草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

平和とは、非暴力に憎み合うこと 『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』クリストファー・ブラットマン著 神月謙一訳

戦争と交渉の経済学

――人はなぜ戦うのか

クリストファー・ブラットマン著 神月謙一訳

 

◆リアリズムに基づき「なぜ人は戦うのか」を理解し、戦争を避ける方法を模索する

 ウクライナへのロシアの侵攻、アフリカや中東での内戦、さらには北朝鮮のミサイル発射や、台湾を巡る中国の発言など、世界では緊張が高まり、戦争や小競り合い、力を誇示しての恫喝が増加しているようにも見えます。私たちはこの事実をどのように捉えるべきなのでしょうか。非暴力的な決着へといたるために、何かできることはないのでしょうか。本書は、内戦やギャングの抗争などのさまざまなレベルの戦いについて、現場への介入も含めた研究を行ってきた政治経済学者が書いた、戦争を理解し、平和への道を探るための必読書と言える本です。
 暴力や戦争については、数十年にわたり、経済学や政治学、心理学で研究され、さらには現実世界での介入の知見が蓄積されてきました。そこからは、いくつもの直観に反する洞察が得られています。
その1つが、「人々はめったに戦わない」ということ。世界には何百万もの敵対する集団の組み合わせがありますが、暴力に発展するのはそのごく一部に過ぎません。ほとんどの敵同士は、取引で何らかの妥協をし、非暴力的に互いを憎み合うことを選択しています。理由は簡単で、戦争はコストがかかり過ぎるから。戦争は、利害の対立を解決するには最悪の方法なのです。
 2つ目の直観に反する洞察は、「戦争の原因は少ない」ということです。本書では、戦争の原因が、たった5つに類型化できることを示しています。取引を拒絶し、大き過ぎるコストも厭わず戦争に突入する原因は、5つしかないというのです。
 では、どうすれば平和は実現するのでしょう。本書には、敵対する集団同士が平和を望んでいる場合には、驚くほど簡単に暴力は終結し、ギャング同士でさえもそれを行っていることが示されています。より困難な状況下でも、先の「5つの原因」に取り組むことで、暴力の動機を減らし、取引に向かう動機を増やせることが、実例とともに明らかにされます。

◆世界の頭脳が推薦する、いま読むべき本

 本書には数多くの推薦の言葉が寄せられています。

「ブラットマンは偉大なストーリーテラーであり、その洞察は我々全員にとって重要である」
――リチャード・セイラーノーベル経済学賞受賞者。『NUDGE 実践 行動経済学』著者)
「ブラットマンは、経済学や政治学の分析手法を、暴力に悩まされたコミュニティでの広範な研究に応用することで、紛争の問題に重要な新しい視点を提供している」
――ロジャー・マイヤーソン(ノーベル経済学賞受賞者)
「最も重要なトピックに関する、最も重要な本」
――タイラー・コーエン(経済学者。『大格差』著者)
「ブラットマンは、暴力は人間の本質の不可分の一部であると主張したり、人類は戦争への性向をほとんど克服したと宣言したりする無用な二項対立を避け、人間社会が紛争を解決するためにいかにさまざまな戦略を駆使しているか、そしてなぜこうした努力が時としてつまずくのかを説明する」
――ダロン・アセモグル(経済学者。『国家はなぜ衰退するのか』著者)
「経済学者は、貧しい国の人々は毎日、自分たちが貧しいことを心配しながら目覚めていると想像している。そうかもしれないが、もっと根本的には、彼らは不安定で暴力にさらされているのだ。この最も基本的な人間の問題を前景化することは、今日の世界を理解するために不可欠である」
――ジェイムズ・A・ロビンソン(経済学者。『国家はなぜ衰退するのか』著者)

 

目次より

序章
「なぜ殺し合うのか」という問いに直面するとき
暴力はどれほど大きな問題か
戦争は例外であり、通常は選択されない
なぜ最も憎悪する敵同士でも戦争を避けるのか
戦争が起きる5つの理由

第1部 戦争を引き起こすもの

第1章 人々はなぜ戦いを避けるのか
犯罪組織でさえ抗争を避けビジネスを優先する
ゲーム理論が示す「戦わないという戦略」の正しさ

第2章 抑制されていない利益
武装勢力の元司令官が語った「おとぎ話」
独裁者や寡頭独裁者はなぜ問題となるのか
アメリカ独立革命の不名誉な側面
「抑制されていない私的利益」はどう働くか
「抑制と均衡」は権力者のインセンティブを変える

第3章 無形のインセンティブ
戦いでしか得られないもののために戦う
義憤――不公正への抗議そのものに喜びを感じる
道義的憤りが交渉領域を大幅に縮小させる
名誉と威信――命を危険にさらしても得たいもの
イデオロギー――理念のため頑なに妥協を忌避する
暴力そのものの喜びは無形のインセンティブ
妥協を拒んで交渉領域が狭まることの意味

第4章 不確実性
ギャングのリーダーが自分の強さを誇示する理由
敵と味方の実力差を評価する際の不確実性
ブラフと私的情報は不確実性をより大きくする
ライバルが多数いると評判はより重要になる
アメリカ対サダム・フセイン――そこにあった不確実性

第5章 コミットメント問題
予防戦争――敵の台頭を阻止するための戦争
第一次世界大戦は予防戦争だったか
アテネ対スパルタのコミットメント問題
パイ図で考えるコミットメント問題の論理
ジェノサイド――少数派台頭への恐怖が暴走するとき
内戦が長引きやすいのもコミットメント問題のせい
再びイラクへ――不確実性とコミットメント問題
「5つの原因」が重なり合い交渉領域を狭めた

第6章 誤認識
アインシュタインフロイトの往復書簡
「速い思考」に働く心理的バイアスの数々
自分に対する誤認識――自分の能力を過信する
他者を誤認識する――誤った投影と誤った解釈
集団での意思決定に紛れ込むバイアス
誤認識と激情の恐ろしい相互作用
5つの論理を集約し診断ツールとして使う

第2部 平和をもたらす術

第7章 相互依存
競争を平和裏に処理するための4つの方法
宗教対立が起こりづらい都市の特徴
経済的相互依存は交渉領域を広くする
社会的な交流は分極化を抑制する
遠くの人との道徳的、文化的な結び付き

第8章 抑制と均衡
内戦が終結し優れた大統領が就任すれば万全か
なぜ安定した社会は多くの中心を持つのか
多中心的な体制になれば戦争は起こりづらい
抑制と均衡は権力との長い闘争の末に実現する

第9章 規則の制定と執行
犯罪組織間で取り決められた暴力を抑制する制度
国家――暴力を抑制し鎮定する強力な存在
無政府状態で暴力を抑制する「名誉の文化」
無政府状態にある国際社会での制度の意義

第10章 介入
カリスマ人権活動家の活躍と失敗
戦争という「厄介な問題」に介入する5つの手段
懲罰――経済制裁に効果はあるか
執行――平和維持部隊の派遣などの効果
調整――和平協議の仲立ちをする調停者
社会化――自制、他人への共感、理性的判断など
インセンティブ――戦わないことの価値を高める

第11章 戦争についてのよくある議論の真偽
戦争に関する直観的理解の妥当性を評価する
女性がリーダーになれば戦争は減るか
貧困をなくせば紛争は防げるか
その他の直観的理解を裏切る事実
戦って解決させる方がよい、という主張

結論 漸進的平和工学者
戦争の一挙解決を夢想することの危うさ
平和工学者のための十戒
    Ⅰ.容易な問題と厄介な問題を見分けなさい
    Ⅱ.壮大な構想やベストプラクティスを崇拝してはならない
    Ⅲ.すべての政策決定が政治的であることを忘れてはならない
    Ⅳ.「限界」を重視しなさい
    Ⅴ.目指す道を見つけるためには、多くの道を探索しなければならない
    Ⅵ.失敗を喜んで受け入れなさい
    Ⅶ.忍耐強くありなさい
    Ⅷ.合理的な目標を立てなければいけない
    Ⅸ.説明責任を負わなければならない
    Ⅹ.「限界」を見つけなさい

謝辞

参考文献

原注

 

著者紹介

クリストファー・ブラットマン(Christopher Blattman)

シカゴ大学ハリス公共政策大学院教授。同校の開発経済センターの副センター長を務めている。経済学者、政治学者であり、その暴力、犯罪、貧困に関する世界的な研究は、ニューヨークタイムズワシントンポスト、ウォールストリートジャーナル、フィナンシャルタイムズ、フォーブス、スレート、Vox、NPRなどで広く取り上げられている。

訳者紹介

神月謙一(かみづき・けんいち)

翻訳家。青森県生まれ。東京都立大学人文学部卒業。国立大学の教員を13年間勤めたのち現職。主な訳書に『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』(草思社)、『微生物・文明の終焉・淘汰』、『暇と退屈の心理学』(共にニュートンプレス)、『デジタル・エイプ』(クロスメディア・パブリッシング)、『格差のない未来は創れるか?』(ビジネス教育出版社)、『INSPIRED』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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