欲望という名の音楽
――狂気と騒乱の世紀が生んだジャズ
二階堂尚 著
本書のカバー写真は、戦後の横浜を舞台にした黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)からのカット。山﨑努が演じる研修医が、ジャズ・バンドが大音量で演奏し人々が踊り狂う喧騒にまぎれて、売人からヘロインを入手するシーンです。実際、戦後のある時期まで、横浜は日本で最も質のいい「ブツ」が手に入る街でした。なぜ横浜なのでしょうか?
ジャズの歩みを丹念に辿れば、この音楽が二十世紀アメリカの裏面史と深い関係があったことがわかります。わが国においてジャズが本格的に盛んになったのは敗戦後ですが、戦後初期の日本のジャズもまた、人間のどす黒い「業」とともにあったのです。
RAA(特殊慰安施設協会)、米軍放送、Vディスク、伊勢佐木町、モカンボ・セッション、ハナ肇、植木等、守安祥太郎、秋吉敏子、ヘロイン、ヒロポン、マイルス・デイヴィス、チャーリー・パーカー、「jass」、カンザス・シティ、ニューオリンズ、禁酒法、「朝日の当たる家」、クレージーキャッツ、山口組、美空ひばり、シカゴ、アル・カポネ、『ゴッドファーザー』、ベニー・グッドマン、ジョン・ハモンド、フランク・シナトラ、ガーシュウィン、『ポギーとベス』、「奇妙な果実」、ビリー・ホリデイ……。
社会の暗部が垣間見える興味深いエピソードに満ちた「二十世紀日米ジャズ裏面史」を是非ご堪能ください。
(担当/渡邉)
[目次]
第一章 ジャズと戦後の原風景
ジャズとセックスは手を取って歩みゆく
ビ・バップとGIベイビー
横浜の雑居ビルで記録された「地下室の手記」
日本のビ・バップの二人の先駆者――守安祥太郎と秋吉敏子
第二章 みんなクスリが好きだった――背徳のBGMとしてのジャズ
ジャズとドラッグはどこで出会ったのか
クスリと音楽をめぐる幻想と真実
売春のBGMとしてのジャズ
「セックス」という名の音楽
非常時における「快楽」と「不道徳」の行方
ニューオリンズに落ちた売春婦の哀歌
歌詞から浮かび上がる「WASP対非WASP」の構図
第三章 戦後芸能の光と影――クレージーキャッツと美空ひばり
戦後エンターテイメントの二卵性双生児
クレージーキャッツと高度成長時代
ジャズと「反社」と芸能界
美空ひばりの戦後――アメリカに背を向けた天才シンガー
日本初のコミック・バンドと美空ひばり
山口組三代目と美空ひばり、その宿命的関係
美空ひばりはなぜ日本語でスタンダードを歌ったのか
第四章 ならず者たちの庇護のもとで――ギャングが育てた音楽
「狂騒の二〇年代」のシカゴとジャズ
ピアニストが見た「ジャズの偉大なパトロン」
黒人を志願したユダヤ人ジャズマン
悪徳政治家の懐で生まれたジャズ
ジャズと原爆――カンザス・シティ〜ヒロシマ・ナガサキ
カンザス・シティとニューヨークをつないだ男
第五章 栄光と退廃のシンガー、フランク・シナトラ
「ザ・ヴォイス」と呼ばれた男がジャズにもたらしたもの
『ゴッドファーザー』で描かれたシナトラの虚構と真実
「二〇〇人を殺した男」とフランク・シナトラ
セレブリティたちの闇のネットワーク
「ボサ・ノヴァの神」としてのフランク・シナトラ
第六章 迫害の歴史の果てに――ユダヤ人と黒人の連帯と共闘
ビル・エヴァンスはユダヤ人か、あるいはユダヤ人とは誰か
「幻想の黒人」のイメージを身にまとったユダヤ人
「スウィングの王」と「史上最強のジャズ・レーベル」のオーナー
「黒人性」と「ユダヤ性」のハイブリッド・ミュージック
『ポーギーとベス』に表現された「音楽の坩堝」
三人のユダヤ人と最高のジャズ・シンガーが生み出した名曲
著者紹介
二階堂尚(にかいどう・しょう)
文筆家。1971年、福島県浪江町生まれ。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業後、フリーの編集ライターとなる。カルチャーメディア「ARBAN」にて音楽コラムを連載中。
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