草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

岐路に立つ日本人の〈肉声〉を克明に伝える貴重な同時代ルポ!『1932年の大日本帝国』アンドレ・ヴィオリス 著 大橋尚泰 訳

1932年の大日本帝国

ーーあるフランス人記者の記録

アンドレ・ヴィオリス 著 大橋尚泰 訳

 満洲事変の翌年にあたる一九三二年(昭和七年)、「日本はどこへ向かっているのか」を取材するために日本を訪れた『ル・プチ・パリジヤン』紙の特派員アンドレ・ヴィオリス(一八七〇〜一九五〇)は、当時、若手将校から崇拝の的になっていた荒木貞夫(陸相)のほか、平沼騏一郎、安部磯雄らとも対面し、そのやりとりを含む日本人の肉声を記録したルポ(Le Japon et son empire, Grasset, Paris)を一九三三年に刊行しました。本書はその全訳に詳細な注を付した一冊です。
 著者のヴィオリスは主に両大戦間に活躍した著名なジャーナリストで、フランス初の女性ルポルタージュ作家として、アイルランド内戦、アフガニスタンの内乱、第一次上海事変など、つねに危険と背中あわせの現場に赴いて取材を敢行し、多数の著作を残しています。そして日本においても著者が来日した一九三二年という年は、年初に血盟団による暗殺事件が立て続けに起き、五月十五日にはいわゆる「五・一五事件」が勃発、時の首相・犬養毅が暗殺されて戦前の政党政治が幕を閉じた年です。国際連盟との訣別も視野に入れていた当時の日本で、著者は日本の対外姿勢に批判的な立場から取材を行なっているのですが、結果的にはそのおかげで、この時代の日本人の言い分や、どのような対外意識をもっていたのかが明確に本書に記録されることになりました。
 何人もの日本人が苛立たしげに「ああ、せめて一九三六年以前に米国と戦争ができたらなあ。そうしたら、きっと勝つことができるのに」と口にするのを聞いたと著者は記しています。そして離日する著者を神戸港まで見送った元社会主義者の青年は「(このままでは)日本全体が腹切りしなければならなくなるのではありませんか」という著者の問いに、「でも、ご存じでしょう、『辱められてつまらぬ生き方をするよりは死んだほうがましだ』というわれわれ古来の価値観を……」と答えています。
本書の巻末近くで著者は「アメリカは、かつてない経済的・金融的な困難にかかりきりになっているが、それでも太平洋で海軍の示威行動に励んでおり、絶対に必要と感じられていたわけではない軍艦の建造を進めている。……太平洋での紛争は世界のバランスを乱し、何百万人もの運命を巻きこむ可能性があるが、それはもう起こりえないことではなくなっているようにみえる。日本はどこへ駈けてゆくのだろう」と予言めいた言葉を残していますが、それは十年も経たずに現実のものとなりました。
太平洋戦争へと至る歴史の中で「他にどのような道がありえたのか」はしばしば議論になりますが、本書の記述をお読みいただければ、一九三二年の段階ですでに多くの日本人の間で日米決戦へと至る道筋や、その結末までもが意識されていることがわかります。日本はなぜ日米開戦という悲劇的決断をせざるを得なかったのか。本書は、その背景となる危機の時代の空気を生々しく伝える第一級の資料といえます。


〔以下、本書「解説」より〕
 アメリカからも、たび重なる屈辱を受けていたと日本人は感じていたことがヴィオリスの筆からわかる。まず、ヴィオリスに講義をした将校たちは、日露戦争で日本が勝利すると「アメリカが嫉妬して騒ぐ番」となり、ワシントン会議につづいてロンドン軍縮会議でも日本の海軍が弱められて「新たな屈辱」を受けたと語る。
 さらに三山一輝は「欧米が日本を理解しようとせず、日本を見捨てて軽蔑している以上、欧米ぬきで事を進めるつもりです。」と述べているが、これが形となってあらわれたのが一九三三年(昭和八年)はじめの国際連盟からの脱退だった。
 さらに、ヴィオリスはフランスの社会学者アンドレ・シーグフリードを援用しながら、アメリカでの日本人移民に対する人種差別について語ったうえで、排日移民法は「日本人の自尊心にとって生々しい傷となり、その傷はいまだに癒えていない。この傷口を洗い、ふさぐには、戦争に訴えてアメリカ人に血を流させる必要があるのではないかと考えている日本人がたくさんいる。」と書いている。

(担当/碇)

著者紹介

アンドレ・ヴィオリス

1870年生まれ。20世紀前半(とりわけ両大戦間)に活躍した女性ジャーナリスト兼ルポルタージュ作家で、社会主義やフェミニズムに惹かれながらも、幾度となく戦争や紛争地域に飛び込み、10冊ほどのルポルタージュ作品を残した。本書はそのうちの1冊で、1932年(昭和7年)にフランスの大新聞「ル・プチ・パリジヤン」紙の特派員として来日したときの取材内容をまとめたもの。来日の翌年に刊行され、その後は共産主義に傾倒した。1950年没。

大橋尚泰(おおはし・なおやす)

1967年生まれ。早稲田大学仏文科卒。東京都立大学大学院仏文研究科修士課程中退。現フランス語翻訳者、ことわざ学会理事。著書に『ミニマムで学ぶフランス語のことわざ』(2017年、クレス出版)、『フランス人の第一次世界大戦――戦時下の手紙は語る―― 』(2018年、えにし書房)。解説に『復刻版 アラス戦線へ――第一次世界大戦の日本人カナダ義勇兵』(2018年、えにし書房)。歴史と文学の中間領域に興味をもつ。

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生殺与奪の権は、数学が握る『生と死を分ける数学』キット・イェーツ 著 冨永星 訳

生と死を分ける数学

人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ

キット・イェーツ 著 冨永星 訳

◆重大事のウラに必ず数学あり。新型コロナにも、BLM運動にも!

 数学を知らなかったり、誤用したりしたために、命を落とし、財産を失い、無実の罪を着せられた人が、なんと多いことか。
思わずそう言いたくなるほど、本書には数学が原因となった事件・事故がたくさん紹介されています。
 さらには、今まさに世界的に注目を集めているブラック・ライブズ・マター運動のウラにある数学や、新型コロナウイルス感染症のPCR検査で問題となった偽陰性・偽陽性の数学、やはり新型コロナで注目された感染モデリングやワクチンによる集団免役の数学など、ホットな時事的話題の数学もわかりやすく解説しているのです。

◆殺人事件の濡れ衣から、難病治療に、結婚相手選びまで、人生のいたるところに数学が!

 本書で紹介される事件や事故のいくつかは、本当に深刻で、必ずしもハッピーエンドではありません。2人の幼い子どもを立て続けに急死で失った母親が、「乳幼児突然死症候群で2人の子どもが死ぬ確率は7300万分の1だから、殺人に違いない」という間違った数学的結論により濡れ衣を着せられた話。コンピュータの2進法を10進法に変換する際の誤差が積み重なって、ミサイル防御システムが誤作動、戦死した兵士の話。イギリス保健医療サービスが、難病の非常に高価な新薬を健康保険適用とすべきかどうか判定するのにつかう「神の方程式」と、その難病の子どもの話。どれも数学の話ではあるものの、ドキドキハラハラしながら、そして著者の見事な解説に納得しながら、どんどん読み進めてしまうことでしょう。
 その一方で、思わず人に話したくなるような、面白い数学ネタも満載です。たとえば、もしあなたが今18歳で、35歳までに結婚したいと思っていて、毎年別の異性とつきあうことができ、つまり最大17人と順番につきあえるとします。その中の最良の相手と結婚する確率を最大化するには、何人目まで見送って見極めるべきでしょうか。答えは6人目まで見送って、それまで以上にいい相手が現れるのを待つというもの(この作戦の数学的からくりは、本書をご覧ください!)。あるいは、私たちは平均寿命まで生きる確率を五分五分だと考えがちですが、じつは、平均寿命よりも長生きする人のほうが多いという事実と、その理由の数学的説明も書かれています。
 本書を読むと、目にする日々のニュースの裏側にも、数学があると気づかされ、考えたくなること間違いありません。じつは数学にあふれているこの世界を、より正しく、そしてより楽しく、見ることができるようになる一冊です。

(担当/久保田)

著者略歴

キット・イェーツ

英バース大学数理科学科上級講師であり同大数理生物学センターの共同ディレクター。2011年にオクスフォード大学で数学の博士号を取得。数学を使った彼の研究は胚形成からイナゴの群れ、睡眠病や卵殻の模様の形成にまでおよび、数学が現実世界のあらゆる種類の現象を説明できることを示している。とくに生物におけるランダム性の役割に関心を持っている。その数理生物学の研究は、BBCやガーディアン、テレグラフ、デイリーメール、サイエンティフィック・アメリカンなどで紹介されてきた。研究の傍ら、科学や数学の記事も執筆、サイエンスコミュニケーターとしても活動する。

訳者略歴

冨永星(とみなが・ほし)

1955年、京都生まれ。京都大学理学部数理科学系卒業。国立国会図書館、イタリア東方学研究所図書館司書、自由の森学園教員を経て、現在は一般向けの数学啓蒙書などの翻訳に従事。訳書は、デュ・ソートイ『素数の音楽』(新潮社)、スチュアート『若き数学者への手紙』(筑摩書房)、ヘイズ『ベッドルームで群論を』(みすず書房)、マグレイン『異端の統計学 ベイズ』(草思社)、ウィルクス『1から学ぶ大人の数学教室』(早川書房)、ロヴェッリ『時間は存在しない』(NHK出版)など。

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生と死を分ける数学 | 草思社

なぜミツバチは、あらゆる文化に「住み着く」のか?『ミツバチと文明』クレア・プレストン著 倉橋俊介 訳

ミツバチと文明

宗教、芸術から科学、政治まで

文化を形づくった偉大な昆虫の物語

クレア・プレストン著 倉橋俊介 訳

◆キリスト教もガウディもミツバチの影響を受けている

近年、日本でも都心で養蜂が行われるなど、注目が増しているミツバチですが、人類との付き合いは1万年以上前に遡ります。たとえば、キリスト教においてミツバチは、もっとも勤勉で、慎み深いとして信者の模範的な態度の例とされていました。一方で、工学においては、ガウディ建築におけるその特徴的なアーチのヒントにもなっています。これはほんの一部に過ぎず、ある時は共和制の象徴になり、またある時は社会主義の比喩にされたりと、時代ごと、地域ごとに、人類はあらゆるジャンルに於いてミツバチに自分の信条をたくし、ミツバチから影響を受けてきました。これほど広範な事柄に影響を与えた生き物は、他にそうはいません。なぜ、ミツバチという1種の昆虫が、これほどまで多様な人間の価値観に例えてこられたのでしょうか。それは、ミツバチの持つ複雑な社会性、巣をつくる高度な技術、そして蜂蜜に由来しています。本書は、人類の文化の至るところに現れるミツバチの影響を詳細に紐解き、いかに人間がミツバチから影響を受けてきたかを豊富な図版とともに明らかにします。

◆人類の想像を喚起し続けるミツバチの生態とは?

ミツバチは、人間が高度な社会性を獲得するよりもはるかに前から高い集団性を獲得していました。また、人類にとって貴重な甘味であり医薬品でもあった蜂蜜ですが、人間以外の生物で、自ら原料を採取して蜂蜜という加工品をつくることは極めて稀なことです。こういったミツバチの習性が、古来から現在に至るまで、人類に様々なインスピレーションを与えてきたのです。文化に住み着いたミツバチの影響は、今までもこれからも生きながらえていきそうだと思える一方で、近年ではミツバチが大量死するという気がかりなニュースも報道されました。本書をご覧になり、この偉大な昆虫と私たちの将来について考える一助となれば幸いです。

(担当/吉田)

著者紹介

クレア・プレストン(Claire Preston)
ロンドン大学クイーン・メアリー校のルネサンス文学・英文学の教授。 著作に『Thomas Browne and the Writing of Early Modern Science 』や 『Edith Wharton's Social Register: Fictions and Contexts 』(いずれも未邦訳)などがある。

訳者紹介

倉橋 俊介(くらはし・しゅんすけ)
国際基督教大学教養学部人文科学科中退。訳書に『世界の山岳大百科』(共訳、山と渓谷社、2013 年)など。

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伝説的ラジオ番組の書籍化、完結篇! 『菊地成孔の粋な夜電波 シーズン13-16 ラストランと♂ティアラ通信篇』菊地成孔、TBSラジオ 著

菊地成孔の粋な夜電波

シーズン13-16 ラストランと♂ティアラ通信篇

菊地成孔、TBSラジオ 著

◆伝説的ラジオ番組の番組本が遂に完結

 2011年4月から18年12月まで約8年に亘って放送された伝説的ラジオ番組、「菊地成孔の粋な夜電波」(TBSラジオ)。ジャズミュージシャンにして文筆家の菊地成孔氏が、選曲、構成から出演まで、構成作家なしで行った音楽トーク番組です。いまだに番組終了を惜しむ声が多く、著名人をはじめ熱狂的なファンに愛聴されてきました。
 本書は、放送台本、フリートークから作品を厳選して収録した人気シリーズの第四弾にして、番組終了までの最後の二年間を収めた完結篇です。

◆完結篇には感動の最終回も収録

 本書はシーズン13-16(17年4月9日-18年12月29日)から103作品と、同期間にオンエアされたセットリスト(曲名リスト)を収めています。
 番組名物「前口上」をはじめ、女子アナをゲストに迎えた「コント」や「ラジオドラマ」の台本はもちろん、人気アイドルグループKing & Princeの楽曲分析や、感動的な最終回エンディングなど、「神回」の放送を文字で楽しむことができます。「ラジオ番組はもうやらない」と公言する菊地氏ですが、本書を紐解くことによって、豊饒な番組の魅力の一端を味わっていただけますと幸いです。

(担当/渡邉)

著者紹介

菊地成孔(きくち・なるよし)
1963年、千葉県生まれ。音楽家、文筆家。DC/PRG、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールを主宰するほか、ジャズ・ドミュニスターズ、SPANK HAPPYとしても活動。著書に『ユングのサウンドトラック』『時事ネタ嫌い』『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』『菊地成孔の欧米休憩タイム』『菊地成孔の映画関税撤廃』など多数。

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一筋縄ではいかない男、吉田謙吉は大陸で何を見たか。『吉田謙吉が撮った戦前の東アジア』塩澤珠江 著 松重充浩 監修

吉田謙吉が撮った戦前の東アジア

―― 1934年満州/1939年南支・朝鮮南部

塩澤珠江 著 松重充浩 監修

 吉田謙吉は今日それほど有名ではないが、日本の近代文化史を考えるにはキーパーソンの一人である。根っからのアヴァンギャルドであり、モダン文化の最先端を突っ走った男である。多彩な仕事ぶりから、その本質をとらえにくいため、評価されていないのだろう。(草思社既刊『父・吉田謙吉と昭和モダン』塩澤珠江著に詳しい)。
 日本橋浜町の生まれで(母親は三味線の師匠)、府立一中、東京芸大(東京美術学校)図案科卒のデザイナー。今和次郎とともに震災後の東京で「考現学」を提唱し、一世を風靡する。これはモダン東京の風俗採集や新しい生活文化の称揚を掲げた一種の社会学・社会運動だった。さらに小山内薫や「赤い貴族」土方与志とともに築地小劇場の創設に参画している。築地小劇場は日本の新劇運動の画期ともなる常設劇場である。その後、プロレタリア演劇の牙城として新劇界をリードした。上演第一作の『海戦』(土方与志・作)の舞台装置、ポスター等を手掛けたほか、初期の上演活動にデザイナーとして貢献した。植草甚一は回想記の中でこの初期の吉田謙吉作のポスターを当時の最先端のデザイン、欧米のデザインに匹敵するポスターとして、少年時代に夢中になったと書いている。
 映画では帰山教生監督作品のサイレントの字幕デザイン、溝口健二監督のごく初期作品『不戦無敗』(日活太秦)の美術やこの本で取り上げた『奥村五百子』の前年に有名な日独合作映画『新しき土』の美術も務めている。この映画は日独軍事同盟締結の時代背景のもとに鳴り物入りで作られた作品で、ドイツのアーノルト・ファンクと伊丹万作の共同監督ほか、原節子、早川雪州主演、山田耕筰音楽ほかオールジャパンで作られている。ここに美術監督吉田謙吉が名を連ねていることは当時日本での謙吉の評価がいかに高かったかがわかる。
 戦後は天津での抑留後、活躍は戦前ほどではないが、舞台美術監督の後進の育成や、広告・宣伝物のデザインで広告ブームの先鞭をつけた。
 左翼かと思うと国策に協力したり、芸術と実生活の融合を主張したり、のちには日本でのパントマイム演劇の推進を手掛けている。

 さてこの本はその文化人、吉田謙吉が大陸に出かけて行って何を見たかを知ることができる点で興味深い。というのも戦前の東アジア関係の写真は戦争写真や報道写真が主で、小型カメラ・ライカ(昭和初期に輸入、きわめて高価)を手にした謙吉のようなフットワークのいいスナップ写真は稀なのである。
謙吉の興味の対象は子どもたちやとりわけ少女、女性たち、働く庶民であることに気づかされる。謙吉は震災後の被災した庶民たちのバラックをスケッチして「バラック芸術社」に参加、考現学へ発展したし、プロレタリア芸術の築地小劇場など、出発点は常に貧しき庶民の生活への関心にあった。日本国内でもそうなのだから、大陸へわたって見るものと言えばやはり貧しき庶民の生活実相なのである。撫順の炭鉱に行けば、苦力の生活する家を撮影しスケッチする。奉天のスラムにも入ってみる。珠江デルタの蛋民の子供たち、慶州の市場の物売りなどなど。
 とりわけ彼の写真が精彩を放つのは少女を撮らえた写真である。本書P50~51の北満鉄路の車両の窓から顔を出す中国人少女、P69の哈爾浜キタイスカヤ街に座る中国人少女、P97の珠江デルタ蛋民の少女がスパスパ煙草を吸う図などは出色であろう。
 吉田謙吉は芸術家の目から「弱きもの」、子ども、女性、貧民などに目を奪われた。当時の報道写真、宣伝写真、戦争写真が「強きもの」ばかりを写している中で、彼は軍部の報道員として行っても、撮るもの見るものは戦争という大きな歴史ではなく、小さな庶民実相なのである。過去、日本は東アジアでひどいことをしたとよく言われる。本当にそうだったのか。吉田謙吉の見た東アジアの風景はそうした先入見を中和してくれる良さがある。

(担当/木谷)

著者紹介

塩澤珠江

1942年、東京生まれ。日大芸術学部卒。吉田謙吉の長女。「吉田謙吉・資料編纂室」室長。著書に『父、吉田謙吉と昭和モダン(草思社)。

監修者紹介

松重充浩
1960年、山口県生まれ。早稲田大学卒。日大文理学部史学科教授。東洋史専攻。共編著に『二〇世紀満洲歴史事典』。

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教科書を間違いなく読む力が楽しみながら身につく『考える力がつく 読解力なぞぺー』〈小学2~3年〉高濱正伸・竹谷和著

考える力がつく 読解力なぞぺー〈小学2~3年〉

高濱正伸(花まる学習会代表)・竹谷和(花まる学習会)著

◆子どもの読解力低下に、『なぞぺー』が歯止めをかける!

 大人気の学習教室・花まる学習会のメソッドがつまった学習パズル『考える力がつくなぞぺー』シリーズに、「読解力」をテーマとした問題集が加わりました。
 読解力の低下は、昨今、子どもだけでなく大人にも広がっていると、大きな注目を集めています。ここでいう読解力とは、いわゆる文学作品の読解に限らないもので、教科書を読み解き、算数の文章題を間違いなく理解するといった、知識獲得や学習、問題解決、論理的思考などのために必ず必要な言語能力までを含みます。この能力の差は、学年が進むにつれて、さまざまな教科における学習成果に大きな差を生みます。また、社会へ出てからも、メールなどのテキスト・ベースで仕事を進めることが増えた現代において、読解力の欠如は、多くの場面で問題となりがちです。
 本書は、低学年のうちに「丁寧に読んだからこそ、わかった!」「わかるから、楽しい!」という体験をしてもらうことで、読むこと全般に知的な喜び・感動を見出して、将来にわたって知識を広げる意欲をより強く持ってもらうことを目標とした問題集です。

◆学習意欲を伸ばす「わかった!」の感動は、読解力から

 本書には、遊園地の乗り物の案内や、運動会のスケジュール表、料理のレシピ、地図を使った会話など、身近なものを題材とした問題をたくさん用意しました。身近な題材の問題だから、「そこを見落としたからわからなかったのか」「ん? なにがいいたいのかな?」といったように、「読むこと」に知的格闘としての面白さを見出しやすく、知識を広げる楽しさを体験しやすいでしょう。それだけでなく、このような文章や図表が読み取れると、たとえば旅行の計画について大人と会話ができたり、さらには自分で新たに別の案を立てたりもできるようになり、世界が広がることを実感できます。
 そのような問題のほかにも、「解けない算数の文章問題はどれ?」というちょっと笑ってしまうような問題や、「一歩前で、前へならえ」の体の動きをプログラミングのように表現する問題など、おもしろい問題をたくさん掲載しています。
 『なぞぺー』シリーズは、子どもたちに「わかった!」という成功体験をしてもらうことで、どんな問題でも自分で解きたい、わかりたいという気持ちを育み、学習意欲を伸ばすことを目標としています。その「わかった!」の感動の基礎にあるのは、読解力です。本書を読んだ子どもたちが読解力を身につけ、たくさんの「わかった!」の感動を味わえるようになることを願っています。

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(担当/久保田)

 著者紹介

高濱正伸(たかはま・まさのぶ)

1959年、熊本県生まれ、東京大学大学院修士課程卒業。93年に、学習教室「花まる学習会」を設立。算数オリンピック委員会理事。著書に『小3までに育てたい算数脳』(健康ジャーナル社)、『考える力がつく算数脳パズル』シリーズの『なぞぺー1~3 改訂版』『空間なぞぺー』『整数なぞぺー』『迷路なぞぺー』『絵なぞぺー』(以上、草思社)などがある。

竹谷和(たけたに・かず)
花まる学習会教材開発部所属。年中から中学3年生までの幅広い学年に対しての教材開発、そして各種教材/参考書出版にも携わる。毎年行われている「花まる作文コンテスト」統括、読書感想文講座の実施、研修等、講演会以外に「書くこと」についての楽しい経験を生み出すべく活動。主な著書に『作文・読書感想文 子どもの「書く力」は家庭で伸ばせる』(実務教育出版、高濱との共著)がある。

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いま、都市こそが生物進化のフロンティアだった!『都市で進化する生物たち』メノ・スヒルトハウゼン 著 岸由二 訳 小宮繁 訳

都市で進化する生物たち

―― “ダーウィン”が街にやってくる

メノ・スヒルトハウゼン 著 岸由二 訳 小宮繁 訳

進化といえば、「手つかずの自然で、何千年もかけて起こるもの」。こう考えている人が多いのではないでしょうか。実はそうではありません。人間が、自分たちのために作り上げた都市こそが、いま生物にとって進化の最前線になっているのです。本書は、そんな私たちの身近に起きている進化の実態に迫ります。
著者は、都市環境に対する適応を、網羅的かつ多角的に紹介しています。 その中の重要な例の1つに、「前適応」と呼ばれる現象があります。これは、都市にある環境と似た環境が自然界に存在し、その自然界の環境に適応していることで、都市の似た環境にスムーズに住み着くことができるというものです。 また、好奇心が強く、知的な性格の生物ほど、都市への適応がしやすいということも分かってきています。
一方、なぜ都市は生物にとって進化を促す場所になったのでしょうか。それには様々な理由があります。都市がもともと豊かな場所に作られるので環境として好条件であること、都市の周辺の環境が悪化して生物が流入してくること、車や毒性物質などの危険が淘汰圧を高めること、などがあります。これらの条件が重なることで、都市は生物にとって様々な生態学的な余地を提供しているのです。しかも、世界中の都市が似たように発展しかつ物流が世界的につながることで、同時多発的に似た環境が出現し、この都市進化の流れは、全世界的に生じている現象になっているのです。
このように考えると、都市は人工物であっても、生物からすれば「自然」に他なりません。本書を一読いただき、生物にとっての都市の価値について考えを巡らせていただければ幸いです。

(担当/吉田)

著者紹介

メノ・スヒルトハウゼン

1965年生まれ。オランダの進化生物学者、生態学者。ナチュラリス生物多様性センター(旧オランダ国立自然史博物館)のリサーチ・サイエンティスト、ライデン大学教授。著書に『ダーウィンの覗き穴:性的器官はいかに進化したか』(早川書房)などがある。

訳者紹介

岸由二(きしゆうじ)
慶應義塾大学名誉教授。生態学専攻。NPO法人代表として、鶴見川流域や神奈川県三浦市小網代の谷で〈流域思考〉の都市再生・環境保全を推進。著書に『自然へのまなざし』(紀伊國屋書店)『リバーネーム』(リトル・モア)『「奇跡の自然」の守りかた』(ちくまプリマー新書)など。訳書にドーキンス『利己的な遺伝子』(共訳、紀伊國屋書店)ウィルソン『人間の本性について』(ちくま学芸文庫)ソベル『足もとの自然から始めよう』(日経BP)など。 鶴見川流域水委員会委員。
訳者紹介

小宮繁(こみやしげる)
翻訳家。慶應義塾大学文学研究科博士課程単位取得退学(英米文学専攻)。専門は20世紀イギリス文学。2012年3月より、慶應義塾大学日吉キャンパスにおいて、雑木林再生・水循環回復に取り組む非営利団体、日吉丸の会の代表をつとめている。訳書にステージャ『10万年の未来地球史』(岸由二監修、日経BP)。エマ・マリス『「自然」という幻想』(共訳、草思社)

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