を甘く見たバラク・オバマ
金正日にとっての「映画」
処刑される高官たち

第7章 事前準備
反応しないプリンター
10億ドルの送金指示
極秘扱いされたハッキング 
暴かれていく襲撃の手口
裏の裏をかく戦術 
書き換えられたアクセスコード
ソニー襲撃とバングラデシュ銀行を結ぶもの

第8章 サイバースレイブ
中国に派遣された男
謎をつないだメールアドレス
実行犯の顔写真つき履歴書
北朝鮮企業のビジネスモデル
なぜ北朝鮮のために働くのか  
選り抜きのサイバー兵士たち
人質として拘束される家族

第9章 逃走迷路
五つの銀行口座
紛糾するフィリピンの公聴会
深まっていく支店長への疑惑
途切れてしまった資金の行方
マネーロンダリングの三段階

第10章 バカラ三昧
カジノに持ち込まれた現金
マネーロンダリングの第二段階
決して負けない賭け方
溶けていく金
フィリピンから中国へ

第11章 陰謀の解明
寄付を申し出る「日本人」支援者
「JICA」を騙る文書
日本と北朝鮮を結ぶ点と線
《ササキタダシ》へのインタビュー
すべてはマカオ

第12章 東洋のラスベガス
二人の中国人
金賢姫金正男
なぜクアラルンプールで殺されたのか?
それぞれの結末

第 13 章 ランサムウェア
ロンドンの病院襲撃
無限に感染拡大するランサムウェア
ウイルスの緊急停止スイッチ
脆弱性利用型不正プログラム
ブロックチェーンの痕跡 

第14章 暗号資産
見せかけの南北融和
暗号資産の恩恵
盗まれた2億3000万ドルの暗号資産
北朝鮮とつながる海運会社
暗号資産の最先端知識

第15章 さらなる強奪
金正恩ドナルド・トランプ
「最重要指名手配」
共犯者たちのネットワーク
ビジネスメール詐欺
ドバイのインフルエンサー

結び 軍事組織としてのハッカー集団

 

著者紹介

ジェフ・ホワイト(Geoff White)
イギリスを代表するテクノロジージャーナリスト。20年以上におよぶ調査報道の経歴を通じて選挙のハッキング、マネーロンダリング、個人情報の売買、サイバー犯罪の実態について報道してきた。「スノーデン事件」やイギリス最大のインターネットサービスプロバイダ「TalkTalk」のハッキング事件に関する記事でいくつもの賞を受賞。本書にもあるBBCのポッドキャスト「ラザルス・ハイスト」はイギリスのアップルポッドキャストのランキングで1位、アメリカでも上位にランクインしている。

訳者紹介

秋山勝(あきやま・まさる)
立教大学卒。日本文藝家協会会員。出版社勤務を経て翻訳の仕事に。訳書に、ケイシー・ミシェル『クレプトクラシー 資金洗浄の巨大な闇』、マイク・アイザック『ウーバー戦記』、サイラグル・サウトバイ『重要証人』、パンカジ・ミシュラ『怒りの時代』、リチャード・ローズ『エネルギー400年史』、ジャレド・ダイアモンド『若い読者のための第三のチンパンジー』、ジェイミー・バートレット『操られる民主主義』(以上、草思社)、ティム・ウー『巨大企業の呪い』、ジェニファー・ウェルシュ『歴史の逆襲』(以上、 朝日新聞出版)など。

Amazon:ラザルス 世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ:ジェフ・ホワイト著 秋山勝訳:本

楽天ブックス: ラザルス - 世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ - ジェフ・ホワイト - 9784794226273 : 本