草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

その地に家を建て実際に暮らす女性が体験した日々の新鮮な驚き 『女たちの王国 「結婚のない母系社会」中国秘境のモソ人と暮らす』曹惠虹著 秋山勝 訳

女たちの王国

――「結婚のない母系社会」中国秘境のモソ人と暮らす

曹惠虹 著 秋山勝 訳

ヒマラヤ山脈東麓、美しい湖のほとりの不思議な国

 シンガポールの中国系女性である著者は、世界有数のファンド企業の弁護士としてカリフォルニアとシンガポールを中心に、世界を飛び回るまさに企業戦士。が、その苛酷で競争的な男性原理のビジネス社会に疲れ果て、ある日辞表を出して仕事をやめてしまう。
 自由の身になった彼女の目にふと留まったのが、自らの父祖の地である中国の奥地にある「モソ」の社会。現在もなお「母系社会」が息づいているその秘境の集落に心吸い寄せられた彼女は、ヒマラヤ東麓のそのはるか彼方の地に赴き……そして本書のお話が始まるわけです。

家の中心はお祖母さん。その娘、その孫娘が代々受け継ぐ

 多民族国家中国には現在も55の民族が存在しているそうです。そのなかでも本書の舞台となった「モソ」の人たちは、雲南省と四川省とが接する地にある「ルグ湖」という美しい湖のほとりに暮らしています。人口は約4万人、農業を中心とする伝統的な社会ですが、近年はその地の風光明媚とめずらしい社会構造が話題となり観光地としても盛んになってきたようです。
 そのめずらしさが、純粋な「母系社会」であること。
 これは「父系社会」をひっくりかえしたような社会。お祖父さんが家長となり、その息子の長男、孫の長男が代々家長を継ぎ、お嫁さんはその「家」に嫁いでその一員となる。というのが父系社会ですが、モソでは、お祖母さんが家長となります。
そしてその娘、孫娘と家長を継いでいきますが、「長女」とは限らないそうです。家長にふさわしい女性が家の中心になっていきます。

「結婚」がない。「夫」とか「父親」の概念もない

 もっとも珍しいのは「結婚」という概念がないことです。男女の関係は「走婚」とよばれる自由恋愛で、いろんな相手と、ときには複数の相手との恋愛を楽しみます。そこで授かった子は、あくまで女性の子であり、その女性の家の子であって、「父親」が誰かは意識されないそうです。
 子はすべてその家の家族の一員として育てられ、その家族の一員として生涯を暮らしていくわけで、「他家に嫁ぐ」ということはありません。
 男性のほうは「自分の子」と意識することもなく、もちろん養育の義務もありません。しかし、自分の家の姉妹の子、つまり自分の甥や姪に対しては伯父・叔父としての責任と義務をもつ。立派な大人に育つように見守り教育していくのだそうです。
 つまり祖母を中心に、その娘や息子、そのさらに子どもたち、さらにまたその子どもたちがひとつの「家」として暮らしていくのが、モソの「家母制」とも呼ぶべき母系社会のあり方なのです。そこには「夫」とか「父親」という存在は入ってこないのです。
 ただし、これは規則でもなんでもなく、なかには一組の男女がいっしょに生涯を暮らすケースもあり、けっして強制された制度ではないことも面白い点です。

端正で落ち着いた女性たち、魅力あふれる男性たち

 さて、モソの女性はこのように家を支え、家族を支える存在ですから、みな毅然として落ち着き、静かな自信に満ちたたたずまいをしています。美人というより端正な顔立ちの人が多いそうで、ふだんは化粧したり着飾ったりもしないそうです。異性を相手に自分を美しく見せる必要がないからでしょうか。
 かたや男性はなぜか男前がそろっているそうです。女性が男性に求めるものは、健康で頑健な肉体と魅力的な容貌だといいます。「経済力」は求められません。家を支えるのは女性なので、男性には求められないのだそうです。
 もちろん男性も働きものぞろいで、いわゆる力仕事、農耕の仕事に家畜、狩猟なども彼らの仕事。家を建てたりの土木作業も男の仕事です。
 モソの社会に惹かれた著者は、ある日、モソの男性から「家を建ててここに住めばいい」と勧められます。それであっという間に立派な御殿のような木造家屋を建ててもらいました。建ててくれたのがその男性。口絵にもありますが、ジャッキー・チェンに似た男前でカウボーイハットを粋にかぶっています。
 身長は180センチを超える偉丈夫で、ちなみにDNAを調べさせてもらうと、なんと北欧にルーツをもつ遺伝子を持っているらしいこともわかったそうです。

われわれの社会常識をひっくり返して見せてくれる

 モソの地に家をもち、人びととともに日々を過ごしながら著者はこの母系社会を観察し、自らも体験していきます。地元の子どもたちの「義理の母」になったり、モソの名前をつけてもらい民族衣装を着て、伝統的な祭祀に参加したり。
すべてが新鮮な驚きに満ちていますが、すべてが諍いのない平和な日々に覆われていることにも驚かされます。
 自身がそこで暮らしての体験記だからこそ、モソの社会の魅力がしっかりと伝わってきます。この不思議な「女たちの王国」は、一方で、現在の私たちの社会のややこしい歪みを鏡のように照射してくれるようにも思います。ぜひご一読を。
(担当/藤田)

著者紹介

曹惠虹(チュウ・ワァイホン)

世界有数のファンド企業弁護士としてシンガポールとカリフォルニアの法律事務所で活躍したのち2006年に早期リタイア。現在、シンガポール、ロンドンを拠点に、英字新聞チャイナ・デイリーなどに旅行記を掲載している。2017年刊行の本書は英紙ガーディアン、ザ・ストレーツ・タイムズなどに取り上げられた。モソ人との生活はすでに6年におよび、1年の半分を雲南省の湖畔に建つ自宅で過ごすかたわら、急速に進む中国化の波から地元の農業を守るため社会的企業を展開している。

訳者紹介

秋山勝(あきやま・まさる)

立教大学卒業。出版社勤務を経て翻訳の仕事に。訳書に、ジャレド・ダイアモンド『若い読者のための第三のチンパンジー』、デヴィッド・マカルー『ライト兄弟』、バーバラ・キング『死を悼む動物たち』(以上、草思社)、ジェニファー・ウェルシュ『歴史の逆襲』、マーティン・フォード『テクノロジーが雇用の75%を奪う』(以上、朝日新聞出版)など。

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今年も最強のクルマ・バイヤーズガイドが刊行! 島下泰久著 2018年版間違いだらけのクルマ選び

今買うべきクルマから、電動化・自動運転化の未来まで。すべてがここにある。 

島下泰久著

2018年版間違いだらけのクルマ選び

 

 新型リーフ、テスラ・モデル3、VW e-ゴルフなどEVが続々登場、欧州ではエンジン車規制まで話が進み、国産メーカーは遅れが指摘されるが……、それは本当なのか? 一方で、長足の進歩を遂げた自動運転技術を搭載の、レクサスLSやそのライバルが一斉登場。EVも自動運転も未来の話ではなく、いよいよ私たちの今日のクルマ選びに関わる問題となり始めた――。特集記事や100車種近くの車種別批評で、どんどん難しくなるクルマ選びと、クルマ界の将来展望がまるわかり。今年もマストな一冊が刊行!

 

●2018年版の指摘

EVで「日本は遅れている」というのは事実誤認!

EVで世界を変えるという夢を、語るべきだ

自動運転もそれが社会を変えることを意識せよ

トヨタGR、本気の作り込みに感心した。注目!

VWのディーゼル日本導入。しっかり説明すべき

実は日本はランボ天国! 成功と反骨のアイコンか

 

◎第1特集 EVで世界を変えろ!

◎第2特集 大進化 国産コンパクトvs.ライバル

◎第3特集 新型レクサスLSは世界と戦えるのか?

 

★今期も選出、ベスト3台!

  ――島下泰久のオススメ筆頭グルマたち

 

■今期の論評より

◎リーフ

マニアックさ薄まったが、売れない理由ナシ

 

◎シビック

これぞシビック! もう本当に好印象

 

◎タンク/ルーミー/トール

ソリオを横目で見て作ったクルマ。志を持て

 

◎XV

格好もいいし意外と本格的。走りはやや不満

 

◎VW e-ゴルフ

走り・乗り心地ではリーフに勝利する

 

◎スイフト・スポーツ

間違いなく本物。まさに下町のスポーツカー

 

◎CX-5

全体に良くなったが、走りの楽しさは…

 

◎ルノー・メガーヌGT

先代の印象覆す進化にビックリ。愉しい!

 

◎レクサスLS

ここまで大胆に変革させるとは。賞賛したい

 

◎N-BOX

軽自動車進化の決定打。ついにここまで来たか

 

 

※カバー画像がダウンロードできます。こちらをクリックしてください。本書の紹介にお使いください。

 

著者略歴

島下泰久(しました・やすひさ)
1972年神奈川県生まれ。立教大学法学部卒。国際派モータージャーナリストとして自動車雑誌への寄稿、ファッション誌での連載、webやラジオ、テレビ番組への出演など様々な舞台で活動。2017-2018日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。一時休刊していた年度版『間違いだらけのクルマ選び』を、2011年の復活から徳大寺有恒氏とともに、『2016年版』からは単独で執筆する。自動運転技術、電動モビリティを専門的に扱うサイト「サステナ(http://sustaina.me)」を主宰。

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よく言われる「品性」「品格」はどうやって身に着けさせるのか 声に出して読みたい・こどもシリーズ こども論語 齋藤孝著/平井きわ絵

声に出して読みたい・こどもシリーズ

こども論語 ――故きを温ねて新しきを知る

齋藤孝 著 平井きわ 絵

 大相撲の暴力事件で横綱の「品格」とか「品性」とかが取りざたされている。しかし、「品性」とはどういうもので、どうやって身に着くものなのかということには、誰も明確には答えられない。これは現代日本人が教育において「品性」にあまり重きを置いてこなかった結果なのだ。
 齋藤孝氏は江戸時代から続いてきた寺子屋教育の中で「読み書きそろばん」以外に『論語』の素読があったことを常々強調してきた。小社刊『声に出して読みたい日本語』もその再評価の一貫であり、この本は多くの人に素読の効用を再認識させた。とくに『論語』は徳育を重要視している点で精神教育という面が強かった。一時これが封建的ということで現代教育の中では捨てられていた。この結果何が起こったかというと人心の荒廃であり、「品性」の欠如である。齋藤氏いうところの「魂の教育」ができていないのである。
 『こども論語』は「知的で教養ある生き方を身に着けさせる」ための教育絵本として作られている。小さいころから古典を読んで、名言や先人の教えに触れることで、魂の奥深いところから刺激を受け、人格が形成される。「知的で教養ある人生」というものが「強欲で、他人を押しのけてまで、金銭を求め、欲望を追求する人生」より、すぐれた価値であることを子供に教える必要がある。行きつくところまで行きついた「強欲な社会」に今こそ必要なのはこうした価値観ではないだろうか。「強欲」よりも「教養」「品性」のほうが得るのは難しいし、価値が高い――というのが本書の主張である。

(担当/木谷)

著者略歴

齋藤孝(さいとう・たかし)

1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『宮澤賢治という身体』(世織書房、宮沢賢治賞奨励賞)『身体感覚を取り戻す』(日本放送出版協会、新潮学芸賞)『声に出して読みたい日本語』(草思社、毎日出版文化賞特別賞)など多数。近著に『語彙力こそが教養である』(角川書店)『こども孫子の兵法』(日本図書センター)『世界の見方が変わる50の概念』(草思社)など。NHK・ETV「にほんごであそぼ」企画監修など、マスコミでも活躍中。

イラストレーター

平井きわ(ひらい・きわ)

女子美術大学卒業後、企業のキャラクターデザイナーとして勤務を経て、フリーランスで活動中。

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スマートフォンで蝶をうまく撮るには? 『海野和男の蝶撮影テクニック』海野和男著

海野和男の蝶撮影テクニック

海野和男著

 本書の最終頁(124~125ぺージ)にスマートフォン(iPhone)で撮った蝶の写真が載っている。兵庫県で撮ったアサギマダラと都内自宅近くで撮ったアオスジアゲハだ。iPhoneでもこんなにきれいな蝶の写真を撮れるのだと素人目には感嘆しきりになるが、著者によるとまだまだらしい。iPhoneはレンズの位置が片端に寄っているので、フレーミングが難しいうえ、ズームにするとかなり精度が落ちるそうで、現行カメラでは昆虫写真には適していないと著者は述べている。
 でもこのぐらい撮れるのなら十分じゃないかと思うのだが、著者の昆虫写真家としての目は厳しいのだ。そうは言っても、著者も実は最近では、猫の写真をiPhoneで連続して撮るようになったという。技術も日々進化しているので、いずれiPhoneによる昆虫撮影テクニックも著者から開陳されるかもしれない。
 本書は著者がかつて書いた『海野和男の昆虫写真テクニック』(2012年刊、誠文堂新光社)さらに『増補改訂版 海野和男の昆虫写真テクニック』(2014年刊)の最新版ともいえる本である。矢継ぎ早に改訂版を出さざるを得なかったのは、この5年のデジタルカメラ技術の日進月歩ぶりを表している。
 著者はこの50年ぐらいのあいだ、新しい技術に飛びついて新しい映像を夢中で追いかけてきた。いまや、シャッターを押す前の写真が撮れてしまうというプロキャプチャーモードなる夢のような技術まで搭載されてしまった。しかし、もう年でもあり、本書ぐらいで最新技術の追求は打ち止めにしたいとも言っている。あとはスマートフォン写真のように技術勝負ではなくセンスが重要になるが、実は昆虫写真の要諦はこのセンスを磨くことがもう一つの重要な要素なのだ。蝶の生態をよく知ることを著者は本書で強調しているが、ここから始まるセンスの磨き方は本書の随所に書かれている。
 最新技術もスマートフォンも「昆虫を愛するセンス」で乗り切ろうというのが著者の主張である。

(担当/木谷)

著者略歴

海野和男(うんの・かずお)

1947年東京生まれ。昆虫を中心とする自然写真家。東京農工大学の 日高敏隆研究室で昆虫行動学を学ぶ。アジアやアフリカで昆虫の擬態写真を長年撮影。著書『昆虫の擬態』は1994年、日本写真協会年度賞受賞。主な著書に『蝶の飛ぶ風景』『昆虫 顔面図鑑』、また草思社より『図鑑 世界で最も美しい蝶は何か』『甲虫 カタチ観察図鑑』『世界のカマキリ観察図鑑』、近刊に『虫の目になってみた』など。日本自然科学写真協会会長、日本動物行動学会会員など。海野和男写真事務所主宰。公式ウェブサイトに「小諸日記」がある。http://www.goo.ne.jp/green/life/

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ギャンブルで儲け続ける科学者が、存在する!  完全無欠の賭け――科学がギャンブルを征服する アダム・クチャルスキー 著/柴田裕之 訳

完全無欠の賭け

――科学がギャンブルを征服する

アダム・クチャルスキー 著 柴田裕之 訳

◆ギャンブルで儲け続ける科学者が、存在する!

 宝くじ、ルーレット、競馬からポーカー、果てはサッカー、バスケットボールなどを対象とした「スポーツベッティング」まで、いまや科学者があらゆるギャンブルの領域に進出し、最新科学を駆使してコンスタントに儲けを出している――。これは本当のことなのです。
 「ギャンブルは運まかせ」「胴元には絶対勝てない」「一回は勝てても、勝ちは続かない」など、賭けごとに関して金言のように言われてきた常識はすでに覆されています。利益を上げるために、賭けごとを「産業」「事業」として行うことが、科学のおかげで可能になっているという驚きの事実。本書は研究者で、サイエンスライターでもある著者が、多数の当事者への取材を元に科学的ギャンブル攻略の現状をレポート、その裏側にある科学を解説する興奮の一冊です。

◆統計モデリングに人工知能、ゲーム理論、物理学など最新科学を総動員

 実は、科学とギャンブルとの関係は今に始まったことではありません。それどころか、少なからず、科学はギャンブルに挑むことで発展してきたとさえ言えます。初期の確率論はサイコロの研究から始まっていますし、ゲーム理論の草創期にはポーカーの研究が重要な役割を果たしました。統計学の研究では、当初、ルーレットが注目されました。ランダムな数値を利用したシミュレーション法には、カジノで有名な地名にちなんで「モンテカルロ法」という名前が付いています。これらギャンブルの研究から始まった学問は、統計学や経済学、あるいは原爆開発などに応用され、発展してきました。それが今、またブーメランのように、出発点であるギャンブルの研究、さらにはその攻略法に使われているのです。
 実際、本書で紹介される競馬やサッカー、バスケットボールに関する賭けの攻略には統計モデリングやモンテカルロ法が使われます。さらに、最新のポーカー攻略にはゲーム理論に加えてAIも利用されていますし、ルーレット攻略には確率論だけでなく、物理学やカオス理論が援用されます。無味乾燥に思えた科学や数学の知見を武器に、血湧き肉躍るギャンブルの世界に乗り込み、いまやそれを征服しつつある科学者の姿に、ギャンブルに興味がある方はもちろん、最新のデータサイエンスやAIに興味のある方も、きっと興奮を覚えることでしょう。

(担当/久保田)

著者紹介

アダム・クチャルスキー
一九八六年生まれ、ロンドン在住。ケンブリッジ大学で数学の博士号を取得。ロンドン・スクール・オブ・ハイジーン・アンド・トロピカル・メディスン(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院)で数学モデリングを教えながら統計学や社会行動の論文を発表する一方、サイエンスライターとしてポピュラーサイエンスの記事も執筆している。二〇一二年にはウェルカム・トラスト・サイエンスライティング賞を受賞した。
柴田裕之
翻訳家。訳書に、ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』、ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する』(以上、紀伊國屋書店)、ミシェル『マシュマロ・テスト』、リドレー『進化は万能である』(共訳)(以上、早川書房)、ハラリ『サピエンス全史』(河出書房新社)、ファンク『地球を「売り物」にする人たち』(ダイヤモンド社)、リフキン『限界費用ゼロ社会』(NHK出版)などがある。

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真珠湾攻撃のニュースを知り、本書の刊行を決意した元大統領 『裏切られた自由【下】フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症』ハーバート・フーバー著

裏切られた自由【下】
――フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症
ハーバート・フーバー 著 ジョージ・H・ナッシュ 編 渡辺惣樹 訳

 本書は第31代アメリカ大統領ハーバート・フーバー(任期1929~33)が20年の歳月をかけて完成させた第二次世界大戦の記録“FREEDOM BETRAYED:Herbert Hoover’s Secret History of the Second World War and Its Aftermath”の全訳(下巻)です。原書は1000頁を超える大著で、日本語版では上・下巻に分割しての刊行になりました。日本語版の上巻(本年7月刊)では開戦前から1944年までの主要トピックスが、下巻ではヤルタ会談から戦後処理にいたるプロセス及び補足資料が収録されています。
 スターリン圧政下のソビエトと密接な関係を築き、真珠湾攻撃を奇貨として世界大戦に参入したルーズベルト外交を「自由への裏切り」と断罪した本書は、2011年にフーバー研究所から刊行されると大きな話題を呼びました。日本語版上巻も刊行以来、版を重ねています(4刷)。人類史上類をみない悲劇となった第二次世界大戦はどのような経緯で始まり、そしてどのように終わったのか。パワーポリティクスの現場を熟知した元アメリカ大統領が生涯をかけて完成させた記録は、類書にない説得力にあふれています。
 本書に収録された膨大な資料・証言は、私たちのこれまでの歴史認識に根本的な見直しを迫るものです。そして日本人として注目すべきは、フーバーが本書の刊行を決意した直接のきっかけとなったのが日本軍の真珠湾攻撃のニュースだったということです。フーバーは真珠湾攻撃の翌日、友人に宛てた手紙の中で「日本というガラガラヘビに(我が国政府が)しつこくちょっかいを出した結果、そのヘビが我々に咬みついた」という印象的な表現を使ってルーズベルト外交を批判しています(本書「史料1」p452)。さらに戦後、東京でマッカーサーと会談した際には「日本との戦いは狂人(ルーズベルト)が望んだもの」という点で意見の一致をみています(本書「史料9」p475)。「連合国の正義」を前提に語られ続けてきた第二次世界大戦に、新たな視点から光をあてるのが本書です。フーバーが丹念に記録した「歴史の細部」が、多くの読者の目に留まることを願ってやみません。

(担当/碇)

「訳者あとがき」より
 《「肩の荷が下りた」。これが本書の翻訳作業を終えた時の感慨であった。編者であるジョージ・H・ナッシュ氏も言っているように本書は歴史修正主義に立つ歴史書の傑作である。私は、三年前にもう一つの傑作である『ルーズベルトの開戦責任』(ハミルトン・フィッシュ下院議員)の翻訳上梓を終えていた。フィッシュ氏の著作の時もそうであったが、本書の原本を手にした時に、「隠されている史実を日本の読者に伝えてほしい」と訴える著者の声を聞いたような気がした。その託された願いを、ようやく果たすことができた。
 アメリカの元大統領(フーバー)と、対日宣戦布告を議会を代表して容認した共和党の重鎮(フィッシュ)が戦後そろって歴史修正主義に立ち、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の外交を厳しく批判している。この事実はあの戦争を考える際にけっして無視することはできない。
 ここで、本書の内容について私の思うところを書こうとは思わない。歴史の隠された細部に触れて多くの読者は驚いたに違いない。意図的な「隠蔽」があったのか、それとも歴史家の見過ごしなのか。それは読者の判断に委ねたい。ただ、本書を読了した読者が、真の歴史はその細部に宿るという私の主張に肯いてくれるに違いないと思っている。あの戦争がいかにして始まりそして終わり、そしてなぜいつ果てるともしれない冷戦が始まったのか。本書はそれを考える作業に信頼できる道標となるはずである。》

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『うまい日本酒をつくる人たち』あとがきのあとがき/増田晶文

うまい日本酒をつくる人たち

――酒屋万流

増田晶文 著

すわ、日本酒ブーム到来! 
 なんて声がきこえてきたのは、2015年あたりからだったでしょうか。
 友人知人は、「妙齢のお嬢さんが日本酒を呑んでいる」と注進してきます。
 SNSでは、たくさんの御仁が、この酒についてご批評をしてらっしゃる。
 テレビや雑誌、新聞での日本酒の報道をみかけることだって、ずいぶんと多くなった。輸出額は増加の一途です。
 大学に日本酒を愛好するサークルができているというのも知りました。私の世代の学生時代といえば、日本酒なんて鬼門そのもの、こんなにマズくて悪酔いするモンはなかったんですが……。 
 当初は私も、「ふ~~ん」なんて生返事しつつ、一升瓶を抱き寄せ、欠け湯呑で冷や酒(常温の酒をこう呼びます)をチクとやっておったのですが、そのうち「むむっ、確かにナンかキテいるぞ」と、少しお尻のあたりがむずむずしはじめたのでありました。
 実際、盛り場をほっつき歩くと、以前は本格焼酎の一升瓶が並んでいたお店で、日本酒がとってかわっているのを見かけるようになりました。
 あろうことか(!)、東京あたりでは、日本酒を供するええカッコしい、もといスタイリッシュな店が目立って増えています。飲食業界は、イタリアンもどきが跋扈したあと、一気に和のテイストへなだれ込んだようです。
 日本酒の会だって、オッサンやマニアばかりの辛気臭いのではなく、〝フェス〟〝ナイト〟なんぞの看板で、若者や婦女子を多数動員するイベントも。 
「汎日本酒主義」を標榜する私といたしましては、まぶしいような、ようやく悪夢が覚めたみたいな、ちょっと愉快な心もちがしたものでした。

 日本酒は、1970年代半ばから、製造量、売上げともずるずると後退をはじめ、1990年代以降にいたっては、すさまじい勢いで坂道を転がり落ちてしまいます。酒蔵の数も、悲しくなるほど減る一方でした。
 そんな長期低落に、ようよう底が見えはじめたのは東日本大震災の直後です。
 なぜ、こうなったかについては、『うまい日本酒をつくる人たち 酒屋万流』の中に書いておりますので、ぜひご高覧ください。
 といいつつ、日本酒再注目の要因のひとつを申し上げれば、それはクオリティが飛躍的に向上していったことに尽きます。
 ようやく、うまい日本酒が身近になってきたのです。

『うまい日本酒をつくる人たち 酒屋万流』では、日夜「うまい日本酒」のことを想い、愛おしみ、醸している11人の蔵元や杜氏が登場します。
 新政、誉池月、丹澤山、蓬莱泉、まんさくの花、北雪、末廣、花巴、アフス、伊根満開そして大信州……いずれも銘酒と呼ぶにふさわしい逸品です。
 加えて、今回は世界に冠たるモルトウイスキー「イチローズモルト」のベンチャーウイスキー社、「馨和」をはじめうまいクラフトビールを醸すファーイーストブルーイング社も訪ね、それぞれのトップと語り合いました。
 テーマは日本酒、ウイスキー、ビールを問わず「酒に求められる本質」「酒をめぐる文化」です。日本酒が、今どこにいて、これからどこへ向かうのかについても考えました。
 日本酒にさほど興味がなくとも、日本の文化、モノづくりの本質ということに眼がいく方々には、ぜひ読んでいただきたいです。
 な~んて書くと、シチ面倒な内容と誤解されてしまいそうですが、いえいえ、決して堅苦しくはありません。エッセイ、ルポとして気軽にページをめくってください。
 酒と相性のいいお料理、銘酒に銘蔵、名杜氏ガイドブック、ちょっとした旅行記の一面も備えております。

 前作『うまい日本酒はどこにある?』は2004年の初版、私にとっては最初の日本酒の本でした。あれから十余年、再び日本酒について書けたことの、ささやかなよろこびに浸っております。
 かつての私は、ワンテーマに一冊のみ、一冊にすべての想いを傾注させるのを是としておりました。だけど、日本酒のように奥深い素材は、とても一冊では書ききれません。知れば知るほど、書かねばならぬ事々が湧きだしてくるものだと知りました。
 だからこそ、衿と居住まいを正して、再び日本酒についてペンを走らせました。
 前作では地酒蔵と大メーカー、酒販店から居酒屋という具合に、日本酒という川の流れにそって書きました。
 今回の『うまい日本酒をつくる人たち』では、酒をつくる人たち、文化、本質にスポットライトを当てています。二作をもって、日本酒の外堀と内側を描くことができたと自負しております。
 
 前作と本作の間には、コミック『いっぽん!! しあわせの日本酒』(集英社)も挟まっています。この漫画の企画から酒と蔵の選定、取材、原作執筆を担当しました。それが本作の種子になったのは間違いありません。
 ただ、マンガは私の意図が100パーセントというわけにはいきません。今回の、文章で表現する『うまい日本酒をつくる人たち』は、いわば純米無濾過生原酒というところでしょうか。

 ひとつ、作中で触れながら、書き漏らしたことがあります。それは、私が普段どんな日本酒を呑んでいるのか? ということです。
 ここ数年は、純米酒を口にすることが多くなりました。
 シンプルに、純米大吟醸酒は敷居と値が高いということもありますが、ハイエンドならではの、ふくらみが華美でモワっとくる口当りが、どうも……いいオンナだけど、派手すぎてオレの手には余るみたいな……こういう、高級なお酒をいただくのは、蔵を訪ねた際や、仕事がらみのことが多いです(もちろん、その際には、ありがたく頂戴しております!)

 いつもは、普及版の酒を愉しんでいます。純米酒というグレードは、蔵の本質をみるのに、いちばん適しているのではないでしょうか。このクラスで香り、五味、キレとも抜群の酒とめぐりあったら、まさにしあわせです。
 家では、働き者だけど怖い女房、いっちょう前に日本酒好きになった息子と晩酌します。家族の意見は、素朴だけど辛辣でもあり、とても参考になります。

 冒頭に日本酒ブームと書きましたが、実のところ、私はこの風潮を、とってもウサン臭くみつめています。
 そも、ブームなんて、本質とはかかわりのないところにあるからです。
 日本人は、なにかというとバスに乗り遅れるな、とムキになりますし、潮目が変わればさーっと引いてしまう。マスコミが本気で日本酒のことを考えているかというと、これは、まったくもって疑問です。
 若い方々が日本酒を呑むのはお店のみ、しかもグラスで。あるお嬢さんは、猪口や盃のことは知っているけれど、それで呑んだことがないそうです。なるほどと思う一方で、彼女と日本酒にとって、不幸な時代がきていると胸がいたみました。
 一時は底を打ったとみられていた日本酒の実績だって、じわり、という感じで下降しつつあります。その煽りで蔵の数は減るばかり。実質1200ほど、と悲観的に推測されています。
 お酒を醸す側も、トレンドといわれる甘・酸・香というテイストに傾きがち。ことに若手のつくり手たちは、個性というものを勘違いしているように思えてなりません。
 本書のタイトルにも附した「酒屋万流」とは、いろんなつくり、味わいの酒が百花繚乱し、蔵ごとの個性、いわば文化が競いあうことをいいます。
 酒屋万流となれば、呑む愉しみが何倍にも増えていきます。

 たいへん残念ですが、日本酒は身近なようでいて、日常的な食文化ではなくなりつつあります。
 だからこそ、もう一度、日本酒にあたたかい眼を向けてほしい。日本の文化、大切にしてきた本質、ものづくりの真髄を、日本酒の深い味わいから思い起こしてみませんか?
 どうか『うまい日本酒をつくる人たち 酒屋万流』を手にとってください。
 純粋で真摯、心やさしき蔵元たちの言葉から、私たちが失ってはいけない、大切な事々に想いを馳せていただきたいのです。
(了)

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