草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

日本を取り巻く外界を知るには戦前の外邦図が大いに参考になる

戦争と外邦図――地図で読むフィリピンの戦い

菊地正浩 著

◆民間外邦図の華麗な世界をカラーで初めて紹介。

 外邦図というのは陸軍参謀本部陸地測量部が明治以来、外地や占領地で作った地図のことでシベリア、満州から南方まで相当数あったが、終戦時、破棄を免れたものが各地大学や図書館、米国研究機関等に収められている。なかでも無粋なモノクロの軍事用の地形図ではなく、それをもとに民間地図会社が作成・販売したカラーの外邦図は色彩といいデザインといい、今見てもすばらしい。本書には氏のコレクションからその一端を収めており、華麗な民間外邦図の世界を初めて紹介している。実はこの外邦図には戦前の日本の侵略という過去がつきまとっているため、これまであまり取り上げられることがなかったのだ。つまり「すばらしい」とか「きれい」などとおおっぴらに言ってはいけない雰囲気だったのだ。著者の菊地正浩氏はゼンリンや日地出版という地図関係の会社に勤めていたことから、この民間外邦図のコレクターになった。まずはこの民間外邦図の世界を読者には鑑賞していただきたい。(ここでは話の内容から主に南方の地図を載せている。華北、満州、朝鮮の地図なども本当は面白い。)

◆山下軍団のルソン島北部の撤退戦を外邦図で再現。

 今年二月に刊行した同一著者による『地図で読む東京大空襲』という本があるが、本書はこれと対をなす本である。その本では東京両国で生まれ育った著者が昭和二十年三月十日の東京下町大空襲に被災し、町と家を焼かれて命からがら逃げおおせた体験を、やはり地図によって再現した。また東京大空襲ばかりでなくその他日本各地の空襲などもできるだけ地図によって明らかにしようとした。今回は著者の実父が招集され、終戦間際の昭和二十年七月フィリピンのルソン島北部における最後の撤退戦で山下奉文大将指揮のもと戦死したという逸話をもとに本を構成している。日本国政府からは遺骨もなく一片の通知だけで戦死は知らされた。戦後五十年たって現地を訪れた著者はルソン島北部の山岳・丘陵地帯の戦いはどのようなものであったかと思いをはせる。ここは今でもちゃんとした地図が入手しにくい場所で、その地で山下軍団は昭和十九年末から始まる米軍の再上陸・侵攻を押しとどめ日本本土への上陸を遅らせる防波堤となったのだ。この困難を極めて、今も顧みられることの少ないルソン島北部の戦いを、やはり当時の外邦図を使って本書では再現している。

◆色彩豊かな地図たちが示す健全な世界観

 戦前の昭和初年代、十年代に作られた民間外邦図は、戦前の日本人の世界観を素朴に反映している。日本の周辺の世界への健全な関心も感じられるぐらいだ。潰えた大東亜共栄圏の夢といった言葉も思い浮かぶが、敗戦の陰惨な過去によって覆い隠された色彩豊かな地図が示す世界観をわれわれは再び取り戻すことができるだろうか。

(担当/木谷)

著者略歴
菊地正浩(きくちまさひろ)

フリーライター、旅ジャーナリスト。昭和十四年東京両国出身。専修大学法学部卒。昭和二十年三月十日の東京大空襲により各地へ疎開、現在、埼玉県蕨市在住。三井銀行(現三井住友銀行)支店長、(株)ゼンリン、日地出版(株)の役員などを経て、現在、(有)ケイエスケイ(菊地総合企画)を運営する。日本地図学会会員。著書に『「地圖」が語る日本の歴史』(暁印書館)『和紙の里 探訪記』『地図で読む東京大空襲』(以上草思社)など。

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