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草思社のblog

ノンフィクション書籍を中心とする出版社・草思社のブログ。

東南アジアを知悉するジャーナリストが最善の関係を示す

日本はASEANとどう付き合うか――米中攻防時代の新戦略

千野境子 著

◆新たなステージを迎えた東南アジア

 さる九月三日、インドネシア政府はジャカルタ・バンドン間の高速鉄道計画を見直すと発表しました。日中が高速鉄道の売り込みに鎬を削り、いずれを採用するか、この日、大統領が決めると報じられていただけに、何とも拍子抜けする結果となりました。地図で見れば日本と似た山の多い地形ですし、安全性やアフターケアにおいては日本の新幹線が断然優れているはずと、日本人なら誰しも思うわけですが、中国はインドネシアの最大の貿易相手国。かたや日本はインドネシアにとって第二位の投資国であり、選択にあたって、ジョコ大統領が大いに迷ったであろうことが察せられます。とはいえ、日中の受注合戦のなかでキャスティング・ボートを握ったのはインドネシア。近年は、インドネシアだけでなく、投資先として注目されるミャンマー、中国の強引な南シナ海進出にはっきりと対抗姿勢を示すベトナム、フィリピンなど、東南アジア各国が経済面・安全保障面ともに自立し、力を付けてきたことが実感されます。アジア・太平洋方面では米中の角逐があらわとなり、東南アジア情勢は新たなステージを迎えているようです。
 では、日本はこうした状況の変化にどう対応すればいいのか。本書は、一連の東南アジア報道でボーン・上田記念国際記者賞(一九九八年)を受賞した千野境子氏が、この喫緊のテーマをとりあげて、東南アジア十カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)の連合体、ASEANを軸に考察を加え、これらの国々との最善の関係を探ったものです。本年末にはASEAN共同体が発足する由。さらに重要度を増す東南アジアについて理解を深めるための必読の書と言えます。

◆互いに争わないための仕掛け

 従来、東南アジア報道といえば、戦争や政変、暗殺等々のニュースが大半であり、いかにも不安定な状況がつづいてきた感があります。ASEANは、一触即発の危機にまで悪化した一九六三年のインドネシア・スカルノ大統領の対マレーシア「対決(コンフロンタシ)政策」終息後、六七年に加盟五カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)でスタートしました。千野氏は九七年に、設立の影の立役者と目されていたマレーシアのガザリ元外相にインタビューしていますが(3章)、ASEANは何よりも東南アジア同士が争わない仕掛けとしてつくられたことがわかります。
 ASEAN加盟十カ国は、民族、宗教、政治体制、経済成長の度合いを異にし、ある意味、〝寄り合い所帯〟とも見えます。コンセンサスと内政不干渉を最優先するため、意思決定に時間がかかり、年に千回以上会議が開かれるため、別名No Action Talk Only=NATO(お喋りだけ)とも揶揄されるそうですが、互いに争わず、安定をめざすという設立趣旨からすれば宜なるかな。会議自体が一定の牽制役を果たしており、ASEAN各国はこうした会議を肯定的にとらえていると千野氏は書き、ASEAN流の外交の特徴として、「運転席には自らが座り、招いた大事な客(域外の関係国)は後部座席に座らせる。客はたとえ気が染まなくても、ハンドルさばきを運転手に任せるしかない」ことを挙げています。高速鉄道をめぐるこのたびのインドネシアの決定をこうした比喩に照らしてみれば、腑に落ちるものがあります。中国という、無視できない要素が加わり、対米関係にも温度差のある東南アジア諸国と付き合うにあたっては、ASEAN外交が、二国間外交を主としてきた日本とは全く違うとの千野氏の指摘を十分に肝に銘じておくべきでしょう。

◆「歴史を上手に思い出す」

 千野氏は戦後の日本とアジアの関係を、岸信介、安倍晋三両首相の外交を中心に据え、岸から安倍にいたるおよそ四十年の外交を画した五つのエポックをとりあげて詳述しています(5章~7章)。あらためてこの七十年をたどってみれば、ODAがその代表ですが、おおっぴらに触れ回らないので分かりにくいものの、日本は東南アジアにずいぶんと貢献してきたことがわかります。田中角栄訪問に際して起きたタイとインドネシアの反日暴動は、この地域との関係の負の側面として強調されがちですが、少なくともジャカルタ暴動(一九七四年)は、実はインドネシア内部の権力闘争が反日暴動のかたちをとってあらわれたものであることが明らかになっています。
 戦前の「大東亜共栄圏」構想は、日本の敗戦により、いっそう重い負の歴史として顧みられることがないのですが、東南アジア独立につながった一面があることは否めません。千野氏は「おわりに」で小林秀雄の「歴史を上手に思い出す」という言葉を引いて、もはやアジアの盟主を標榜する必要はないにせよ、忘れられたも同然の戦前の事象の中にも受け継ぐべき資産があると説いています。
 二〇一四年にASEAN七カ国に対して行われた世論調査(外務省が香港の会社に委託)では、「(ASEANにとって現在の)最重要パートナーはどの国か」の第一位は日本でした(六五%)。中国は第二位(四八%)。「最も信頼できる国」でも日本が第一位でした。二〇〇八年の世論調査では、「最重要パートナー」の第一位は中国(三〇%)で、日本は第二位(二八%)。なぜ六年のあいだに順位が逆転したのか、考えて見ることは重要だと千野氏は言っています。虚心坦懐に東南アジアとの関係を見つめ、日本に対する信頼を損ねぬ地道な努力が必要だということでしょう。
 アジアとは中国と韓国・北朝鮮だけではない、と教えてくれる一冊でもあります。

(担当/A)

著者略歴

千野境子(ちの・けいこ)

横浜市生まれ。1967年、早稲田大学文学部ロシア文学専修卒業。同年、産経新聞に入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、論説委員、シンガポール支局長などを経て2005年から08年まで論説委員長・特別記者。98年、一連の東南アジア報道でボーン上田記念国際記者賞を受賞。著書に『紅茶が動かした世界の話』『なぜ独裁はなくならないのか』(以上、国土社)、『世界は日本・アジアをどう伝えているか』(連合出版)『ペルー遥かな道』(中公文庫)『アメリカ犯罪風土記』(現代教養文庫)『インドネシア 9・30クーデターの謎を解く』(草思社)など。現在、産経新聞客員論説委員。

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